たとえ躓いたとしても

 深夜のコンビニ、アルバイト中。

 新聞の魔法少女特集に、自身が載ったことをにやけながら見るのに夢中になっていた僕は、正面に近づいてくる一人の影に気づかなかった。

 下げていた頭を上げて前を向くと、先ほどまでお店の角で新聞を読んでいた女の子が、カウンター越しにこちらを見ていた。

 腰ほどまで伸びたロングヘアーに、耳の少しほど上をリボンを使って両側で結んだ髪型。唇はキュッと結ばれ、垂れ気味の目の下には隈ができている。

 仕事中だというのについ夢中になってしまった。

 お客様が目の間にいるのに気づかないなんてとんだ失態だ。いや、身長が低すぎるせいだ仕方ない。


「申し訳ございません。何か御用でしょうか?」

「魔法少女、好きなの?特集見てたよね?」


 まぁ、バレてしまっては仕方がない。

 深夜だから他にお客さんもいないし、話しかけられてしまったなら無視するわけにもいくまい。

 せっかくなので雑談に勤しむとしよう。


「そうですね。特集に乗るヒーローはみんな恰好いいので好きです」

「そうだよね・・・。このブラックローズって子も、一人で戦って、みんなを助けて。すごいよね・・・」


 なんというか、落ち着いているというか、暗いというか。言葉自体はしっかり聞こえるのに、自信のなさそうな話し方をする子だ。

 挙動も少しおどおどとしていて、むしろそんな状態でよく話掛けることができたものだと感心するところだ。


「貴女もヒーローが好きなんですか?」

「魔法少女は、好きだよ。でも、魔法少女って、何のために戦ってるんだろうね」

「人々を守るためじゃないんでしょうか?」


 まぁ、僕は違うけど、一般的にはそうなんじゃないだろうか。


「やっぱり、そう、だよね。誰かを守るのが、魔法少女、だよね・・・。もし、誰かを助けられなかった魔法少女がいたら、その子は、魔法少女失格だよね・・・」


 中々辛辣な事をいう子だ。きっとヒーローに対して理想が高いのだろう。わかる。僕だってそういう時期はあった。

 理想を夢見て、現実を見て、失望してしまって。

 この子も理想は完璧であるべきだと思ってしまう、純粋で無垢な子なのだろう。

 それに対して、大人になれば分かると突き放してしまうのは簡単だが、それでは理解も納得も難しいだろう。

 大人であり、ヒーローでもある僕が、まだ見ぬ魔法少女の助けをしてあげよう。


「僕はそう思わないよ。例え誰かを助けられなくてヒーロー失格だと言われても、他の誰かを助けられたなら、その人からすればヒーローに違いないよ。だから、あまり魔法少女のことを、悪く言わないであげて欲しいな。」

「ご、ごめんなさい。魔法少女が好きな人にこんなこと・・・失礼、でしたよね・・・」

「大丈夫だよ。ただ、魔法少女だって一人の人間なんだ。失敗だってあるし、傷ついたりだってするはずだよ。もし君が本当に魔法少女を好きなら、たとえ失敗した子がいても応援してあげてほしいな。例えその子がヒーロー失格なんて言われてしまっても、いつか、その応援できっとヒーローになれるはずだから」


 やっぱりヒーローに必要なのは力だったり、信念だったりは勿論だけど、人々の応援がかなり重要なカギとなるだろう。

 どれだけピンチに陥ったとしても、たくさんの人たちによる応援で覚醒するヒーロー。格好いい。

 まぁ、勿論それでも、誰かを助けれない時もあるだろうけど、その時は仕方ない。また次の機会が訪れるのを待つしかない。ヒーローになることを諦めなければ、そしていつか、誰か一人でも助けられれば、応援している人にとってはヒーローであることは間違いないのだから。


「さて、コホン。お客様、お会計になさいますか?」

「あ、えっと。はい・・・」


 そろそろアルバイトの時間も終わりだ。いつまでも話してる場合じゃない。

 話を断ち切って締めの準備をする。

 予想していたよりビターな話だったが、ヒーローに対する評価は中々厳しいものがあるようだ。

 そして多分、厳しい評価を下しているのは、あの子だけじゃないのだろう。

 ヒーローと、そうでない者の溝は、簡単には埋まりそうにないな。






「ヒーローも大変だね」

「突然何を言い出すっきゅ・・・」


 魔法のアプリのストアから注文した高級アイスを食べながら、ソファに沈んでもきゅとゆっくりお話しをする。

 相変わらずストアの食品は最低額1ポイントなので高級品だが、パンと同じように詰め合わせになっているため、数日に渡り楽しめるものとなっている。めちゃめちゃおいしい。

 複数あるアイスの中の一つであるイチゴのフレーバー香るアイスを楽しみながら、濃い抹茶のアイスを食べているもきゅへと雑談をする。

 あとでそれ分けて欲しい。


「人を助けられないヒーローは、ヒーローじゃないってさ」

「人を助けられない魔法少女は、魔法少女じゃないって言われたっきゅね。力のあるものに失敗は許されないと思ってる人は良くいることっきゅ。それでローズはそれを気にしてるっきゅ?」

「うんにゃ。まぁちょっとした話の種だと思ってよ。それで、もきゅはどう思う。もし誰も助けられないヒーローがいたら、その子はヒーローじゃないと思う?」

「もきゅは、魔法少女を生み出した時から、その子はヒーローだと思ってるっきゅ。正確には、ヒーローとして素質がある子を魔法少女にしただけだから、その在り方さえ心に残っていれば、いつまでもヒーローだと思うっきゅ」

「ふーん・・・」

「聞いてきた割に反応が薄いっきゅね。もきゅはそういうの良くないと思うっきゅ」


 もきゅがアイスの木製スプーンを振り回して抗議をしてくる。ばっちいぞこら。

 汚れをまき散らすばい菌まんじゅうのスプーンを取り上げて、正義のデコピンを喰らわせる。


「僕はさ、それを聞いて思ったんだよね。ほら、魔法少女の中には『ワンダラー』の討伐に失敗した子がいるよね。やっぱりその子は、自分が誰かを助けられなくて悩んだのかなーって。それで、今でも誰かを助けようとすることを恐れてるのかなーって」

「まぁ、そうっきゅね・・・。助けられなかった人がいた事で、他人の評価だけじゃなく、自分自身を許せなく思ってる子もいるっきゅ。そういった子は、自分はヒーローに相応しくないと思ってるっきゅ」


 誰かを助けてこそヒーローであるという観点は僕にもあるが、それでも自分自身が一番大事だ。助けれなかったときは力不足も感じるだろうが、だからといってヒーローを辞めるつもりだってない。だけど、他人からのレッテルだけじゃなく、自らヒーロー失格なんて評価を下してしまった子は、いったい誰が助けてくれるんだろうか。

 僕のアイスを掠め取ろうとするまんじゅうの耳部分をつまむ。


「ローズは意外と他人の事でも考え過ぎる性格っきゅね」

「直接ああいった事を言われたのは初めてだから、さすがに考えざるを得ないよ。それに他人事じゃないでしょ。僕は自己中心的なヒーローだからね。自分と他人、どっちを助けるなんて言われたら自分を選ぶよ。それでそのうちヒーロー失格とか言われるのかと思うと恐ろしくてたまらないね」

「もし言われたとしてもローズなら問題ないっきゅ。どうせ他の人の意見で変わるくらいのヒーロー観なんて持ってないっきゅ。他の魔法少女みたいにクヨクヨする性格でもないし、考えるだけ無駄っきゅ」


 まぁ、事実ではあるし、他人の評価で自分のヒーロー魂が決まるわけじゃないと僕自身も思っていることではある。あるが、だ。それを他人から言われると腹が立つのは仕方ない事だと思う。事実であれば何を言ってもいいとは限らないという事を、このまんじゅうの身体に刻んでやろう。それと僕のアイスをよくも食べやがったな。いい度胸をしている。

 もきゅの言葉が開戦のゴングになり、一触即発の空気が流れる。

 腕をまくり、ファイティングポーズを取りながら、もきゅの挙動に集中する。

 真面目な雰囲気などとうに霧散してしまった部屋の中、ソファの上でまんじゅうとのプロレスが始まった。

 

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