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第7話
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「父さんを昔道案内したっていう、その行商の人が結局は正しかった、ということね」
廃墟での経緯を一通り聞かされたエヴァンジェリンが、しばしむすっとした顔で何事か思案していたかと思うと、最初に口を開いて出てきた言葉がそれであった。冷ややかかつ端的な所見ではあったが、それでも普段よりは、かすかではあったが動揺の色が見て取れた。
娘二人を前に、うなだれた父グスタフが力なく問う。
「それで、どうやってリリーベルをあの城から連れ出せばよいのであろう?」
「姉さんのことは心配だけど、あの恐ろしい兵士の群れに立ち向かっていかなくちゃいけないのよね?」
ハリエッタが若い娘らしからぬしかめっ面をつくってそのようにぼやく横で、グスタフは思いつめたような真面目くさった表情を見せる。
「わしのせいだ。あのような廃墟に、立ち寄ってみようなどと言い出さなければ……」
「父さま、やめましょう。私も反対しなかったし、今更それを言ってもどうにもならないわ」
「いざとなれば、わし一人でもあの廃墟に戻らねば」
「やめて」
ハリエッタはぴしゃりと言い放つ。そしてしばしの思案ののちに、こう切り出した。
「このまま三人だけで、予定通り峠を越えて、クレムルフトに向かいましょう」
「なんと……!?」
「あちらの人たちに事情を話して、力を借りるしかないのではないかしら。私たち三人だけで浅はかな行動に出るよりも、頭を下げて助けを乞いましょう」
父はううむ、と唸ったきり、それ以上何も反論しなかった。元より生活を頼って転がり込むのであるから、それ以上気にかけるような体面もそもそもあったものではない。ハリエッタの言う通りに、一行は廃墟を離れていった。
すでに日も傾きかけていたが一家は夜通し、峠道を進んでいった。さすがに馬も休ませねばならぬし彼らも不眠不休とはいかないので、夜半過ぎに軽く野営をし、早朝薄暗いうちにまた出発し、クレムルフトにたどり着いたのは朝方だった。
王国の最果て、山間の寒村という触れ込みからすると幾分かは拓けた印象の街並みであった。谷間の斜面に沿って小さな家屋が立ち並ぶ小ぢんまりとした街並みではあったが、雪に耐えるようにか建物はいずれも石造りの堅牢な造りで、道も目抜き通りから路地に至るまで石畳で丁寧に舗装されている。町を貫いて流れる川には立派な石積みの橋がかかっており、その橋を渡った先にある白い大きな屋敷が、領主代行を務めるコルドバ・ラガンの邸宅であるようだった。
まだ朝も早い頃合いで、門扉に立つ番兵も気の抜けた表情で立ち尽くしており、クリム家一行の到着にもただただぽかんとするばかりだった。それでも、その若い兵士が慌てて屋敷へと駆け込んで行くと、程なくしてハリエッタ達はコルドバ・ラガンと対面することとなった。
「ようこそおいで下さいました」
突然の来訪にも、コルドバ・ラガンは嫌そうな顔を微塵も見せずに笑顔で挨拶を述べた。歳の頃は父グスタフと同じかそれ以上、恰幅のよい腹周り、頭はすっかり禿げ上がっており、身長もグスタフより頭ひとつは高い。いかにもな悪相ではあったが物腰は柔らかかった。早朝の唐突な訪問にもかかわらず嫌な顔ひとつ見せるそぶりもない。そんな彼の前に一家揃って埃まみれのしょぼくれた風体で対面することになったハリエッタは、何だか申し訳ない気持ちになった。
父グスタフも同じ思いだったのか、まず口をついて出てきたのはやはり謝罪というか、弁明めいた言葉だった。
「夜通し山越えをしてきたら、このような時間になってしまった。決して朝の静かな時間を邪魔立てしたかったわけではないのだ」
許せ、と言いかけた父の言葉をコルドバは遮った。
「何をおっしゃいますやら。あるじが使用人に気をつかうようでは話があべこべでございます。……まあ、正直に申せば確かに何故このような時間に、と不思議に思いはしましたが、ご様子を拝見する限りでは皆様の身に何事かおありになったようですな。大したもてなしも出来ませんが朝のスープくらいであれば取り急ぎ用意出来ます。まずは身体を温めながら、ゆっくりとお話しをうかがましょう」
さあ、どうぞ、と促されて、クリム家一行は食堂へと案内された。
スープくらいはと言われたが、実際にはきちんと三人分の食事が用意されていた。考えてみれば廃墟の一件以降はほとんど食事らしい食事にありつけていなかったし、そうでなくても王都の慎ましい我が家で食べていた普段の朝食と比べても、そこに並べられていたのは控えめに言ってご馳走呼ばわりして差し支えなかった。ハリエッタもエヴァンジェリンも、貴族の子女であることを疑われそうな勢いで平らげてしまったのだった。
それでも、父グスタフは食事も喉を通らないようで、かろうじてスープで暖を取りつつ、ヴェルナー砦に立ち寄ったこと、そこで怪異に遭遇して命からがら逃げてきたこと、その際に長女であるリリーベルをそこに置き去りにしてきてしまったことを、コルドバに語って聞かせるのだった。
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