たとえそれが力による平穏であっても

 東区の大型デパートで起きた『ワンダラー』事件。

 悪意を撒き散らしていた『ワンダラー』が、その脅威を更に増したという事実は、デパートに残る痛ましい傷跡によって人々の目に留まることとなった。

 深夜の報告が多い『ワンダラー』が昼間の、しかも人々が集まっている目の前に現れ、更には建造物にまで被害を与える。かなりの大きな騒ぎとなったこの事件は、『ワンダラー』が出現してから消滅するまでの間にデパート周りに集まっていた野次馬に悪意の影響だけではない恐怖を味わせ、そこから共有された情報により一気に拡散されていくこととなった。

 人類の将来に暗雲を浮かばせたこの事件だが、それでも決して悪い事だけではない。なぜならば、そこまでの脅威でありながらもヒーローが人類を守り、そして苦境を跳ね返したという事実も残ったからだ。

 決して楽な勝利ではなく、危険な場面も目撃されている。もし、魔法少女が負けてしまったら、もしくは、魔法少女が人類を見捨ててしまったら。

 いままでの被害は悪意という曖昧なものだけであり、直接『ワンダラー』に出会った人以外は実感のしにくい物――出会った人ですら被害は千差万別の為軽い被害のみの人は脅威に思わない人もいる、だったが、建造物を破壊する程の膂力を持つということが容易に伺える被害跡は、これからの魔法少女達を人類が助ける理由として、大いに役立つ結果となっていく。

 そしてその最大の貢献者でありながら、人々を守り抜いた最高のヒーローでもある魔法少女クォーツは、一緒に居合わせ、自身の後押しをしてくれた友人の少女ローズと別れた後、帰還と報告をするために車での移動、ではなく、魔法少女学校までの扉を開いての帰還を終えていた。

 何の変哲もない普通の少女が魔法少女となり、傷だらけになりながらも決して引かず、最後まで戦い抜いた魔法少女、クォーツ。そんなヒーローとしての名を人々に轟かせた彼女は、魔法少女世界中のヒーロー達が一堂に会するここ魔法少女学校で、盛大に説教を喰らっていた。


「聞いていますか、クォーツ」

「・・・はい」

「決して一人では戦わない。やむを得ない場合は救援を待つ。命は大事にする。貴女は私の教えを理解していなかったのかしら?」

「いいえ・・・すみません・・・」

「謝罪は結構。貴女が今するべきことは、何故自分が「見習い」魔法少女であるかを理解することです。貴女はまだ『ワンダラー』と戦う資格を持っていません。何故なら、まだ貴女では『ワンダラー』と戦うには危険であり、かつ、自身の魔法で人々を傷つける危険すらあります。アベリアから聞きましたよ。貴女、自分の魔法で傷つけた跡がいくつか残っていたそうですね。その制御できていない魔法が人々に向かっていたら、貴女はどうするつもりだったのですか?『ワンダラー』が真化をしたというのは理解しました。貴女がが真化自体も対処の仕方も知らなかったのも、まだ仕方がないと言えましょう。しかし、『ワンダラー』が未知の行動を起こしたのなら、まずは自身の安全を確保して、対処できなさそうなら逃げる、これも常識でしょう。例えそれで人々を見捨てる結果となったとしても、魔法少女が死ぬことは許されません」

「はい・・・すみません・・・」


 魔法少女学校に沢山ある教室の一つ、その百人は優に入れるくらい大きな室内で、手続きと報告を終えたばかりのクォーツが一人の少女から説教を受けていた。

 銀に輝くウェーブがかかった長い髪を揺らし、いかにも怒っているという態度をしながら腰に手を当て、くどくどと言葉の刃で突き刺しているのは、魔法少女エンプレス。魔法少女というまだ歴史短い存在の中でも最古参の一人であり、この魔法少女学校の教師役も務めている、サファイアと同じような役割を任されている少女である。

 真面目であるが優しいサファイアと違いかなりキツめの性格をしているエンプレスは、魔法少女の先輩として頼りにされている反面、恐れられてもいる。当然、その矛先が向けられているクォーツも例外ではなく、蛇に睨まれたカエルのように硬直していた。

 そんな、進路も退路も思いつかないクォーツに救いの手を差し伸べたのは、クォーツと一緒に帰還をしたサファイアだ。


「エンプレス、その辺にしてあげてください。クォーツも理解はしていることでしょう。反省する所は勿論ありますが、真化した『ワンダラー』を倒したという事も事実です。見習いとしても魔法少女としても、学び直すことは沢山あるでしょうが、本日はこれくらいにしてあげてください。彼女はもう疲れているでしょうし」

「はぁ・・・。サファイア、自分の国の後輩はちゃんと教育しておきなさい。今回は運が良かっただけよ。うっかりでは済まされないことなんて、山ほどあるのだから」

「分かっています。私の方からも言い聞かせておきますので。クォーツも、明日からはしばらく魔法少女として活動は出来ないと思ってください。リハビリ、復習、することは沢山ありますので。今日のところは家に帰っていいですが、アベリアに容態は逐次報告してください」

「は、はい!!」


 サファイアからも注意を受けたものの、この場から早く逃げ出したいクォーツはそれを素直に受け取り、そしてこれ以上なにか言われないようにとそそくさに教室から出ていく。

 明らかな自身からの逃走にため息を隠せないエンプレスだが、危険な行動に苦言を呈す自身の性格も理解しており、それを嫌う魔法少女達からのこうした反応はいつものことであると理解しているので、それ以上は深く考えずにサファイアの方へと向きなおす。


「申し訳ございません、エンプレス。いつも悪役を押し付けるような形になってしまい」

「別に気にしてないわよ。私の言った言葉は本心でしかないし、特に好かれようとも思ってないもの」


 目の前で手をひらひらと振るエンプレスは、厳格でありながらもどことなく飄々とした雰囲気を醸し出している。煌びやかな金や宝石といったものが装飾された豪華な衣装に身を包み、ティアラを被る彼女は、名の通り女帝のように普段は振る舞っている。

 しかし、そんな彼女もただの少女でしかなく、サファイアのような魔法少女学校の設立初期からいるメンバーの前では、非常に緩んだ姿を見せている。


「難儀な性格をしていますね」

「私は、子供が嫌いなのよ。自分なら世界を救えるなんて自惚れている子供や、助けられるのは当たり前と座して待つだけの子供がね。そんなことよりも、真化した『ワンダラー』をクォーツが倒したなんて本当なの?正直、あの子一人で勝てるとは思えないんだけど」

「事実ですよ。正確には少し手が入ってる部分もありましたが、彼女一人で倒しましたよ」

「何よその含みのある言い方。喉に骨でも突き刺さってるわけ?」


 サファイアの微妙な言い回しに顔を顰めるエンプレス。

 旧友のそんな姿に苦笑しながらも、サファイアは自身の知る情報をまとめながら共有する。






「ふーん。そのブラックローズってアレでしょ。どこにも所属してないとかなんとかって。その子がクォーツを支援してたって?じゃあ、ブラックローズは実はどこかに所属してるんじゃないの?何の関係もない子だったらそんなことしないでしょ」

「はい。ですが前にも色々探してみたのですが、あの姿をした魔法少女はどこのリストにも確認できませんでした。委員会の人たちにも探してもらったんですが、それでも見つからなかったんです」

「でもそれっておかしくない?最初に確認されてからかなり時間たってるわよね。なのに、いまだに姿が確認と出来てるのは『ワンダラー』の近くのみって。妖精が世界からいなくなってからは無所属の、いわゆる野良の魔法少女は何人か見てきたけど、すぐにどこの誰かなんて分かるし隠れ方も杜撰なものだったわよ?」


 エンプレスの言う通り、妖精がいなくなってからは野良の魔法少女が段々と現れてきた。なので、ただ無所属であるだけならばもう驚くことも少なくなってきた。しかしながら、そういった野良で活動をする魔法少女達の行動は分かりやすいものであり、少し調べれば簡単に追うことができるので、長くても一週間程で確保することができている。手に入れた力を使わずにいられない少女達を追う事など容易でしかない。

 それに比べてブラックローズはどうだろうか。

 最初に確認できた日からどれだけ経ったのか覚えてはいないが、かなりの期間が経っているのは事実だ。なのに、活動の痕跡がほとんど掴めない。


「そうですね。だから委員会でも結構扱いに悩んでいるのです」

「扱い?見かけた時に確保するとかそういう?」

「はい。現在委員会では、ブラックローズに関しては積極的に勧誘することを諦めて、大きな問題が出るまでは様子見という形に落ち着いています。場合によっては、ブラックローズに自由裁量を認めるかもしれません」

「自由裁量!?いいのかしら、そんな例外を作っちゃって。えらーい人達は、そういうの嫌いそうだけど?」

「私としても、あまり特例というのは作るべきではないと思うのですが、それ以上にあの魔法少女は危険です。現時点では友好的に接していますが、敵対してしまった場合どこまでの被害が出るか想像もつきません。どこにも所属しないし自由にやるといった事を言っていましたが、話が通じない相手ではありませんでしたので、現時点ではとりあえず様子見という形になっています」


 ブラックローズ自体は『ワンダラー』の討伐時に何度も出会ってはいるので、魔法少女としての活動をしているのは分かる。だが、実際に『ワンダラー』を討伐しているところすら見れてはいないのだ。

 『ワンダラー』の出現報告があってからどれだけ急いでいったとしても、ブラックローズが居た時はすでにもう討伐された後だった。もし本当にその短時間で『ワンダラー』の討伐を終えているのだとしたら、明らかに異常な強さをしている。そしてそれは、追いかける事すら簡単に諦めさせる程の移動魔法を見てからも分かる。

 移動魔法「アクセル」は、初歩的な魔法でもあり大体の魔法少女は使えるかなり便利な魔法だ。しかし、それはあくまでも地上で走ることを前提とした話であり、決してビルからビルへ飛び移るものでもなければ、速度を維持したまま直角で曲がったりするものではない。更に言えば、あの速度と使い方をしたまま長距離を走り抜けるなど、正気の沙汰ではない。

 移動魔法は本来の目的である『ワンダラー』の討伐をスムーズに行う為の魔法であるので、戦闘前であれば当然魔法力の温存をしなければならないし、戦闘後であれば魔法力の残量を気にしなくてはいけない。それを気にしないような乱暴な使い方をしている時点で、自身の魔法力の枯渇を恐れていないとしか思えない。

 魔法少女としてですら、どう考えても異常な力を持つ謎の少女に、その力を使って反発などされたら、『ワンダラー』どころの騒ぎではない。

 勿論、人類に敵対する物として認定された場合は、世間は武力制圧も厭わないだろうが。


「仮に敵対した場合、矢面に立つのは私達魔法少女です。それを認めるわけにはいきませんので」

「まぁ、そうね。とはいえそうなってしまった場合、最悪ボイコットしちゃえばいいのよ。どうせ魔法少女がいないと鎮圧もできないし、『ワンダラー』にだって対抗できない。選択権があるのはこちらよ」

「あまりそういった事をしたくはないのですが・・・」

「サファイアは甘いわねー。貴女はまだ『人類』と『ワンダラー』とで分けて考えているのかもしれないけど、実際は『人類』と『魔法少女』は分けて考えるべきよ。きちんと権利を主張しておかないと、悲劇は繰り返されるわ。例え脅迫だなんだと言われても、報復する意思がある構えは取っておくべきよ」

「わかってます・・・」


 沢山の国、そしてそこに所属する魔法少女が集まる魔法少女学校。ここでのルールの中に『国は魔法少女の力を怪物退治以外に利用してはならない』という物がある。これは、魔法少女学校に初めに集まった6人が掲げたものであり、その方針がいまでも続いた結果、魔法少女連盟というものができた。

 国同士の協力の元、魔法少女連盟という結束ができ、現在でも運営をされているが、その連盟は魔法少女の為の物であり、権限も魔法少女が優先される。

 もちろん、国に所属しているためそれぞれの法に従うのは当然であるのだが、『魔法少女の力を怪物退治以外に利用してはならない』という重大なルールを破った場合、その国は二度と魔法少女からの支援を得ることは出来なくなる。当然支援を得られない国は『ワンダラー』の被害から守る事はできないので、どうなるかは推して知るべきだ。

 これは実際に魔法少女の力を利用をされ、不幸になった魔法少女がいたため出来たものだ。そして、その悲劇を見た為に、現在の連盟のルールとなる基盤を作り上げた6人のうち2人が、サファイアとエンプレスだ。

 よってこの2人は、それぞれの国に所属をしていながらも、国よりも魔法少女達のことを最優先して動く方針を貫いている。

 サファイアは魔法少女委員会という日本の組織に所属をしているので、当然その方針やルールに従ってはいる。しかし、それが魔法少女の不利益になる場合は断ることも辞さないし、連盟としての権限を振るうことも視野に入れている。

 魔法少女が使い潰されるなんてこと、決してあってはならないのだ。

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