まるごと・演歌歌手・でごわす

「こんなにまるごと世界を持ってきましたみたいな場所がこんな場所にあるなんて信じられません」


 たとえこれまで信じられない体験をしてきたとしてもだ。これだけ大規模な物語が現実に定着し続けるなんてありえない。でも目の前に拡がっている以上それを受け入れるしかない。


巧樹こうきくんもここに住むつもりなの?」


 こくりとうなずく巧樹くんに対して考えることも大きい。山本巧樹と言う存在はもはや物語に乗っ取られつつある。それを無理やり引き剥がすことも、できるのだろうか。しかしそれによる影響はわからない。下手をすれば山本巧樹という人物の存在が消えてしまうかもしれない。しかし、このまま見過ごしていると結局は物語に乗っ取られてしまって結局は消えてしまう。


「えっと。君は山本巧樹くんで間違いないのかな?」


 その問いかけに対してもこくりとうなずく。物語に取り憑かれているとは言え本人の意志だとでも言うのだろうか。


「ふむ。そちらの子どもは随分と不思議な状態みたいでごわすな」


 ぬっと影が落ちたと思ったら上から声が降ってきて驚いてしまった。


「お、お相撲さん?」

「そうでごわすよ。早いところどうにかしないとふたりとも消えてしまいそうな雰囲気を感じるでごわす」


 いったいどういうことだろう。巧樹くんの状態がそれほどに不安定ということか。


「そうか。どうすればいいかわかるか?」

「知り合いの演歌歌手がそういうのに詳しいでごわす。着いてくるでごわす」


 物語の世界が混ざっているとは言え、なんでもありな空間なんだなと氷姫ひめは深い溜め息をついた。たすくさんの情報を探すのはもう少し先のことになりそうだった。

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