#09 永遠と楽器屋(追想) ―IVR&IVY―

「……私とジョー・アイヴァーは……実の親子です」


 言っちゃった。でもなんか胸がスッと楽になる。秘密って抱え込むと辛いもん。ほんとは言うべきじゃないのかもだけど、なんかこの二人には話したくなったんだよ。なんでだろ。


「お、親子ですか!? ……予想外でした。神代さんのお父様が何らかの理由でジョーと親密な関係だったって、勝手に予想してましたから。これは驚きです」

「で、でも永遠とわちゃん、ジョーと違って黒髪で瞳も黒いよね。お母さんに似たのかな?」


 あぁ、そうなるよね。顔だけ見れば少し欧米寄りの日本人にしか見えないよね。

 じゃあ、と言ってたまたま持ち合わせていた貰いたての真新しい生徒手帳を二人に見せた。とりあえず身分証明できるのがこれしかないんだもん。


「……私立蔦ノ原つたのはら高等学校一年二組……神代かみしろ アイヴィー 永遠とわ……」

「はい。それが私のフルネーム、です」

「お父様がアイヴァー、神代さんがアイヴィー……あ、だからステッカーがアイヴィーなんですか。なるほど……娘さんラブですね」

「つまり『持ち主が、大事な人に譲ってしまった』というのは真実で、しかもその大事な人、というのが永遠ちゃんだったってことか。なんかすごいヤバいことを俺たち知っちゃったみたいだな、ジミヘン」

「ですね、店長。……こんなこと口外しないしできませんよ」


 確かにこんなこと吹聴しても、はいそうですかとはならないと思う。でも事実なんだから仕方ない。パパもママも別に悪いことをしたわけじゃないし。


「親子だってことは、写真を見れば分かると思います」


 そう告げながら、財布から二枚の写真を取り出して、まずは一枚目を見てもらう。それは、産まれたばかりの私を抱いて最高の笑顔を浮かべるパパの写真。


「うわ、本物のジョー・アイヴァーだ。この赤ちゃんが永遠ちゃん?」

「はい。それとこっちも」


 続いてもう一枚の写真も差し出す。こっちは四歳、だったかな。パパと私が頬をくっつけてるドアップの写真。二人ともいい顔してる。というか私、あんまり顔変わってないな。


「おー永遠ちゃん可愛い……って眼、みどりじゃん!」

「ですね。髪の毛も綺麗なブロンドですが……あ、裏にちゃんとサインまで書いてありますね。これまた貴重な……」


 そう、元々私は地毛がブロンドで、翠眼なんだ。でも、まず目立ちたくないのが一点。そしてこれが理由で嫌なことがあったというのがもう一点。こんな理由があって、それ以来、黒に近いブラウンに髪の毛を染めて、眼には黒いカラコンを入れてる。髪の毛は正直頻繁に染めるから面倒だけど、もう色々言われるの、嫌なんだ。私はまだ我慢できるけど、パパが悪く言われるのは堪らなく嫌。


「なるほど、そういう理由が……でもさ永遠ちゃん、髪と眼の色、嫌ではないんだよね?」

「はい。もちろん嫌じゃないです。パパと同じですから、むしろ好きです。ただ目立ちたくないだけです」


 そうかそうか大変だねと店長は腕を組みながら頷く。

 一方フミヤさんは、どうやら別の話をしたいみたいで、こめかみを指でとんとんしながら口を開く。


「ここらへんでそろそろこのテレ◯ャスターに話を戻しますが……これ、あのムス◯ング以上にヤバいギターです」

「……や、ヤバいギター!?」

「……はい、相当ヤバい代物です。まずは、単純なギターとしての価値。1970年のテレ◯ャスターですからね。傷なども多いのですが、それは問題にはならないくらいのギターなんです」

「そうなんですか……」

「しかもこれは今、ジョー・アイヴァーが使っていたものと神代さんが証明してくれました。で、仮にです。この情報を開示した上で、海外のオークションに出したとします。ジョー・アイヴァーといえば今や世界的に有名なギタリストですから、コレクターやファンにとっては垂涎の一品になることは間違いないでしょうね。しかも公式には『盗まれた』ものが、実はそうじゃなかったなんていう情報付きなんですから。さらに言えば、さきほどの写真の裏にサインがありますよね? ジョーってほとんどサインを書かないことで有名なんです。だからこれをセットでオークションに出せば一体どこまで値段がつり上がるのか……」

「そんな大袈裟な……」


 なんかどんどん話が大きくなってきてるけど、大丈夫? 私のテレ◯ャスター。私なんかが持ってていいのかな? パパに返した方がいいんじゃないの?


「いいえ、ちっとも大袈裟じゃないです。そうですね……これは私の推測でしかありませんが……このくらいで売れるんじゃないかと。もちろん写真抜き、ギター単体の価格です」


 と言いながら弾いた電卓を店長が見ると、妥当だなと言って首肯する。そして私に向けられたそれには25,000と表示されていた。

 なんだ、25,000円かぁ。散々ヤバいだのなんだの言っても、そうだよこんなに傷だらけの年季入りまくりのギターなんだから。店長の言う通り妥当だよ。


「神代さん? なにか勘違いしてるようですけど、これ25,000『ドル』ですからね」

「は? ドル……?」


 えっと、ちょっと待って。25,000ドルって……え……ええぇ!

 今って1ドルいくら? スマホで検索すると『今日のレート 1アメリカ合衆国ドル 130.10円』って出てる。ということは……25,000ドル×130.1だから……さ、3,252,500円!? なにこれ確かにヤバいヤバいヤバーい!


「はい。このくらいが恐らく『最低価格』だと思います。ジョーは有名ですが、まだいわゆる大御所ではないですし、まだ存命ですから。もちろんこれからの活躍如何いかんで、もっと値段は上がるでしょう」

「わ、私、どうしたらいいんですかね……?」


 ほんとどうしよう。気づけば背中は冷や汗がじっとりと纏わりついていた。



◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯



ジョー・アイヴァーの綴りは「Joe Ivr」です。本当なら「Ivr」は「Ivor」としたかったのですが、永遠ちゃんのミドルネームが「Ivy」なので、それに合わせるために「Ivr」としました。肝心なジョーのバンド名は、いずれ出てくる予定です。

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