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第13話
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一度はガレオンの騎士団と同道したのと同じ経路を、ハリエッタは夢中で馬車を走らせながら今一度たどっていく。
追撃が気になるので闇雲に早駆けしていく。振り返ればあの狼がぴったりと後ろからついてきていた。追っ手の馬影はまだ見えていなかった。
「あまりに急ぎすぎると馬を潰してしまうぞ」
狼が後方からこちら側に回り込んで来て、ハリエッタに忠告する。その言葉通りやがて馬にも疲労が出てきたのか、山道が峻険さを増していく以上にみるみるうちに勢いがなくなっていくのを知って、ハリエッタは慌てて手綱を引き馬足を緩めた。
そもそもが館を飛び出してきた時点で夜も随分と更けていた。真夜中にはまだ少し間があったが、月明かりだけで駆け通すには曲がりくねった山道は先々の見通しも良いとは言えなかった。
そんな折、行く手の街道に一頭の馬がとぼとぼと歩いているのが見えた。
「ミューゼル!」
それは先に山中でハリエッタが置き去りにしてしまった、愛馬ミューゼルであった。ハリエッタがミューゼルを回収しようと馬車を止めると、狼が側に寄ってきて告げた。
「いっそ、馬車を捨てたらどうだ」
「え? 馬車無しでどうするのよ。まさか山を歩くの?」
「お前さんのその馬と、馬車を引いてきた馬で三頭だ。一人ずつ乗ればいい。それとも、親父さんや妹は馬には乗れないか?」
そう問われて、ハリエッタは馬車が停まって様子を見に降りてきた父とエヴァンジェリンを見やった。父グスタフは不安そうな表情を見せてはいるが、気丈にも首を縦に振った。
問題はエヴァンジェリンだったが、ここに至っても悠然と構えているのだった。
「ミューゼルだったら前に何回か乗せてもらった事があるから、大丈夫でしょ。選り好みしていられるような場合でもないでしょうし」
そういうと、馬車から鞄を下ろす。グスタフとハリエッタで馬車から馬を離し、その二頭の背に鞄を背負わせた。
妹のいうように彼女をミューゼルに乗せ、残りの二頭に父とハリエッタでそれぞれにまたがった。
「でも、馬車を捨てたところで結局はどこかで追いつかれるんじゃないの? 彼らの馬の方が軍馬だから脚が早いはずよ?」
「あんた達は、お姉さんを助けにヴェルナー砦に戻りたいんだろう? 連中もそれは分かっているはずだから、単純に街道沿いに追いかけて来るだろう。だがここで馬車を放棄して、足跡がここで途切れていたらどうする……? 地元の猟師しか知らないような林道やけもの道が無いわけじゃない事は連中も把握しているはずだからな」
彼ら一家が街道を外れたとなれば、ともすればそう言った側道に至るまで逐一捜索が必要になるかも知れず、その分彼らの追跡の足も遅くなるかも知れなかった。
「たぶん、連中が一番恐れているのは、あんたらが砦に寄らずに直接ファンドゥーサの駐留部隊に駆け込む事なんじゃないか」
「ファンドゥーサ……?」
「姉さんを助けるのに、自力で無理だとしたらどうする? 用心棒を雇うにしてもファンドゥーサ辺りまで行く必要はあるし、金がないなら官憲を頼るしかないだろうな。そこで経緯を明らかにすれば、クレムルフトでどういう扱いを受けたのかも事情として説明せざるをえないだろうな。そうなれば……」
「そうなれば、ヴェルナー砦への救援の兵はそのままクレムルフトまで足を伸ばすかもしれない。けどあのガレオンには、そうしてもらってはまずい事情がある……?」
「本気で君らを詐欺師だと思っている可能性も皆無じゃないけどな。その場合はクレムルフトから君らを追い出したところで満足してくれればありがたいが。……ともあれ、ただ山を越えるだけなら何も街道だけが道じゃない。連中の方がそれはよくわかっているはずだから、あれこれ余計な事を考えてくれた方がこっちにとっては好都合ってものさ」
「だとして、私たちはどうすれば?」
ハリエッタがそう質問すると、狼はそのまますたすたと街道から外れ、夜闇の山道へと分け行っていく。そこから先はけもの道ともつかぬ細い山道だった。どこに行き着くのかは狼を全面的に信用するより他になかった。
「心配するな。俺が案内してやる。悪いようにはしないよ」
それはさすがに無茶だ、と反論したいところだったが、ハリエッタ達だけでガレオンの追撃を振り切る妙案があるわけではなかった。
であるなら、黙って狼について行くより他に、ハリエッタ達には選択肢が無かった。
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