ごっこ遊びは本気じゃないからできること

 横からガーネットが僕の腕を掴み、それ以上はいけないと止めてくる。

 当然、このまま首を絞め続けて殺すつもりはまったくないし、むしろやっとかという気持ちでいっぱいだったので、ゆっくりと手の力を抜いてカエデを解放する。しかし、当の本人は死の恐怖に怯えて気を失ってしまったようで、力なくぐったりと倒れてくるので慌てて抱え直す。

 気を失っているのならこれ以上悪役をする必要はないだろう。とりあえず、カエデを降ろして木の幹に背を掛けさせながら、いままで静観していた遅すぎるヒーローに文句を言ってやる。


「遅い!もっと早く助けに入ってよ!」

「はぁ!?なんでアタシがそんな事いわれなきゃなんねぇんだよ!!」


 心当たりがないのかすかさず反論をしてくるが、なんでもなにも、僕がこうして悪役をしなければいけなくなったのはガーネットのせいだからだ。勿論、それを選択したのは僕であるが、悪役の勝利が決まったのだからもっと早く登場してくれてもいいと思う。


「僕が仕方なく悪役をしてるんだから、途中で参戦して良い勝負にするとか、もしくは彼女が降参した時点でもっと早く割り込んできてよ。もしかしてヒーローごっこは初めて?」

「知らねぇよ!!?っていうかどう考えても『ごっこ』の域を超えてただろうが!」

「ヒーローごっこだよ。じゃなきゃ、無事で済むわけないじゃん。負けた時点で彼女は殺すなりしてるよ」

「ころ・・・っ。抑えきれなかったアタシがいうのもなんだが、やりすぎじゃねぇのか?」

「何を言ってるのさ。いきなり攻撃をしてきたのは彼女だし、僕が一般人だったら確実に死んでるよ?もしかして、そうなったとしても知らなかったら仕方ないとでも言うつもり?」

「そうはいわねぇが・・・」


 僕は魔法少女だしヒーローだから、魔法のナイフが手に刺さっても少々の怪我で済んでいるが、一般の人がその程度で済むはずがない。ナイフに当たろうが、カボチャに当たろうが、簡単に死ぬだろう。

 もちろん、僕は死んではいないわけだが、それはたまたま一般人じゃなかっただけ、要するにラッキーだっただけの話だ。一方的に魔人だなんだと決めつけていた彼女が、まともな判断をしていたとは思えない。

 一般人よりもヒーローの命のほうが大事と豪語できるくらいには、不平等で差別的な肩入れをしている僕だが、かといって一般人に手を出すヒーローに待ったを掛けるくらいには常識を捨てた覚えはない。

 それに、彼女は僕を初めから殺すつもりでいた。僕は自分の身が大事だし、殺されたくないから、反撃に出るのは当然だろう。

 そして彼女があそこまで弱くなく、僕の脅威となっていたら、『ごっこ』では済まなかっただろう。

 僕が危険じゃない範囲なら手加減することもやぶさかではないが、本気でやったらどうなるかなんて僕だってわからないんだから。


「大体、君が魔法を使わずに甘い事してるからこんなことになったんじゃないの?僕が来た時からこのへんぐちゃぐちゃだったし。例え力ずくでも、もっと早く止めるべきだと思うよ」

「分かってる!だが、アタシは魔法で人を傷つけたくねぇんだよ!」

「気持ちは分からないでもないけど、魔法を使わないで暴走する魔法少女を止めようとするなんて自殺行為でしょ。おまけに抑えきれなくて助けを求めるし、それで僕が悪役をすることになるし。まぁ、委員会が魔法で力づくみたいなことをすると印象悪くなるだろうし、野良の僕のほうが都合がいいんだろうけどさ」


 野良の危険な魔法少女の対処は、初めにもきゅからお願いされていることでもあったし、妖精が居なくなった日からこういったことをしなければいけなくなるのは分かっていた。

 それに、魔法に対する法はないが、委員会に所属してる魔法少女はルールに縛られる。だから、ガーネットが躊躇ってしまうのも仕方ない。

 だがしかし。


「君は君のやり方ですればいいけど、僕のやり方に文句付けないでよね。これでも温情を掛けてるんだから。普通、人を殺そうとしたら殺されてもおかしくないでしょ」

「殺伐としすぎだろうが・・・こんなのが普通なのか?アタシは魔法少女って、もっときゃぴきゃぴしたガキ向けのもんだと思ってたぞ・・・」

「きゃぴきゃぴかどうかは知らないけど、今回が特別だと思いたいね。あそこまで最高にぶっ飛んだ子は僕も初めて見たよ。会話にならないんじゃ力でどうにかするしかないし」


 勇者はともかく、魔人とか経験値って一体なんなんだよ。ヒーローの世界に意味不明な物を混ぜないで欲しい。

 まぁ、いいや。とにかくこれで一件落着だろう。

 魔女っ娘勇者ちゃんはもしかしたらヒーローを辞めちゃうかもしれないが、殺人鬼になるよりはマシだろう。むしろ手遅れになる前に止めた僕に、感謝して欲しいところだ。


「そういえば、紅姫は魔法少女続けるようになったんだね。いい名前だね、ガーネット」

「あぁ?仕方なく、な。魔法少女は人手不足だっていうし、アタシより小さい子が身体張ってんのに逃げるわけにはいかねぇだろ?」


 相変わらず口調は悪いものの、中身は優しさに溢れている不思議な子だ。

 あれだけ暴れまわっていたカエデに対しても、傷つけたくないという理由で魔法を使わず防御に徹していたりと、印象とのギャップが凄い。


「お姉さんは大変だねー」

「茶化すんじゃねぇよ。っていうか、オマエ委員会に所属してないんだってな。アタシに入れとか言ってた癖によ」

「あー・・・ごめんね?でも、委員会で色々知れてよかったでしょ?あのまま独りぼっちだったら大変だっったよ?」

「悪いとは言ってねぇだろ。だけどよ、なんでオマエは委員会にはいらねぇんだ?無所属の魔法少女は昔のアタシみたいに何も知らなくて危険だから、見かけたら確保するようにって言われてるんだけどよ。アンタは色々しってるみたいだし、魔女っ娘みたいに暴れてるわけでもねぇ。それなら、野良でいる必要なんてねぇだろ?給料だって出るのによ」

「んー・・・分かりやすく言えば、今日みたいなことがあった時に動きやすくするためにかなぁ。君は魔法で誰かを傷つけるのは嫌だって言ってたけど、結局は誰かが止めないといけない事だったわけでしょ?それに、将来委員会に入る予定の子と確執が生まれるのはよくないでしょ?」

「それは・・・そうだけどよ・・・」

「別に責めてるわけじゃないよ。それに今のは建前で、僕が好き勝手自由にやるためには、委員会なんて堅苦しいものに所属していたら邪魔でしかないからだよ。簡単なことでしょ?」


 どう言葉を取り繕おうと、結局は僕が好き勝手やりたいだけなのだから、他の理由は言い訳でしかないだろう。

 僕程ヒーロー生活を謳歌している人間がいるのだろうか、いや、いないだろう。

 自由という言葉は最高だ。万歳。


「それじゃ、僕はそろそろ帰るね。その子の事は君に任せるから、あとはよろしくねー」

「おい!?アタシとコイツを置いていくつもりか!?」

「いや、だって後は委員会のお仕事でしょ。僕、野良の魔法少女だからわかんなーい」

「またコイツが暴れ出したらどうすんだよ!」


 いや、流石に次はちゃんと止めてよ。

 それに、彼女が目を覚ました時に僕がここにいるほうが、暴れる可能性高い気がするしね。


「あれだけ痛い目見てそれでも暴れるなんてことないと思うけどね。ちゃんと、ガーネットが悪役から守ってあげたって伝えれば、言う事聞いてくれるんじゃない?それより、助けてあげたんだから感謝があってもいいと思うんだけどなー」

「ちっ。ありがとうよ!助かったよ!!」

「はいはーい。そんじゃまたねー」


 ガーネットに手を振って別れの挨拶をしながら、青いカードを取り出してアクセルを発動する。

 ワープするにしても、ガーネットの目の前で使うのは手の内を晒すようで面白くない。誰にも見られない場所までさっさと離れるとしよう。

 不運にも自然災害によって地盤が砕けてしまった森から逃げるように跳び出して、人気のなさそうな場所を探しながら移動する。

 背後からガーネットの大声が聞こえるが、何も聞こえないことにして木々の間をすり抜けていく。


 しばらく先ほどの場所から離れるように走り続け、十分に距離をとったであろう位置で一旦止まる。

 あまり景色の変わらない森の中だが、ここなら誰にも見られることはないだろう。

 もきゅに確認をしようとすると、その当人?は不安そうな表情でこちらへ話しかけてくる。


「っきゅ。もきゅは魔法少女同士の殺し合いなんてみたくないっきゅ」

「いや、ガーネットにはああいったけど、僕だって好き好んでそんなことしたくないしする気もないよ。ヒーロー同士の潰しあいなんて不毛でしかないし。だから、さっきのはあくまで『ごっこ』だよ。どうしようもない場合でも、殺すなんて手段よりも先に、取り合えずは逃げる気でいるし」


 何が悲しくて怪物以外に手を掛けなくちゃいけないんだ。

 相手を殺すなんて選択肢は、本当に追い詰められた最終手段でしかない。

 映像作品でもよくあるが、ヒーロー同士の争いは死が伴わないごっこ遊びの範疇に収めるべきだ。


「さて、もきゅ。ワープで家に帰ろうと思うんだけど座標ってどうすればいいの?」


 殺し合いなんて馬鹿みたいな話よりも、家に帰るほうが大事だ。

 先ほどの場所はガーネットの救援を辿ってワープ位置を特定したわけだが、今度は家の位置にワープしなければならない。カーナビみたいに登録してあるのかな。


「その必要はないっきゅ。帰りはワープじゃなくてゲートを使えばいいっきゅ。秘密基地を作るときにも説明したけど、携帯からポータブルゲートを呼び出せば秘密基地に繋がるし、そこから出れば家に即帰宅できるっきゅ」

「あぁそっか。どこからでも出せるっていってたもんね」


 普通の魔法少女は魔法少女学校までのゲートを使って帰還していると聞いたな。あまりにも便利すぎてずるいとも思ったものだ。

 しかし、僕もこれから使えるようになったならば話は早い。さっさと開いて帰宅しよう。

 もきゅに指導されながら携帯をいじって、アプリの秘密基地のページからポータブルゲートを選択する。


「開け、ゴマ!」

「なにその変な呪文っきゅ・・・」


 扉を開けるための模範的な呪文を唱えながら選択すると、気づいたら目の前に豪華な金色の扉が現れていた。

 大人一人が通れるくらいのサイズで、黄金を素材にして作られたかのような見た目をしており、ここまで派手な扉はこれ一つで売ればお金持ちになれそうだ。本来の機能よりも、財産としての価値の方が高そうな扉の取っ手を掴んで開くと、目の前にはちょっと前までくつろいでいた図書館の景色が広がっていた。


「おやすみー!」


 日本中の社会人達の夢でもある自宅への即帰宅を叶えることが出来た僕は、今日の疲れを癒すために隠し部屋まで一気に向かい、ベッドへダイブして就寝を決める。







「本当に帰りやがった・・・薄情な奴だ・・・」


 未だに気絶から目覚めないカエデと共に残されたガーネットは、逃げるように森の奥へと入っていったブラックローズを怒鳴りながら見送ると、呆然としながら呟く。

 確かに、魔法も常識も知らない魔法少女を導くのが委員会の役目だ。

 しかし、ガーネットは見習いという称号が取れたばかりの魔法少女であり、かつ、こういった状況に巡り合うのは初めてである。

 野良の魔法少女を見かけた時の対応策もどうすればいいかは聞いているのだが。


「魔法少女学校って気絶した奴を連れてっても大丈夫なのか?犯罪者扱いされねぇだろうな・・・」


 ガーネットが右も左も分からないときは、サファイアとクォーツという魔法少女に連れられて委員会の本部まで走ることになった。

 だが、魔法少女学校までのゲートを繋げばすぐに帰還することが出来るというのも知っている。ゲートを開けない子がいたら手を繋いでいれば他人のゲートを使えるということも教えられた。

 しかし、気絶していても大丈夫かどうかというのは聞いていないし、大丈夫ではないだろうという推測は立つ。本人の了承がなければトラブルの原因になるし、委員会としても無理矢理はダメだが必ず連れてこいという、建前と本音が見え隠れしている教えを受けている。

 勿論、拉致をしたと勘違いされるのも問題ではあるのだが、それよりも、カエデが目覚めた時にあることないこと言いふらされるほうがもっと問題である。

 少なくとも、先ほどのような意味不明な思考と言動が通常運転と考えると、杞憂で終わらせるには楽観が過ぎるだろう。


「コイツが起きるまで、アタシはこのままかよ・・・」


 安全策を取るのならば、眠り姫が起きるのを待つほかないだろう。現状の説明と、注意事項と、魔法少女学校へ連れていくことを了承させなければ、連れていくことはままならない。

 先んじて帰ったブラックローズに恨み言を呟き続けるガーネットが帰還をすることが出来たのは、ここから大体1時間程した後だった。

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