幽霊さんの仕業

「真化した『ワンダラー』に関しては理解したわ。謎の魔法少女の助力があったとはいえ、本当にクォーツが倒したなんてね・・・。あの子は悪意を克服できたってことでいいのかしら」

「そうだといいんですけど。こればっかりは本人次第ですので、簡単には判断できないでしょう」


 『ワンダラー』によって悪意に苛まれた魔法少女達は、一般の人たちよりは軽度とはいえ、それでも精神に異常を来す。そして、精神が未熟な子達にとってはそれは重度な病気と同じであり、魔法少女どころか人としての生活にも影響してしまう子がいる。

 クォーツも生来の自身のなさに加えて、悪意の影響によって段々と気が弱くなっていってしまい、魔法少女としての復帰は困難に思われていた。

 しかし、彼女は変わった。

 突然、魔法少女としてまた活動したいと頼まれた時は、本当に大丈夫なのか不安になってしまった。『ワンダラー』の討伐に同行させたときも、途中で諦めてしまうのではないと思っていた。

 それでも、彼女は魔法少女でありたいと願い、『ワンダラー』を討伐するまで成長した。まだ、悪意から解放されたかは分からないが、確実に前に勧めてはいるだろう。

 彼女曰く、後押しをしてくれる人がいたということだが。


「良き友人が出来たということでしょうか」

「クォーツの友人ちゃん?そういえば、ここに呼ぶのかしら?」

「はい、そのつもりです。ですので、契約書の用意だけはお願いします」

「はいはい、お任せなさい。サファイアもそろそろ休みなさいな。貴女が倒れたら、私の仕事が増えるんだから」

「いえ、まだやることがあります。最低限、小鳥遊桃の情報だけでも保護しなければいけません。委員会では自由に動けないので、連盟からの要請という形を取らないといけませんので」


 魔法少女の正体というのは一番に知られてはいけない秘密でもある。友人としての関係であれば、今回のように直接招いて制限することはできる。だが、不特定多数の人間に知られた場合は、その対処自体が難しくなってしまう。誰が知っていて誰が知らないなど、確認のしようがないからだ。

 どこから情報が漏れるか分からないが、こういうのは行動を早くしないと取り返しのつかないことになってしまう。拡散された情報というのは、一度広まってしまえば全てを回収することができなくなってしまうのだから。

 魔法少女委員会は、そういった魔法少女の秘密や誹謗中傷について削除をしてくれたりしている。しかし、色々な権利関係や手続きが必要となってしまうので、その対処はどうしても遅くなってしまう。

 なので、魔法少女連盟という権力を使うことでそういった諸々を無視してもらい、情報保護に動いて貰う必要がある。

 しかし、サファイアの言葉を聞いたエンプレスは顔を顰めて苦笑いをしながら、頬杖をついてため息をつく。


「多分、その必要はなくなったわよ。貴女達が帰ってくるちょっと前にね、またあったのよ」

「もしかして、『ゴースト』ですか?」

「そ。だから、小鳥遊桃の情報もすっかりなくなってるんじゃないかしら」


 それは偶然の発見だった。たまたま、今回のようにネットに流出していた情報を規制しようとしたときに、突然、魔法少女委員会の職員がそれ自体を忘れてしまったのだ。

 その職員はネットに上がっている情報を集めて、それをどの程度削除するかという連絡、相談をするために大人の人たちと、委員長という肩書のある私を集めて報告をしている最中だった。

 本当に、何の脈絡もなかった。自分が何の仕事をしているのかを忘れてしまい、様々な誹謗中傷を見てきたせいで歪んでいた顔が、途端に何もなかったかのようになってしまい、それどころか、持ってきた書類まで何の書き込みもない白紙になってしまっていた。その現象が起きたのは情報を集めていた職員だけでなく、それを指示していた部長達ですら同様だった。

 そして、いつだったろうか、自身の記憶すら抜け落ちがあると気づいたのは。


「それで、結果はどうだったんですか?」

「本人が直接情報をやり取りしたものについては問題なし。ただし、ネットや噂話のような確定できないような情報については、一切確認ができなくなってしまったし、記憶もすっかりなくなっちゃうみたい。何をどうやって選別しているのか、どこまで余波があるのかは分からないけど、お手上げね。正直、私が今知っているものだって、どこまで記憶が消されているかなんてわからないもの」


 いつ、だれが、どのようにしているのか、まったく分からない。

 分かる事といえば、それが魔法少女に対する、いわゆる悪意のみを消しているという点だろうか。魔法少女に対する応援の声しか確認できなかったときは、むしろ気味が悪い程だった。

 まるで何事もなかったかのように事が終わっていることから、恐怖の意味も込めてゴーストと呼ばれ出した。


「もしこれが、魔法少女に対する悪意だけで収まらなかった場合、どうしようもありませんね」

「それはゴーストさんの善意に期待しましょう。好き勝手記憶が消されたら、そもそも気づくことだってできないわよ。ゴーストさんは魔法少女の味方、そう思わないと精神も参っちゃうわよ」


 結果だけ見れば、魔法少女の味方であることは間違いない。魔法少女が誰であるか、どこに住んでいるかどの情報も一切見つかることがないのだから。記憶から消えていたとしても、その情報が一切ないというのは本来であるならば考えられないことだ。そして、今までの事を考えるならば、クォーツが小鳥遊桃であるということも、心配する必要はないのかもしれない。


「ですが、念には念を込めて、書類だけは作っておくことにします。味方であると断定はできませんし、漏れがないとは限らないでしょう。やるべきことをしないで後悔するのは御免です」

「真面目ちゃんねー・・・。まぁ、それだけ終わったらさっさと休みなさいよ?クォーツには休むようにいってるのに自分は休まないなんて、アベリアが聞いたらきっと怒りだすわよ?」

「わかってます。すぐに終わらせますので。お先に失礼します」


 自分が出来ることは終わらせないと気が済まない気性の少女は、話を終わらせると椅子を引き、そのまま教室を出ていく。

 そんな気を張り詰めてばかりの馴染みの少女を見送ったエンプレスは、一人残った教室で指で自分の頬を叩きながらゴーストについて考える。


「ゴーストさえこちらに引き込めれば、魔法少女の安全はより高い物になる。だけど、どこにいるのか、そもそも魔法少女であるのかすら分からない。敵であるとは考えたくないけど、悪意だけを消しているというのは、逆に言えば集めてるとも言えなくもない。いえ、それだったら魔法少女の悪意だけに限定する必要もないはず。う~ん・・・うあ~・・・」


 悩ましそうな声を出しながら、机の上へと上体を投げ出す。

 エンプレスは魔法少女連盟の頭脳だ。魔法少女達を守るために、各国が好き勝手できないように力でもって圧力を掛けたり、保護を受け入れる体制を整えたりと様々な事を考えなければいけない。ゴーストを仲間にさえできれば、情報の隠蔽も削除もできるようになり、これからの悩み事を一気に減らすことはできる。

 しかしながら。


「幽霊探しなんて、できるわけないか」


 結局のところ、砂漠で宝石を探すような話でしかなく、それに労力を割く余裕などないのだ。






「飯田部長、またゴーストが出たみたいですよ」

「みたいだな」

「これ、私達がやる意味ってあるんですか?」

「やらんわけにはいかんだろうが。いつそのゴーストが消すことを辞めるかも分からんし、消されてないものを確認しないわけにもいかん」

「ですが、私達の実績まで全部消えちゃってるみたいですよ?実際に記憶がないから何の反論もできないのですが、履歴がないので仕事してないことにされてますけど」

「委員長が仮の活動履歴を作ってくれるそうだ。魔法少女連盟からの依頼という形でな。だから、実績については気にしなくていい。まぁ、この仕事は結局縮小することになるだろうがな」

「確認作業だけになっちゃってますから縮小は分かりますけど。委員長ちゃんの仕事を増やしちゃってますね」

「仕方ないだろう。我々のような下っ端と比べて、委員長のほうが圧倒的に立場は上なのだから。そういった根回しは委員長に負担してもらうしかない。どれだけ我々だけでやろうとも限界がある。その分、大人の我々が出来る部分を全力で取り掛かるしかない。沢田、お前もこの仕事はこれからしなくて良くなるから、代わりに教師の仕事を優先しろ。野良の魔法少女達を確保したが、教鞭を取る者が足りないみたいだ」

「分かりました。それにしても、他に教師をしてくれる人は見つからないんですか?基本的な教科を教える人じゃなくても、魔法少女達の相談役になる人もまだ足りてないと思いますが」

「自分たちの子供と同じ様な年齢の子達に「戦って死んで来い」とは言えないとよ」

「私達は魔法少女を死なせる為にこの仕事をしているわけではありません!」

「わかってるわかってる。だが、魔法少女達が戦いに向かうことも、その子達が傷ついて帰ってくる事があるのも事実だ。魔法少女達の相談役にしても、悪意に苛まれ恐怖に怯える子達になんて声を掛けてやればいいか分からないと。俺たちの仕事を見てる奴らからは、ここの仕事は正気では行えないってよ。」

「無責任が過ぎます。魔法少女達が戦っているというのに、それを守るべき大人が逃げるだなんて。例え恨み言を言われようと、怒声を浴びせかけられようと、戦場に向かわせているという自覚があるのならば魔法少女達のサポートに徹底するべきです。妖精達が居なくなってしまった時点で、彼女たちが相談できる相手は限られているんです。親から捨てられた子だって、いるんですよ」

「そうだな。だからこそ我々は信用をされていないし、魔法少女連盟が主導権を握っている。大人達には魔法少女は任せられない、とな。俺らに出来るのは、その信頼を回復させるために動くことと、魔法少女との繋がりが切れないように努力することだ」

「魔法少女達が大人を見限ったら、私は迷わず魔法少女達の味方になりますからね!」

「そんときは俺を置いていかないでくれよ。そんで、そうならないようにするために今もこうしてるんだ。分かったら、後でクォーツに連絡を入れてやってくれ。『ワンダラー』を倒したとしても、精神は不安定になってるかもしれんからな」

「言われてなくてもそのつもりです」

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