燃える赤は主人公の証?

「えっと、こんにちは。いい夜ですね?」


 何をおいても挨拶は大事だろう。たとえ覗きがバレたとしても、たまたま通りがかりましたよというアピールは大事である。ひょっとしたら、相手もそれで納得してくれるかもしれないのだから。


「こんにちは。いい夜というならこんばんはが正しいんじゃねぇのか?まぁいいや。人の戦ってるとこ覗き見るなんてちょっと趣味が悪ぃんじゃねぇか?」


 赤い髪の魔法少女は、その口の悪さによく似合う、まるで狂犬のような目でこちらを睨んでくる。

 深紅のドレスとワンピースを合わせたような服装は、いままで見てきた魔法少女と比べるとファンシーよりもセクシー寄りで、どこかのパーティに参加でもしてきたのかと勘違いしそうな恰好をしている。腕にはリボンが巻かれており、可愛らしさのチャームポイントとなっていて、指先には燃えるような宝石が付いた指輪をしている。服装もさながら、それが似合うくらいに身長が高く、結果、綺麗や美人といった評価が正しい魔法少女だろう。


「いやぁ、助けがいらないか確認しようと思ってね。でも必要なかったみたいだね、ごめんね」

「それにしちゃあずいぶんと楽しそうにしてやがったじゃねぇか?もしかしてアイツのお仲間か?ちょっと詳しい話聞かせて貰おうじゃねぇか」


 何かよくわからないが変な勘違いを起こされたらしい。いや、楽しそうにしていたのは事実なんだけどね。でも、ピンチになったら助けるつもりだったんだよほんとだよ。

 心の中で言い訳をするも、相手にそれが聞こえるはずもなく、赤い魔法少女は足に力を込めて僕のいる屋上まで跳んでくる。


「暴力反対!」

「オマエが大人しくすりゃ何もしねぇよ!ぶん殴られたくないならアタシの質問に答えな!」


 あまり強い言葉を使わないで欲しい、怖いだろ。身長差もあるせいで恐喝しているようにも見える。ここまで見下ろされるなんて初めてだ。


「な、なんだよ。まるでアタシがいじめているみたいに思われるだろ!元はと言えば、アンタらがアタシを騙すようなことをするのが悪いんだろ!せめてもっとしっかり説明しやがれ!」


 言っていることの半分も言葉の内容は理解できないが、目の前の少女は言葉の割には力でなんとかしようとする気配もなく、中々ちょろそうな性格をしてそうだ。せっかくだから涙目で僕の無実を訴えかけてみよう。


「お、おい・・・泣くなって!泣きたいのはこっちの方なんだよ!アタシはただ、ちゃんとした説明が欲しいだけで・・・だからほら、怒鳴ったのは悪かったから機嫌を直してくれよ・・・ごめんって・・・」


 まぁ、口調はともあれ、とてもいい人なのだろう。かなり動揺して、僕のことを慰めにかかっている。さすがに良心が咎めるのでウソ泣きはこれくらいでやめることにしよう。

 論点が結構すれ違っている気もするので、取り合えず詳しい話を聞いてみる。


「よくわからないんだけど、騙されたってどういうことなの?僕はただ、こんな時間に他の魔法少女が戦ってるから、気になって見に来ただけだよ」

「おい、さっきまでのはウソ泣きか?いや、まぁそれはもういいや。そうだよな、やっぱ、魔法少女なんだよな・・・ハハハ・・・」


 どうしようか。主人公カラーの美人な口悪お姉さんかと思ったら、意外とちょろくて子供の涙に弱いお姉さんで、かと思ったら今度は錯乱し始めたぞ。

 魔法少女なんだよなって、それ以外の何かあるんだろうか。いや、ヒーローがあるか。


「お姉さんは、魔法少女じゃないの?」

「いや、お姉さんは魔法少女なんだよ・・・きっと。はぁ、アンタに話してもしょうがねぇとは思うが、アタシは、ついさっきまで普通の高校生だったんだよ。だけどよ、最近よく聞く『ワンダラー』とかいう化け物に襲われて、とっさに願っちまったんだよ。誰か助けてくれ、化け物を倒す力をくれって。そしたら、よくわかんない桜餅みたいな奴が現れて、強く変身って願えば助かるっていうんだ。無我夢中で願って気づいたらこんな姿になって・・・。桜餅はどっか消えるしいつの間にか刀は持ってるし化け物は襲ってくるしでよく分からなくて、なんで、アタシが魔法少女なんかに・・・」

「女子高生だったの!?どうりで背の高い美人さんだと思った。それに初めてでよく『ワンダラー』を討伐できたね。すごい事だと思うよ。でも、女子高生で魔法少女って珍しいというか初めて聞いたよ」


 女子高生も魔法少女になれるのか。いや、少女の定義がどれくらいかって言われても僕にも分からないし、そもそも僕が魔法少女になっている時点でその前提条件が崩れるわけなんだが。

 それと桜餅みたいな奴って多分僕の横にいるまんじゅうのお友達だよね。魔法少女にするだけして何の説明もないのは如何なものと思うが。

 魔法の知識もなく炎を操っていたあたり、それが彼女の適正であり、魔法少女としての才能もありそうだけど、それにしても酷すぎる。


「そうなのか?アタシは魔法少女ってのに詳しくないからそこんとこよくわかんねぇんだけど、だけどこの歳で魔法少女だぞ?笑っちまうよな・・・」

「ヒーローに歳は関係ないでしょ!!」

「うわ!?びっくりした・・・。突然大きな声出すんじゃねぇよ。まぁ確かに、化け物倒すのに年齢は関係ねぇがよ、魔法少女だぞ?アタシはもう少女って歳でもないし、魔法少女なんてアニメチックな存在に憧れてるわけでもねぇんだよ。あの化け物を倒す力をくれたことには感謝するがよ、魔法少女なんて続ける気はまったくねぇんだ」

「そうなんだ。もったいない・・・」


 魔法少女にせっかくなれたんだから喜べばいいと思うんだけど、まぁそこは人それぞれだし仕方ないよね。それより、さっき魔法少女になったってことは、この子はどこにも所属してない野良の魔法少女ってことになるよね。魔法少女委員会への所属を促した方がいいんだろうか。

 僕としては野良になろうが組織に所属しようがどっちでもいい気はするんだけど、何の説明も受けてないままで放置するのはよくないよね。


「もきゅ。この場合ってどうすればいいと思う?というより、魔法少女になった子って普通の子に戻れるの?」


 魔法少女を辞めてしまった子もいるとはいっていたが、普通の子に戻ったというよりは力を使わなくなったみたいなニュアンスだった気がする。


「普通の子に戻ることはできないっきゅ。魔法力が失われれば自然に魔法少女じゃなくなるけど、意図的に失わせるのは非常に危険っきゅ。もちろん、魔法少女になったからといって『ワンダラー』と戦う義務があるわけじゃないけど、魔法少女になれる程の子が目の前で誰かに助けを求められたとき、きっとその力を使わずにはいられないっきゅ。普通の子として力を隠して生きるにせよ、最低限の知識はつけるべきっきゅ」

「厄介な事をしてくれたね、その桜餅まんじゅうは・・・」


 まぁ、こういうのは僕が悩むのではなく魔法少女委員会が悩むべきところだろう。

 普通の子に戻れないのはご愁傷様だが、僕が同情することでもないし。というより、ピンチに力を貰えるなんて僕ならご褒美みたいなものだし。

 いままでの生活には戻れなくなってしまうけど、力を持ってしまった以上魔法少女委員会に明け渡して、この子にも納得してもらうしかない。この状態で野良のままでいてもらうわけにもいかないしね。


「おい、なにぶつぶつと一人で喋ってんだ・・・!?幽霊でもいるわけじゃねぇよな!?」


 僕がもきゅと話している内に痺れを切らしたのか、赤い少女が段々と調子を取り戻すかのようにまた口調が荒れだす。

 初めて気づいたけど、どうやらもきゅの事は他の人に見えないらしい。つまりは僕はいつも虚空に話かけてるやばいやつということか。ほんとにやばいやつだなそれは。


「もきゅは人に姿を見せることもできるし、見せないこともできるっきゅ。姿を見せてローズの近くをうろついていたら、魔法少女なんてすぐにバレちゃうから普段は隠してるっきゅ」

「そういうのは先にいってくれない!?僕が変な目で見られるじゃんか!」


 というか、サファイアにも頭のおかしい奴って思われてる可能性もあるのか。僕はヒーローなのに・・・。

 とにかく、このままだとこの子にまで良くない評価を頂けてしまうので、早急に誤解を解かないといけない。


「僕は今、もきゅっていう精霊と話してたんだ。君を魔法少女にした桜餅は、こいつと同類の精霊って奴だと思うんだ」

「精霊だぁ?ますます意味が分からなくなってきた・・・。だがまぁ、そこにあの桜餅のお仲間がいるってことなら話は早ぇ。聞こえてんならアタシを元に戻しやがれ!」


 赤い少女が激昂して僕に飛び掛かり、肩を掴んでくる。興奮しているせいか力が制御できていなく、掴まれた箇所が悲鳴を上げる。

 僕を揺さぶっても何もできないから落ち着いて欲しい。あと変身中に力を込めるのは非常に危険です、僕じゃなきゃ肩がバラバラになってますお辞めください。

 掴んできている腕を軽くタップすると、自分が何をしているのか気づいたのかパッと手を放し後ずさる。


「すまねぇ、ついカッとなっちまって・・・。アタシ、怒りっぽい性格みたいで、気を付けないといけないのに。頼むから泣かないでくれよ。アタシはそういうの苦手なんだ・・・」

「まぁ、僕は大丈夫だけど、小さい子相手には気を付けてあげて欲しいな。これからはきっと、自分よりも年下の子達と接触する機会が増えるだろうし」

「そりゃ、どういうことだよ。アタシは魔法少女にはならないっていってるだろ?」

「魔法少女になっちゃったら、戻れないんだってさ。力を隠すことは出来るけど、きちんと自分の力を把握してないのは危険だって。だから、君はそういった魔法少女達の学校に通う事になると思うよ」

「冗談だろ!?アタシ、戻れないのか!?こんな赤い髪で!こんなドレス着て!?」

「あぁいや、変身解除すれば元の姿には戻れるよ?多分。ただ、魔法を使えるようになったから、知識がないと危険なんだ。だから、最低限そういったことを学ぶことにはなるんじゃないかなって話」

「多分とかじゃないかとか、不安になるようなこと言うんじゃねぇよ・・・。もしかして、アンタは魔法少女じゃないのか?そんな恰好しといて」

「まぁ、そこらへんは僕にも色々事情があるんだよ」


 だって僕は変身解除しても元に戻れないし、魔法少女学校とか通った事ないし。それでもまぁ、もきゅに質問すれば答えてくれるし、危険そうだったら止めてくれるし、専属教師がいるようなもんだから気は楽だ。

 ただ、目の前の子にはそういったサポートをしてくれる妖精は仕事の放棄するし、魔法少女について相談できる人なんて中々いないだろう。

 そう考えると、やっぱり魔法少女委員会に所属してもらうのが一番丸く収まりそうだ。本人の希望に沿う形じゃないかもしれないが。

 とりあえず、この子を魔法少女委員会に連れていきたい所ではあるんだが、困ったことに僕も場所も分からなければアポイントメントの取り方も知らない。もきゅに尋ねたら、強く願うことで魔法少女学校までの道が開けるって言ってたんだけど。


「アタシは高校生だ!なんで小中学生に混ざって学校に通わなきゃいけねぇんだ!!」


 取り付く島もなかった。

 まぁ、気持ちは分かるよ。僕だって腫物のように扱われるのは勘弁して貰いたいし。実際どうなるかはわからないけど、気は引けちゃうよね。

 しかし、ここで納得してもらわないといけない。

 僕のお仕事の一つは、野良の魔法少女を何とかすることだ。もちろん、野良のままでいたいという子にはその意見を尊重して、見て見ぬふりだってする気でいる。だが、それはきちんと知識があったり、それを抑えてくれる妖精がいる場合に限るだろう。

 目の前の少女は少々怒りっぽい節はあるものの、時折こちらを気遣う素振りを見せるあたり根は悪い子ではないのだろう。高校生でもあることだし、常識やモラルに対する懸念もごく僅かしかなく、そういった意味では、魔法を悪用するというリスクは低い気もする。

 しかしだ。このまま彼女を放置して問題が起きた場合、その責任はさすがに感じざるを得なくなる。

 目の前の子の為ではなく、僕が気持ちよくヒーローを続ける為に、彼女には自分の意見を曲げて貰おう。

 最悪は力ずくでの説得を想定しながら、彼女に言葉を掛けようとしたとき、背後から聞き覚えのある声が向けられる。


 「また、貴女ですか。急いで駆け付けたのですが、深夜の『ワンダラー』にはいつも貴女の影がありますね。お隣の方はお友達でしょうか。今度こそ、お話を聞いて頂けますよね?」


 魔法少女委員会所属のサファイアが、お供を連れて勝負を仕掛けてきた。

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