勇者再臨
「魔王って何なのさ?」
「魔王というのは、勇者が倒すべき魔人達の王のことなのじゃ」
「そういう事聞いてるわけじゃないんだけどね。僕は魔人じゃないって言ったけど、魔王なんてヘンテコな物でもないよ」
勇者カエデちゃんに見つかってしまった後、魔法少女達の集まる場所で会話し続けるのも迷惑なので、机と椅子の設置されている場所へ移動する。
談話スペースのようになっているこの場所も、周囲と同じように透明感ある素材で出来ていてプライベート感はまったくないのだが、他に人も見当たらないし会話を聞かれる心配もないだろう。
とにかく、見つかってしまったなら仕方ないので、僕がここにいることは黙っていてもらおうと思ったのだが、初めは指さして震えていたものの意外と素直に返事をしてくれるし、了承もしてくれた。
なんというか、カエデちゃんは図太いというか怖いもの知らずというか。あれだけの目にあったにも関わらずよく平気で会話を出来るものだ。
僕だったら、自分を殺すことの出来るような相手が目の前にいたら、とにかく逃げたくてたまらないと思う。
それと、魔人の次は魔王って。どうしても僕をヴィラン側にしたいらしいが、それは逆鱗に触れる可能性があるとは考えないのだろうか。いや、もうそれくらいで怒るつもりはないんだけどさ。
「い、いや!悪い意味でいったつもりはないのじゃ!魔王は勇者に負けた後、改心して仲間になる、きちんとした正義の心を持っているのじゃ!!」
「いや、僕は君に負けてないが?」
なんだ、まだ生きてるからノーカンという奴だろうか。もしそうだというのなら、今この場で引導を渡してやるのだが。
あと、改心して仲間になるって何の話だ。ゲームか何かだとは思うのだが、それに僕を当てはめないで欲しい。元から僕は正義の塊だ。
「ガーネットの奴におヌシの事を聞いたら、『アイツの事はよく知らないけど、魔人じゃなくて多分魔王だ』ってゆっとったから」
「ぶっ飛ばすぞ、あのハレンチ女」
子供に嘘を吹き込むんじゃない。ただでさえぶっ飛んだ子なんだから、また突撃してきたらどうするんだ。子供は純粋なんだぞ。
僕が脳内で、ガーネットに1時間ごとに足の小指を角にぶつける呪いを掛けていると、カエデちゃんは帽子を外して姿勢を正して、こちらを正面から見つめてくる。
何やら口を開いたり閉じたり、視線がどこかへ行ったり来たりと忙しない感じだったが、一度口をぎゅっと閉めた後、覚悟を決めたかのように口を再度開く。
「あの、その・・・。お姉さんを傷つけてごめんなさい。森を傷つけてごめんなさい・・・」
手を軽く握って涙をこらえながらも、しっかりと頭を下げて謝意を示している。
まさか、そんなこと言われると思っていなかったので呆けてしまったが、彼女がしっかりと誠意を示しているのだから、きちんとこちらからも言葉を返さないと礼を欠くだろう。
「きちんと謝れて偉いね。うん、僕は許します。何の怪我もなかったしね。でも、これからは気を付けてね?」
帽子で髪がぺしゃんこになっている頭を撫でながら、謝罪を受け入れる。
初対面が衝撃的すぎて不安ではあったが、こうして逃げずに謝る事ができるなら、きっとこの子は問題ないだろう。
今度はきちんと説明をすれば、何が悪い事なのか理解をしてくれるはずだ。
「手、怪我をしておったが・・・」
「あの程度なら怪我してないようなものだよ」
グーパー繰り返しながら無傷のアピールをしている僕の手を、カエデちゃんがむにむにと触り確かめるが、もちろん怪我なんて一つもない綺麗な手があるだけだ。触り心地いいでしょ。
手のひらを貫通したわけでもないし、多少血が出るような擦り傷程度の怪我など、魔法少女の超人的身体能力を持ってすれば魔法を使うまでもなくすぐ塞がってしまう。いや、クォーツが怪我した時はあまり治っている様子もなかったので、個人差はありそうだが。
「まぁ、分かって貰えたみたいだし、改めて。僕は魔法少女ブラックローズだよ。君のお名前は?」
「ワシの名前は、勇者メープルじゃ。カエデって名前はダメってゆわれたから、ガーネットが付けてくれたんじゃ」
さすがにカエデという名前で通すのは止めさせたらしい。
後、勇者という称号を付けるのは辞めないのか。まぁ、また幻想に取り憑かれたりしなければ、どう自称しようが勝手だろうけど。
「本名を出すのはあんまりよくないからねー。メープルでも直球すぎる感じはするけど」
「そうなのか?ガーネットは『名前なんて適当でいいだろ』ってゆっとったが、ワシは結構気にいっとるぞ」
「魔法少女名も、これから一生使うかもしれない大切なものだからね。気に入ってるならまぁ、いいんじゃないかな?」
僕もブラックローズなんて直球な名前で活動しているわけだし、人の事あまり言えたものじゃないか。
アプリで出したオレンジジュースを改心したご褒美としてメープルにあげたのだが、せっかくなのでもう少しご褒美を上げよう。
まぁ、どちらかといえば僕の精神安定の為だけど。
「そういえばメープルちゃん。あの時壊れた宝物たちは直したかい?」
「・・・直してない。どうすればいいのか、わからないんじゃ・・・」
「もし今持ってるなら、僕が直してあげるよ」
「本当か!?!?」
僕の話を聞いた瞬間、メープルが席から勢いよく立ち上がる。
さっきまでおいしそうに飲んでいたオレンジジュースが、ストローごと吹っ飛びそうになるのを反射的に抑えながら、彼女が肩を両手で掴んで揺さぶってくる振動に耐える。
何故こんな提案をしているかというと、彼女が宝物だと言っていた玩具達を壊した時、めちゃくちゃに泣かれたのが結構心にきていたからだ。
僕がしたのは、自分に向かってくる凶器を破壊しただけなのだが、それでも泣くのは反則だと思う。物理的ダメージはなくても、精神的ダメージはあるのだ。
せっかくここで会えたのだし、気持ちの曇りを払うためにもご褒美という名目で直してあげよう。
「嘘なんて言わないよ。ほら、出してごらん」
「分かったのじゃ!」
メープルはそういうと、何やら空中をまさぐり出してゲートのようなものを開き、そこから沢山のガラクタになった玩具を取り出す。待って、それどうやってやったんだ。
「それじゃあ、これをお願いするのじゃ!」
「あ、うん。任せて」
非常に気になる魔法を見せられたが、それは後回しにしよう。まずは約束通り、彼女の宝物の修復をしてあげてからでも遅くない。
机の上に広げられたカボチャの破片や、折れたナイフや、バラバラになった魔女人形の四肢を確認する。
武器として使われた時より小さいそれは、正しく子供の玩具でしかないのだが、魔法を使うとあそこまで凶器になるものなんだと感心する。
全てのパーツが揃っているわけではないが、修復の魔法は欠片さえあれば問題ないことは確認済みだ。
懐から銃を取り出してマガジンに銀色の弾丸を入れ、そのまま照準を玩具達に合わせる。
「なにをするんじゃああああ!!!」
メープルが机の上に身体を乗り出して玩具達を懐に引き寄せる。
勢いよく飛び出した彼女によって今度こそしっかりと吹き飛ばされたオレンジジュースは、ガラスの容器ごと床に叩きつけられ、綺麗な音色と共に不燃ゴミへと変わる。こんな透明度が高い場所でガラスの破片が飛び散るのは、見つけにくくて非常によろしくない。
しかし、惨状を引き起こした彼女はそれに目をくれることもなく、涙目になりながら僕に訴えかける。
「本当に悪い事をしたと思ってるのじゃ!ガーネットにゆわれてちゃんと反省しているのじゃ!!だから、これ以上は壊さないで!!」
「あ、いや・・・。説明不足でごめんね?ちゃんと直すつもりだから、ほら」
きちんと照明するために、銃口を床にぶち撒かれたガラス破片へと向けて引き金を引く。
当然、銃弾が飛び出し床を砕くなんて物騒な事が起きる訳はなく、魔法はしっかりとその効果を発揮し、床には修復された容器と、その中にきちんと収まるオレンジジュースが残る。
未開封の状態になるとは思わなかったんだけど、アレ飲めるのかな。
目の前で逆再生でもするように元に戻るオレンジジュースを見たメープルは、納得してくれたのか恐る恐る座り直して、バツが悪そうに目を背ける。
「今回は僕が悪かったから、気にしないで。はい、新しいオレンジジュースをどうぞ」
「うむ・・・。ありがとうなのじゃ」
「どういたしまして。それじゃ、パパッと直しちゃうね」
床に置いた状態になっている新品?のオレンジジュースを机に戻しながら、再度宝物たちに銃を向けて魔法を発動させる。
バラバラの破片となり、最早どれがどれか分からない様な状態となっていた玩具達だが、キメラになるようなことはなくしっかりとそれぞれの玩具へと修復された。
テーブルの上にはしっかりと、カボチャ数個とナイフ数本、そしてメープルと似たような魔女の人形が残る。
「わああ!直ったのじゃ!ありがとう!」
「はい。大切なものなら、武器になんて使っちゃダメだよ?」
「うぐっ・・・。でも、ワシの魔法は基本的に玩具を使うのじゃ・・・」
「そっか。まぁ、僕がいるときは直してあげてもいいけど、この先出会うとは限らないしなー」
「ん?なんでじゃ?ここでも会えたし、委員会にいるならそのうち嫌でも会うじゃろ」
野良の魔法少女だってことは言ってないし、魔人だなんだで有耶無耶になってきっとガーネットも説明してないんだろう。僕の事魔王とか適当な事言ったようだし。
「あー・・・。その話はガーネットにでも聞いて。それより、さっき虚空から玩具を取り出したように見えたけど、あれって何?」
「あ・・・、思わず使ってしもうた。魔法は使っちゃダメって言われてるから内緒にして欲しいのじゃが、あれはアイテムボックスじゃよ」
「アイテムボックス!そんな便利な魔法があるのか!」
あまりゲームとかする性質ではないが、聞いたことは何回かあるな。
空中にまるで四次元のポケットみたいにしまう事ができるなんて、便利なんてレベルじゃない。
それはそれとして、禁止されてるなら気を付けないと処罰が重くなるぞ。
「それって魔法の教科書とかにのってるのかな?」
「いや、ワシの固有の魔法じゃとガーネットはゆっておったぞ」
「あれ。全員が使えるようなものじゃない感じ?」
「多分。似たようなものは使えても、これはワシしか使えないじゃないかのぅ。ワシの魔法は『魔法勇者メル』が使えるものを同じように使っているのじゃ。ゆってしまえば、勇者魔法を使えるのじゃ」
「『魔法勇者メル』ってなにさ・・・」
「あんなに有名なゲームを知らんのか!?おヌシは今まで何をして生きてきたのじゃ!?」
いや、知らんわ。というかきっと、魔人とか魔王とかもそこから来てるんだろうなぁ。あまりにも毒され過ぎだと思うが、その魔法が使えるとなると、ゲームの世界のように勘違いしても仕方ないところはあるかもしれない。でも、人の話はちゃんと聞こうね。
「じゃから、これは勇者のワシにだけ与えられた特別な魔法なのじゃ!」
「あ、できた」
「なぬっ!?」
メープルが自慢するように胸を張っているのを見て、何となくできないかなと思って鞄がそこにあるようなイメージをすると、手がまるでゲートに入ったときのように消えた。
机の上のオレンジジュースを出し入れしてみるが、きちんと収納できているようだ。めっちゃ便利。
暴発しないように、後でもきゅと相談しながら魔法武器で制御できるようにしておこう。
「やっぱり、おヌシは魔王だったのじゃな!」
初めは信じられない物をみたようなメープルだが、そのうち勝手に納得して頷いているので、額に軽くデコピンをして異議を唱える。
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