劇場の幽霊と失われた物語

−1グランプリ・ブサイク・まったなし

「これ。面白いー。ねー。隆司りゅうじくん」

「おもしろーい!」


 黄昏書店に仲間が増えた。そしてすでに馴染んでいる。氷の中から救い出されたお姫様は結局身寄りどころか戸籍すらも存在しない存在。どうしていいかわからずに戸惑っている病院とたすくの元に現れたのは案の定、つとむさんだった。


 どうやったのかわからないけれど、手品みたいにさくさくと退院手続きをしてしまった。身内でもないのにそんなにスムーズに行ったのはきっとなにか特別なことをしたんだと思っている。それこそ語り部であるがゆえの力とかを使ったんだと思っている。


「ほら隆司。氷姫ひめ。ご飯だぞー」


 勉さんはいつもどおり食事を運んでくる。それでも、隆司くんと氷姫はテレビに夢中だ。なんとか−1グランプリと言う一大イベントを真剣な眼差しで見続けているのだ。


 お笑いのことがわかる年齢でもないのだと思うのだけれど、テレビから流れてくる笑い声と同時に笑っているのだからきっとわかっているのだろう。


 今はちょうどブサイクとイケメンの組み合わせが売りのコンビが出番だ。


「もうちょっとー」

「もうちょっとー」


 ふたりして声が揃っているくらいにはもう仲良しだ。


 打ち解けるのが早いと言うかなんというか、子どもとは羨ましいものだと思う。それに、ああやって氷姫が笑っているのを心底ホッとしてた。


 最初はどこにいるかわからない様子だったのにも関わらず落ち着いていた。どうやら断片的ではあるものの編集長から外の世界を見続けていたらしい。その様子は子ども離れした風格すら感じさせた。


 でも、今はそれも気にならないくらい無邪気にしている。ここに連れてこれて本当によかったなと思う。編集長はこれを予想していたのだろうか。


 いや、まさかな。


「ほら。早くしないとご飯なくなっちゃうぞ」


 勉さんからまったなしの言葉が放たれた。ふたりは必死になって抵抗するがそれも意味をなさない。勉さんは無慈悲にご飯を下げようとする素振りをしている。


 ああ。平和だ。


 そんな日が語り部に訪れるなんて分けないのに佑はそう感じていた。

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