100 黒い過去の真相

「私は綾斗あやとが好きだよ」


 ずっと待っていてくれた彼に、一息で想いを告げた。

 レンズの向こうの目が、見開いたまま硬直する。少し困惑したような色を見せて、綾斗は「本気ですか?」と優しく笑んだ。


「どうしてそういう事言うの?」

「無理してるように見えるから」

「無理なんかしてないよ。だったら、この気持ちは……」


 無理しているつもりはないのに、そう思わせる顔なのだろうか。


「やよいさんの事があって、また同じ事が起きたらって思ったら綾斗の事しか考えられなかった。私はずっと綾斗の側に居たい。これは好きって事じゃないの?」

「……いつからそんなこと考えてたんですか?」

「えっと……午前中?」

「午前中? 随分急な話ですけど、もしかして今日ずっと考えてました?」

「……うん」

「何か悩んでるなとは思ってたけど。まさかそう来るとは」


 小さく噴き出す綾斗に、京子は「気付かれてたんだ」と苦笑する。


「でもね、前からそうだったんだと思う。私が気付かないフリしてただけで」


 初めてはきっとバレンタインの時だ。今まで冷やかすばかりだった大量のチョコを見て、初めて嫉妬心を覚えた。

 そしてついさっき渚央なおに聞いたことが頭をよぎって、思わずムッとしてしまう。ここまで来たら言わずにはいられなかった。


「さっき渚央さんに、綾斗は女癖が悪かったって聞いたよ?」

「俺の事、叩き落す落とすつもりですか。そんな情報拾ってこないで下さい」


 綾斗は眉をピクリと震わせる。

 嘘だったと言ってくれるかと期待したけれど、彼はそれを否定しようとはしなかった。


「本当なんだ」

「昔の事だけど、語弊があるなんて言い訳するつもりはありません」

「……ビックリしたんだから」

「聞きます?」

「……聞いとく」


 不機嫌顔で答えた京子の横に移動して、綾斗が自嘲気味にその話をする。

 少しだけ触れた肩に、心拍数が上がっていくのが分かった。


「俺は15歳になったら、本部に行くつもりだったんです。早期に覚醒した自分は凄いんだって自惚うぬぼれてました。まさかそれが命取りになるなんて考えもしなくて」


 中三の修学旅行中に誘拐された綾斗は、逃げ出すために力を使った。

 キーダーは15歳でアルガスに入る前に、たとえどんな理由があろうと能力で攻撃してはならない。だから本部ではなく北陸へ行く事になったのは、そのペナルティだ。


「北陸行きが決まって、ヤケになってたんです。早く本部に行きたくて勉強も訓練もがむしゃらにやってるのに、周りは俺が銀環ぎんかんしてるってだけで勝手に盛り上がって。騒がれるだけ騒がれて、何人もの女子に告白されて」

「銀環してるだけで、なんて言っちゃ駄目だよ。憧れが好意に変わるのは自然な事だし、その女の子たちも綾斗の事がちゃんと好きだったんだと思う。それなのに綾斗はその子たちの事、もてあそんでたの?」


 弄ぶという言葉は、渚央の受け売りだ。

 チクリと刺してみたものの、自分の胸が逆に傷む。


「弄んでた自覚はないけど、そういう事になるんでしょうね。最初は断ってたんですけど、それも面倒になって友達ならって返事したら人数が増えちゃって」

「悪い男だ」


 『キーダーはモテる』と言った綾斗にそんな過去があるなんて、想像もしていなかった。

 本心を突き付けると、綾斗は「本当に」と今度は寂しそうに笑う。


「悪い男だ、って。久志ひさしさんにも言われました。『他に楽しい事なんていっぱいある』って色々連れ出してくれて。やよいさんには色々と叱られましたけどね。けど、二人のお陰で、今の俺が居るんです」


 渚央もその話をしていた。

 綾斗の過去を知って、嫌だと思ったのは嘘じゃない。けれど。


「それでも嫌いだなんて思えない。人って、良い事も悪い事も、その経験が積み上がって出来上がっていくんだと思うから。私は、今の綾斗が好き。いつも側に居てくれる綾斗を失いたくない。これでも私は無理してるように見える──?」


 彼の目をじっと見つめて返事を待つ。

 綾斗は「すみません」と目を細めた。


「昨日桃也とうやさんに会ったばかりだから、俺が卑屈ひくつになってるだけかも」

「桃也は関係ないよ。私は綾斗が──」


 もう一度好きだと言おうとして、その音が出る前に抱きしめられた。

 横から伸びた彼の手が、京子を胸に引き寄せる。


「こんな所で言うなんて、反則です。俺の事試してるんですか?」


 綾斗の視線が困ったように、横の布団を一瞥いちべつする。


「試してないよ。ごめんね、返事いっぱい待たせて」

「いつでも良いって言いましたよ? 俺はキーダーなんで絶対に死なないとか絶対に守るなんては言えませんけど、ずっと側に居るから」


 綾斗の腕が緩んで、見上げた唇を奪われる。

 遠慮のない濃厚なキスに京子は全身を震わせて、彼の背中にしがみ付いた。



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