シェフの気まぐれ・お兄さん・まかない

「だれもこれも、意識がないようにみえるのだけど!?」


 悲鳴に近い夏希なつきの声が大勢の足音にかき消される。そりゃそうだと夏希は思うけれど、誰かに伝えたかったのではない。単に叫びたかっただけだ。それくらいインパクトがある光景だった。


「私の力はこうやって仲間を自在にコントロールするもの。手加減を忘れた人間の強さはあなた達が思うよりもずっと強い。それに見ず知らずの無関係の人間を殺せるほど非情にはなれないでしょう?」


 それなのに、彼女の声は大勢の人の中でよく通る。それが彼女の力と関係しているのか、確証はないのだけれど無関係ではない予感がある。


 それに。語り部しての力が喜美子きみこさんに頼ることしかできない自分に今更ながらいらだちもする。目の前の操られているであろう人間を倒すことすらできない。


「さっきのお兄さんがいないと何もできないのかな。そのままだとみんなに押しつぶされちゃうよ。そんなのでよくここまでこれたね」


 目の前まで来ている圧倒的質量に押しつぶされるのを覚悟する。

 

「夏希。もうちょっと自分の力を信じるんだ。私の力はこんなことには負けない。さっさと解決してつとむさんのまかないでも食べよう」


 喜美子さんがそう力強い言葉を発した瞬間。目の前まで来ていた人たちがばたばたと倒れていく。


「えっ。喜美子さんなにしたの?」

「治療の延長だ。彼女の洗脳みたいな力を治癒しただけだ。どうやら普通の人間というのは本当みたいだぞ」

「おっ。やるじゃん。こりゃ、らくでいいや」


 永遠とわも余裕そうに口笛まで吹き出した。


「なっ。なによそのインチキ能力!ずるくない?」


 ずるいも何もそういう戦いをしているのだ。インチキなんてものを言い出したらすべてがそういうことになってしまう。


「シェフの気まぐれ料理みたいに、都合よく能力作れないんだから。運も実力の内ってことよ!」


 逆を言えば喜美子さんの能力が別のものだったら全くべつの結果になっていたということで、それを考え出すとゾッとする。

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