#08 永遠と楽器屋(追想) ―TELE◯ASTER-1970―

 フミヤさんの口から出た言葉は、まさにとんでもないことだった。


「実はこのギター、盗品という噂があるものなんです」

「っ! と……盗品……ですか?」

「はい。公式にはそう言われています」

「公式には……?」


 まさかとは思うけど、パパが盗んだの? そんなことしないよね? だとしたら、このギターは一体どうしたらいいの? パパ捕まっちゃうの? やだよなんか怖いよ助けてパパ……!


「表向きは、ということです。でも『持ち主が、大事な人に譲ってしまった』という噂もあるんです」

「はぁ……そ、そうなんですね」

「あくまで噂ですから、他にも諸説あるようですが……でも僕は『持ち主が、大事な人に譲ってしまった』という説が一番信憑性があると思ってます。いくつかネットで探ってそう結論づけました」


 それを聞いて、張り詰めた両肩がガクッと落ちる。よかったよ、盗品じゃなくて。そんなもの持ってたら気が気じゃないもん。うわ、手汗めっちゃ出てるし。でも心臓はBPM140をピークにゆっくり鎮まっていく。


「では、ここからは少し立ち入った話になるので、もちろんお答えしなくても結構です。なんだかすみません尋問みたいで……」

「い、いえ……大丈夫です」


 会ってまだ二回目なのに、フミヤさんと寺田店長は随分と私に踏み込んでくる。でも、きっと悪い人たちじゃないのは私でもわかるよ。だって私のムーちゃんをあんなによくしてくれたから。店長はちょっとお調子者っぽいけど、私にちゃんと気を遣ってくれてるのが伝わってくる。フミヤさんも穏やかかつ真摯に私に向き合ってくれてるのも。だから私も真摯にできるだけ向き合いたい、そう感じた。


「単刀直入にお聞きします……『ジョー・アイヴァー』と神代さんは、どういった御関係ですか?」

「!」


 それまで俯いていた私の顎を弾くようなその言葉に、ハッと二人に顔を向ける。確かにジョー・アイヴァーと私の関係は『父と娘』。でもこれは、ママからは軽く口止めされている。そりゃそうだよ、ちょっと複雑だもん、私の出生って。ちなみに『軽く口止め』っていうのは、『どうしても隠しきれなくなったら、その人が信頼できる人なら話してもいい。そうでなければ全力で逃げなさい』。そうママに言われてる。だからこのことを知っているのはツナとコーちゃんくらい。

 でも……なんでわかったんだろう。


「この本、見てもらえますか?」


 そう言いながらフミヤさんが手渡した一冊の本。A4くらいの大きさのその表紙には、【月刊ギター別冊ムック ワールドファイマスギタリストエクイップメンツ】と印刷されていた。だいぶ読み込んだ雰囲気を醸し出すそれからは、一枚の付箋が飛び出している。


「その付箋のページを見てください」

「はい。じゃあ――」


 そこをゆっくりと開くと。


 あ……パパだこれ。少し若いけど、私がパパを間違えるわけないよ。というか若いパパイケメンだな。今もだけど。

 どうやらこの本は、世界の著名なギタリストたちの機材を特集・網羅した本のようで、他にも聞いたことある有名なギタリストがたくさん掲載されてるみたい。

 次のページを捲ると、まだパパの特集は続いていて、ギターやらアンプの写真と一緒に、その機材たちには様々なコメントがつけられていた。

 こんな本があったなんて知らなかったよ、なんて思いながらページを眺める。


「あ……これ私のだ」

「ですよね。僕もそう思いました。ほら、ここ読んでみてください」


 フミヤさんがそう言って指差す箇所には、そのギターのスペックと、パパが言ったと思われることがつらつらと書かれていた。


【Fe◯der TELE◯ASTER 1970 BLOND 『これはものすごく気に入って頻繁にステージでも使ってたんだが、ワールドツアー中に盗まれたんだ。とても落ち込んだよ』(談:ジョー)】


「この本が発行されたのは約四年前なんですが、神代さん、このギターをお父様からいただいたのっていつ頃ですか?」

「確か……中学に上がったお祝いにだったから……三年前だと思います」

「ただこの小さな写真だけでは判断が出来なかったので、僕もネットで画像を探したら、ほら、こんなに鮮明な画像がありましたよ」

「……ほんとだ」


 フミヤさんのスマホに表示されたのは、まさに私のテレ◯ャスター。


「で、この画像と、今日持参していただいたギターを見比べると、色はもちろん傷や塗装の剥がれ、そしてこの植物のステッカー……アイヴィーでしたっけ。すべてが同じなんです。レプリカでもここまで同じにはできません。なので、このギターは正真正銘ジョーのテレ◯ャスター1970年製、ということになると思うのですが」

「そこまで分かっちゃうんですね……なら私も隠し通す自信がないからお二人には言います。でも、誰にも言わないでほしいんです。母に口止めされてますけど、お二人は私、信用できる人だと思いますから」

「大丈夫だよ永遠ちゃん。お客様の顧客情報は商売人として口外しないよ。だから安心して」


 それまで後ろで見守っていた店長が優しく微笑んだ。


「はい。わかりました。じゃあ……。私とジョー・アイヴァーは……実の親子です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る