共食い・ミーハー・トッピング

「いってぇぇ!」


 自分の叫び声とともにかえでの悲鳴も合わさって、静まり返っていたその場は一瞬だけ喧騒に満ちる。


「こんちくしょう!」


 職業を戦士に変えて力任せに肩に噛み付いている口裂け女を引き剥がした。離れるのと一緒に自分の肉片が持っていかれるのも分かる。


 その裂けた口にそんな力があるなても思っていなかったから油断した。注意を手に持っていた包丁ばかりに向けていがゆえの負傷だ。


 物語同志、共食いとでもいうのだろうか。冗談じゃない。こちらはもう定着してしまった普通の肉体だ。失えば血も溢れ出るし、ダメージを受けすぎれば死にもする。


 まるでトッピングのかのように、包丁についた血を舐めるその姿は都市伝説なんて生易しいものではもはやなくなっていて、ただの化け物にしか見えない。


「これも人間の創造が為せる技だって言うのか」


 昨日より確実に強くなっているのを実感している。きっと昨日の事件の噂が広まってしまっているからだ。流石に人を殺すようになってしまったそれの伝達は早い。より多くの人がより歪んだ口裂け女を産んでしまっているのだろう。


 これがもっと大きくなると現実世界に定着してしまうことにつながる。それは定着に際し、同じ数の人間が口裂け女に変化することを意味する。自分。九重佑ここのえたすくとおんなじようにだ。それは実際に殺されるよりたちが悪いのかもしれないことだ。


「そんなことはさせない」


 人どころか世界の記憶からもなかったことにされるなんて到底許すことはできないのだ。


 結局、歩いていたら出会ってしまえるくらいにはその数を増やしているらしい口裂け女に出会うのはとても簡単なことだった。この黄昏時を逃すことは出来ないと正念場な時間だったのに。あっという間に形勢は不利に追い込まれた。


 情けないと思うけれど、やれることなんてひたすらにイメージトレーニングを積むことだけ。限られた時間でやれることはやったつもりだったのに。


 こんなにも強くなる速度が早いなんて、思いもしなかった。


「最終兵器さん!人の声がする!」


 楓の声に必死に耳を澄ます。確かに人が近づいてくるのがわかった。

 物語の力が発動する時、黄昏時とともに結界のようなものが発生し、世界を分けているのだと聞いたことがあった。物語の世界と現実世界が曖昧ながら重ならないように自然と分かれるのだと。


 しかし、それも自分から興味を持って近づいてくる相手には有効でないことも聞いていた。


 つまり口裂け女を探しに来るような人たちを防ぐような手段ではないのだ。


「ねー。こっち騒がしくない?マジでいるかもよ。口裂け女」


 やっかいなミーハーが肝試し感覚でやってきたに違いない。


「なんとかして離して!こっちも引き離すから」


 楓に必死にお願いする。方法なんて思いついていないがやるしかない。誰かを守りながら戦うことなんて到底できそうにないのだ。

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