509.本当の『未練』


 湖凪さんを前にして、息を呑む。


 ただ、そんな僕と違って、彼女の表情は明るかった。

 思い出の姿のまま、笑って話しかけてくれる。


(約束したでしょう? 私はカナミ君の前からいなくなったりしません。これからは『みんな一緒』と言いましたわ)


 かつて聞いた声と、全く同じだった。


 あの最初の約束が繰り返されて、僕の頭の中に様々な言葉が巡る。

 後悔に謝罪、弱音に逃避――

 その中から一つ、僕は選び取って、頷く。


「うん……、湖凪さん。君のおかげで、ずっと僕は独りじゃなかった。……ありがとう。もう絶対に君を『なかったこと』にしない」


 これまでのことを感謝して、これからのことを約束した。


 それは本当ならば、あの葬式の日に誓うべきだったこと。

 ずっと彼女に言えなかった心の内を、やっと僕は口に出来ていく。


「生まれてこなければ良かったなんて、もう口にしない……。自棄にもならないし、二度と自殺だってしない。君のおかげで、ここまで僕は来られたんだから……、君の分まで、必ず生き抜く」


 顔は涙で濡れているけれど、しっかりと湖凪さんに向かって笑い返してみせた。


 彼女を死に追いやりながら「おかげで」「君の分まで」と言うのは、いまでも邪悪だと僕は思っている。ただ、それだけじゃないとも、今日の『終譚祭』で知ったからだ。


 これまでの思い出も纏めて、全ての始まりだった湖凪さんに伝えていく。

 その誓いの言葉を聞いた彼女は、わざとらしく「むむむ」と唸ってから、さらに明るい顔を見せてくれる。


(ふふっ! やっとカナミ君の前向きな言葉が聞けて、私も『安心』ですわ! ……一時は、私から逃げて、名前すら忘れて……、ほんとにもう! 本当にもうっ、カナミ君は! という感じでしたが、許してあげます! ただ、その代わり! これからは、かなちゃんって呼ばせて貰いますから!)


 懐かしい愛称を使って、僕の間違いが許されていく。

 当たり前だが、本当に『安心』できるのは僕のほうだった。

 長年の心の穴が埋まっていく。


 ただ、嗚呼あぁ、本当に――

 都合のいいことだと思う。出来過ぎているし、『理想』過ぎる。

 もう僕の『魔法』の影響は消えていても、この言葉が『作りもの』か『本物』かまでは――


 と悪癖で、僕が複雑そうな笑顔で考えていると、彼女は「本当に面倒くさい! ですが、かなちゃんらしいですわね」と呆れて、視線を少しずらした。


(その『答え』は、もうかなちゃん自身が選び終えていますわ。その握った手が、『証明』なんでしょう?)


 僕の右手を見て、にこりと笑いかけた。

 その握った先にいるのは、僕が『異世界』を生き抜いて、ついに手にした大切な人。


 ――たとえ『作りもの』でも『本物』でも関係なく、大事な『たった一人の運命の人』。


 だから、もう僕は悩むことはなかった。

 右手を強く握って「うん……」と、子供の頃のように短く、彼女にお礼を伝え切る。


 それを湖凪ちゃんは嬉しそうに受け止めた。

 それから、視線を次へと向けていく。


(そういうことですわ! ということでっ、もうかなちゃんは心配要らなさそうなので……、次は陽滝さん! あとは全力で、私は陽滝さんを応援しますわー! この湖凪お姉様が、ここから見てますわよー! 頑張ってくださいー!)


 僕が千年以上かかった悩みは、一分もかからずに終わってしまった。


 なので、湖凪さんは激戦が繰り広げられている後方を見始める。

 その先で戦っている妹へ向かって、彼女なりの精一杯の大声を張り上げた。あとなぜか勝手に「お姉様」と名乗ってもいた。


 そして、その声援は、しっかりと陽滝まで届く。


 全力の《フリーズ》で百以上の『魔獣の腕』を凍らせていた妹が振り向いて、ありえない奇跡に驚き、一旦戦いを中断してしまう。

 咄嗟に相棒のティアラを抱えて、ノイから少し距離を取った。

 その安全圏から、いま僕が見て聞いているものを、彼女も見て聞く。


(陽滝さん、どうでしたか? ちゃんとどこかにあなたと『対等』な――いえっ、あなたを超えるお友達はいたでしょう!?)


 湖凪さんは自慢げに「だから、予想勝負は私の勝ち!」とふんぞり返っていた。

 その姿を見て、陽滝は目尻に涙を浮かべる。


 かつて何度も負けても、死ぬまで勝負を挑み続けてくれた彼女は、その記憶に深く刻み込まれているのだろう。


 その心から慕っていた先輩が言った通りの未来のまま、陽滝は自分の隣で照れているティアラの手を、右手で強く掴んだ。そして、僕と同じく、負けて得られた大切なものを握りしめてから、「はいっ、湖凪ねえ!」と泣き笑って答えた。


 陽滝は涙を振り切って、ティアラと共に戦いへと戻っていく。

 それを見届けた湖凪さんも、陽滝と同じように目尻の涙を拭って、清々しい顔で呟く。


(……はあ。これでもう、私にも『未練』はありませんわね。本当に良かったです。最後に、ちゃんと約束を果たせて安心しましたわ)

「約束を、果たした……?」


 思い当たらず、僕は聞き返してしまう。

 なにより、『未練』という言葉が、湖凪さんに似合わない言葉だと思った。

 ただ、彼女は自分も僕たちと変わらないというように、交互に兄妹を見ながら説明してくれる。


(ええ、約束していたでしょう? いつか、あなたたち兄妹と三人一緒に……いや、『みんな一緒』に遊ぶと! ……話したのは、かなちゃんじゃなくて陽滝さんとでしたっけ? まあっ、とにかく、約束していたのですわ! こんな『みんな一緒』の時間を!!)


 三人一緒に遊ぶというのは、陽滝と約束したのだと思う。

 『みんな一緒』というのは、僕と夕方の教室で約束したこと。


 その兄妹との約束を、彼女は気にしていたようだ。

 そして、その約束が果たされたことで、100層の光景を観て、心から楽しんでいく。


(ずっと、こうやって……、三人でRPGゲームでもして遊びたかったのですわ。かなちゃんが楽しんでいるのを、後ろから私と陽滝さんが茶々を入れたり……。でも、ラスボスは『みんな一緒』でやっつけて、感動のハッピーエンドを見たり……)


 釣られて、僕も視線を向けて、目を凝らしていく。

 もう余り気にしていなかった100層の戦場だが、湖凪さんに言われて注意深く、観直した。


 確かに、現代人の彼女にRPGゲームと言われても仕方ない光景をしていた

 戦いのフィールドは、迷宮100層の無限に続く昏き浅瀬と海。

 だが、天上から射し込む白虹の陽でとても明るく、遠くでは規格外で派手な大魔法がたくさん飛び交う。

 ただ、遠くと言っても、距離の概念は完全に歪んでいる。遠いはずなのに、すぐ目の前で全てが見えるのだ。それはまるで、ディスプレイに映った美麗なワンシーンに、目と心を奪われてしまったような感覚。


 その遠く身近なフィールドで、不思議な黒紫の暗雲が広がっていて、ファンタジー世界でお約束な属性魔法たちが対抗している。


 特に激しく目立つ三色は、深紅の火炎魔法、紺碧の氷結魔法、白翠の風魔法。

 最上級魔法と呼べるほどに、神々しいエフェクトたっぷりで煌めいては、視界一杯に次々と瞬いていく。ときには弾けて、押し寄せてきて、衝撃が僕たちの背中まで通り抜けていく。

 もちろん、攻撃魔法の他にも、光や神聖の回復魔法も残照のように柔らかく暖かく広がっていた。闇や木の補助魔法も、あちこちで蛍の光のようにたくさん灯っていく。


 『理を盗むもの』の使う魔法は、どれも極みと言っていい。

 それは単純な力の話だけでなく、美しさも。


 その極限の魔法の数々に、馴染みのない湖凪さんは大層喜んでいた。もちろん、彼女のRPGゲームというのは比喩だろう。

 それでも確かに、派手なファンタジー映画かゲームのようで楽しいという感想を抱けるのは間違いない。


 なにせ、僕も同じだった。

 目の前の戦いが、色んなゲームでよく戦ってきた最後の戦いラストバトルそのものにしか見えなくて……、正直楽しい。


 『矛盾』しているかもしれないが、いま確かに僕は100層を身近な現実として感じながら、ゲームとしても楽しめていた。


 ……ただ、思えば、ずっとそう・・だったのかもしれない。

 『元の世界』と比べたら、ずっと『異世界あなた』は優しかった。

 頑張ったら頑張った分強くなれる平等な魔法の世界でいてくれた。

 いや、僕は贔屓されていたか。その優遇された全てを利用して、才能ある仲間たちと共に、僕は『最深部』まで挑戦し続けた。その『冒険』の日々は本当に、大好きだったゲームのようで……。やっと、僕を含む『理を盗むもの』たちの『試練』を全て乗り越えて、一つの真実を見つけられた気がした。


「あ、あぁ……。そうだね、湖凪さん……。ずっとそうだったんだ……」


 だから、いま、本当の『未練』が解消されていく。 

 僕の身体に掛かった『不変』も途切れていく。


 そう確信できるのは、目の前で広がる最後の戦いの光景――の『過去』と『現在』の違い。


 いま、この最後の戦いを一番後ろから見ていると、『過去』に暗い部屋で見つめ続けた画面を思い出して仕方ない。

 幼少の頃、僕は何度もラスボスとの戦いを繰り返しては、いつも負けていた気がする。僕が負け続けるから、隣で一緒に見ていた妹の陽滝はしょんぼりとして、いつも残念そうな顔ばかりだった。


 しかし、今日は違う。

 集まってくれた仲間たちの背中を見ていると、勝利の予感しかないのだ。

 さらに『本物の糸』を通じて聞こえてくるみんなの声が、その自信に拍車をかける。


 いま丁度、使徒ディプラクラが100層の浅瀬に、新たな大魔法陣を張り直したところだった。

 それに呼応していくのは、仲間たちの振動こえ

 千年前の終わりのように、仲間であるはずの『理を盗むもの』がバラバラじゃない。

 『過去』も『現在』も関係なく、みんなが協力して戦う為の声を掛け合い続ける。


 その心地良い振動こえに全身を委ねて、感じる。

 それだけで、もう僕は――


「――いま儂とティーダで魔法陣を作ったぞ! だが、その前に気をつけよ!」

「ああっ! そっちに暗雲が大きく広がってる、そこのマリア二人!」

「世話焼きに言われずとも、分かってるさ! すぐに二人で燃やし尽くす!」

「炎の壁を作ります! ローウェンさんたちは一旦下がってください!」


 僕は見る。

 新たな魔法陣を守る為に、防御壁の魔法が綺麗に合わされていく。

 前衛の位置取りも、その展開に合わせて、阿吽の呼吸で変わっていき――


「了解! だが、下がる前にもう一度、空を斬らせてくれ! そこの、もっとよく見ていてくれ! 次はもっとすごいぞ!!」

「あ、ああっ! 見てるぞ、ローウェン・アレイスさん! 本当にすごい剣だ!!」

「……ローウェンって、アタシよりもディアお姉ちゃんみたいな娘が好みだよね。孤児院で剣を教えてたときから知ってたけどー」

「おや、これは……。ちゃんと乙女な子も、100層ここにいてくれたな。というより、こういうところまでフェンリル殿と三代目当主様は似てるのだね。これも血というやつかな?」


 位置取りは上手く変わらなかった。

 しかし、それでも全員が楽しそうに、お互いの足りないところを補助し合っていく。

 だから、いつでもみんなの立ち位置は十分過ぎて――


「くははっ! そうだああぁっ、シッダルクゥ! みんな繋がっていたんだ! たとえ、血は繋がっていなくても! だから、いいんだよなあ! ちゃんと仲間がいるってのは本当にいいなあぁああ! なああああ、みんなぁあああ――!!」

「いやー、引くぐらいノリノリな騎士っすね。あと私が近づくと、そこの『血の人形』さんが睨んでくるのはなんでっす?」

「くははっ。間違いなく、清掃員はおまえが大嫌いだからな。俺と同じ殺人鬼のくせに、ファフナーの心を一杯占めてるせいだ」

「むむむっ。いま、ラブな話をしたか!? そういうのには、童も混ぜよ混ぜよっ! 実はおぬしらとそういう話が、ずっとしたかったのじゃ!」


 十分過ぎるから、世間話をする余裕があった。

 僕がそうであるように、みんなも戦いより『本物の糸』のほうが大事なのだろう。

 いま、この瞬間が嬉しくて仕方なくて、だから――


「あっ、わたくしも混ぜてくださいませ! 恋話こいばなと言えば、このフランリューレ・ヘルヴィルシャイン! ああっ、この伝説的な一戦を彩る恋なんて、素敵ですわぁっ!」

「やっぱり、フランとティティーお姉ちゃんって波長合うよね。実は、ずっとそう思ってた……けど、いまはそれどころじゃないー! ――《ドラグーン・アーダー》!!」

「ええ、それどころじゃありません。こんなときに、色恋沙汰など……まあ、構いませんか。姉様が嬉しそうならば、もう自分はオーケーです」

「い、意外に激甘なのですね……。しかし、やっと楽しそうな姿を見られて嬉しいというのは、騎士である私も同感です。……では、ノスフィー様。そろそろよろしいでしょうか?」


 だから、戦いでは真面目と思われる面々までも、その呑気な仲間に少し引っ張られていく。

 きっちりと仕事しながらも、苦笑を浮かべては、仲間との協力と掛け合いを心から楽しんでいき――


「構いませんよ、我が至高の騎士セラ。こちらの防御も準備も十分すぎますから、自由にやりたいお馬鹿さんたちは自由にやらせて構いません。ですよね、私の妹ノワール」

「はい! この聖女様の妹である聖人ノワールに! この本当の聖人ノワールにお任せてくだされば、もう準備は万端! 先生とディプラクラ様たちの魔法にも合わせるつもりです!」

「おー、後輩が頑張ってるねー。ひひひ、この私から解放されて、うっきうきなんだね。これは元聖人として、負けられないなー」

「そうねっ、ティアラ! 使徒としても、あの子にだけは負けられないわ! 世界を救うのは私たちみんなよ!!」


 楽しいから、ノイと戦っているはずなのに、勝ち負けは身内に対してばかり話されていく。

 中でも、先ほど湖凪さんに見送られた妹は、中心にいるライナーを特に意識していた。


「ティアラが聖人かどうかは疑問の残る話題ですが……、確かに負けられませんね。そこにいるライナー・ヘルヴィルシャインには、なぜか特にそう思います」

「な、なんで妹さんは僕を睨むんだ。心当たりは……、なくもないか。僕も『対等』と思ってくれるなら、それに見合う姿を見せないとな……! みんなの力を僕に集めてくれ! また必ず、僕が束ね切る!!」


 その戦いの光景は、明る過ぎた・・・・・


 だから、視界が霞む。

 眩しくて、直視できない。


「あ、あぁ……」


 戦いを、しっかりと僕は見届けるべきだ。


 そう分かっていても、100層の戦いよりも、『本物の糸』を伝う振動こえばかりに意識が傾いてしまう。

 その傾くままに、僕は自らの『未練』を認めていく。


「うん……。ずっと、これが欲しかったんだ……。『冒険』で失ってばかりと思っていた……。けど、手に入れていたんだ。それは本当に楽しくて……、安心できて……、大切だったもの……」


 だから、振動こえを聞けば聞くほど、近くの湖凪さんから存在感が消えていく。

 その身体の輪郭が薄らいで、魔力による『想起』の奇跡が解け始める。


 『未練』を解消して、消えていく『理を盗むもの』たちと全く同じ現象だった。

 言い切れば、消えるのだろう。

 分かった上で、迷いなく僕は言い切る。


「湖凪さん……。異世界ここから僕は、ずっと死ぬまで、『幸せ』に生きていくよ……、絶対に・・・。これは『未練』も『夢』も関係ない。そう僕が自分ぼくの人生を選んで、誓うからだ。だから……、――いま、『僕の世界』は救われた」

「ふふっ。……救えて、よかったですわ。ただ、これでお別れではありません。いなくなったりはしません……――、私たちの心は、ずっと一緒に……――」


 彼女の振動こえが途切れる。

 同時に、彼女が幻視えなくなった。


 いま、とても長い祈りが終わったのを感じる。

 一つの奇跡も消えてしまった。


 けど、まだ祈りも奇跡も、いなくなったりしていない。

 ずっと一緒に在ると信じて、身体を動かす。


「本当にありがとう、湖凪さん。これで、僕の『詠唱』も終わりだ……。けど、『魔法』を発動させる前に、それを使う相手を湖凪さんに紹介させて欲しい……」


 もう僕の身体に力は入らない。魔力も一切ない。

 それでも湖凪さんに伝えたくて、繋いだままの左手をみんなに向けて、かざした。

 特に、その中心にいる僕の騎士を自慢していく。


「あそこに……。あの中心にいるのが、ライナー・ヘルヴィルシャイン……。次の物語の『主人公』になる少年だ」


 それは一つの宣言でもあった。


 ただ、その宣言に呼応するのは、誰よりも世界かのじょが先。

 その言葉は特別だったのだろう。例の『切れ目』の奥から、その発言に対して、「本当にいいの?」という視線・・が送られてくる。


 その最後の確認に、僕は即答する。


「ああ、いい。もう分かってるだろう? 僕よりも、ライナーのほうが向いてる」


 この戦いの間、ずっと『世界あなた』は何度も視線を彷徨わせていた。

 だが、そろそろ一人に固めよう。


 あの遠くに行ってしまった少女ノイを救うには、一人の少年に纏めて束ねないと、到底届かない。


「ただ、僕から世界あなたに一つだけ、頼みたいことがある。……もう無闇に贔屓して、過剰な力を与えるのはめよう。誰かに求められるがまま、取引するのも終わりだ。成長した世界あなたがよく考えて、自分の気持ちに従って、未来を選んでいくんだ。……そして、出来れば彼を僕のときよりも、もっといい『主人公』にして欲しい」


 おそらく、『世界の主』を受け継いだライナーを、僕は見守り続けることはできない。

 だが、世界あなたならば、ずっと見守れるだろう。


 ――その『世界/貴方あなた』に、僕の代わり・・・・・を願い・・・頼りたい・・・・


 そう託したとき、ドクンッと。

 100層で急に脈打ち出したのは、『最深部』まで届く大きな鼓動。


 興奮しているのだろう。

 『読書』するだけでなく、『執筆』することを薦められた世界かのじょに、僕は話しかけ続ける。


「そう……。これからは『貴方』も一緒に、物語を紡いで行こう……! ここまで一緒に『試練』を乗り越えてきた『貴方』だから、僕は信頼できる。その上で、もっともっとよく見て欲しい。あれだ……! あれこそが、僕の自慢の騎士ライナーだっ!!」


 もう最後だ。

 だから、せっかくなので、彼の素晴らしさを全力で紹介アピールしていく。

 100層の脈打つ鼓動にも負けられないくらいに、僕もドキドキしながら――!


「最高の後輩なんだ! 憧れの格好いい友だちでもある! 凡庸のようでいて、非凡な全てを乗り越えてきた! 何に選ばれずとも、自分で自分を選ぶ心の強さっ! ああっ、いま僕が一番尊敬している人は、彼で違いない! その彼がライナー・ヘルヴィルシャイン……いやっ、これから僕の全てを受け継ぐ少年は、その名を変えるだろう! とりあえずの呼び名は『キリストライナー・ユーラシアヘルヴィルシャイン』か!? ああっ、このくらいが丁度いい! ファフナーの末裔らしくて、いい名前だ! 我ながら、すごくいい名前だと思う! これから大陸どころか、世界の果てまで救ってくれそうな気がする! 僕と『貴方』で織りなした物語の次に相応しい『主人公』の名だっ!!」


 興奮していたのは、僕もだったようだ。

 そして、ずっと魔法の名付けを楽しめなかった反動とばっちりが、ライナーを襲ってしまった。


 だが、許して欲しい。

 記念なんだ。

 いまから僕は、『未練』だった「『みんな一緒』にエンディングに辿り着いて、最後に最高のハッピーエンドを迎える」を果たす。


 やっと僕は何の重荷もなく、純粋に誰かを応援できる。

 それが楽し過ぎて、嬉し過ぎて、もう止まらない――


「ライナー!! 行けぇっ!! 『みんな一緒』に戦えば、絶対に負けない!! 負けるはずがない! 頑張れぇえええ! 頑張れっ、キリストライナァアアアアアア――!!」


 その僕の応援に合わせて、世界かのじょもドクドクッと脈打つ。


 まるで僕と世界かのじょは、派手なムービーが流れる画面ディスプレイを前にした子供の頃のように、はしゃいでいた。


 先ほど、100層の光景をゲームのようだと認めたせいだろう。

 長い『冒険』を終えて、やっとエンディングに辿り着いた『プレイヤー』の気分だった。

 もちろん、自らの人生を駆け抜けた『人』の気分でもある。


 いま僕はプレイヤーとして、自らの役割を、僕の大好きなライナーに投影している。自分の全てを頼み、託している。それは本当に気軽で、『安心』で、楽しくて――


 本当に、子供の頃に戻った気分だ。

 けど、もう部屋は少しも暗くない。独りでもない。

 明るい部屋で、友人たちと無邪気に楽しむだけ。


 ――もちろん、そこには世界かのじょだけでなく、左手の『彼女』も一緒だ。


 その三人で一心不乱に『主人公』を応援して、没頭していると、いつの間にか100層の戦いは佳境に入っていた。


 あれだけ多種多様な魔法が飛び交っていたというのに、いまや100層に存在する魔法は二つだけ。

 決着をつけると言わんばかりに、とてもシンプルとなっていた


 まずは、ノイ。その体中から生えた無数の『魔獣の腕』を束ねて、まるで世界樹のように巨大な腕を一つ作って、天に掲げていた。

 そして、その先にある枝のような十指が握るのは、暗雲を凝縮して固めた黒紫の魔法の大剣。

 しぶとい敵たち全てを『なかったこと』にする為に、僕の《ブラックシフト・オーバーライト》を完全に自分のものにした上で、限界まで研ぎ澄ませている。


 ただ、まだ座ったままだ。

 僕と同じく膝を突いて、奇妙な上段の構えを取っている形となっていた。


 その独りで剣を掲げるノイと向かい合う相手は、僕のたくさんの仲間たち。

 とはいえ、ここまでの戦いで『理を盗むもの』たちは消耗している様子だった。しかし、『現代』を生きる仲間たちは、まだまだ元気が溢れている。

 そして、その中心に、僕の応援するライナー・ヘルヴィルシャイン。

 彼には、先ほど『理を盗むもの』たちの力を繋げ集めて、僕に勝利した実績があった。なにより、みんなが本能的に理解していた。


 ――これに一番向いているのは、このライナーだ。


 だから、ノイが全ての黒紫の暗雲を集めて剣を作ったのに対抗して、彼に全ての力を結集させていた。

 ノイが『魔獣の腕』を束ねたのに対して、ライナーは『魂の腕』を束ねている。

 多くの『魂の腕』がつどって、こちらも無限の『風の線ライン』で世界樹を描いているかのように見えた。

 その巨大な『魂の腕』には、白虹の魔力も集まって、同じ形状の剣が形作られていっている。


 相打つ二種の剣。

 ライナーはみんなの『魂の腕』を掲げながら、代表者としてノイと話す。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。ノイ・エル・リーベルール、認めろ……。この『キリストライナー・ユーラシアヘルヴィルシャイン』が、新しき『世界の主』となることを!!」


 どうやら、僕の声援は届いていたようだ。

 流石、僕の騎士だ。

 勢いで提案した名前を使ってくれたことが、応援者として本当に嬉しい。


 ただ、対照的にノイは心底不快そうな顔だった。

 その大言壮語な名前を批判していく。


「キ、救世主を繋げるものキリストライナー……? そ、それは君に不相応な名前だ! だって、まるで足りない! いまも女の子の手を借りている子供が、『世界の主』として誰かを救うだって!? 足りるわけがない!」

「ああ、足りない!! だから、こんな大所帯で来てるんだろっ!?」


 ライナーとノイが、心をぶつけ合うような会話を広げていく。


 ――その問答を遠くから聞く僕は、暢気にもらしい・・・と思っていた。


 本当に、とてもラストバトルらしい。

 スキップできないイベントシーンを見ている気分だ。

 だから、この戦いに緊張も不安も、もう一切ない。


「ノイ、あんたにも言おう! なぜ『世界の主』が一人だけなんだ!? なぜ何もかも一人でやろうとする!? できるわけがない!!」

「…………っ!」

「たった一人が頑張り続けて、たった数万年かそこらで救えたら……、この世界のみんなの人生は何だったんだ!? そんなに軽く薄いものだったか!? 違うはずだ! 『人』の力ってのは、もっともっと長い時間をかけて、みんなで繋げていくものだ! 少し他人より器用だからって、何でもできると思い上がり、子供みたいなことを言ってるのはどっちだ!? 『世界の主』に必要なのは、みんなで繋げたもの! 大事な大事な『繋がり』! 仲間との絆だぁっ!!」

「な、何がっ、ななな仲間との絆だ! 幼稚な言葉ばかり使うんじゃない! そんなものは存在しない! なかったと、ボクは何千年もかけて確認した! たった十数年しか生きていない弱い子供が、分かったようなことを言うなっ!!」


 どちらも、本当にらしい・・・

 どこかで聞いたことがあるような台詞ばかりだ。とても『安心』できる。


 二人の言い合いを聞いていると、口元が緩んで仕方ない。

 鼓動が速まるだけじゃなくて、笑顔から暖かな吐息が漏れ出す。


 ここまで本当に、僕とノイは曲がりくねった道を歩いてきてしまった。

 それは僕とノイが『次元の理を盗むもの』だったからだろう。

 無意識に遠回りや後戻りを繰り返して、邪道も邪道な未来を進んだ。そして、どこにも辿り着けない道筋を作ってしまっていた。


 ただ、ここに来て真っ直ぐな『正道』に戻されていくのを感じる。


 もちろん、かなり強引だ。ノイの言う通り、幼稚でありきたりだろう。

 だが、みんなが繋げて作ってくれた新たな道は、僕たちの道よりももっといい流れをしているのだ。


「ああ、僕は弱い! 若輩だ! だからこそ、強く立派な誰かが、僕を助けてくれる! 僕は強くなくてもいいんだ! 特別でもなければ、優しくも偉くもなくていい! それでも、これからおまえに勝つことができるのは、そういうことだ! 世界を救うのは、僕たちみんなっ! みんなの力だったんだ!!」

「…………っ!!」


 言い返した言葉を、すぐにライナーは認めた。


 だから、ノイは呻いた。言い合いに負けたからではないだろう。むしろ、『理を盗むもの』らしい口喧嘩勝負では勝っている。


 ただ、ライナーの言葉のどれもが、ずっとノイの欲しかった『安心もの』だったのだ。

 ずっと誰かに言って欲しかった言葉が、先ほどまでの僕のように頼れる『神』からではなく、こんなに弱くて若い少年から出てきている。

 その初めての経験に、彼女は困惑している。


 そして、いま、この『本物の糸』が引っ張っていく流れを、彼女も強く感じているはずだ。

 いま僕が「ラストらしい流れだ」と感じるように、彼女も「これ、まるで私が負ける流れだ」と思っているはず――


 だから、ノイはライナーから逃げるように視線を逸らしていた。

 僕の隣の世界かのじょと目を合わせた。

 その揺れる瞳から伝わる疑問の数々を、僕だから、正確に読み取れる――


 どうして、こんなにもボクの流れは悪いんだ……?

 どうして、世界あなたはライナーばかり観て、ボクを観ない……?

 ボクこそが『世界』のことを一番想って、救ってきた。なのに、どうして? 向こうばかり贔屓して……、何がそんなに違うと言うの? 

 あいつらとボクで違うもの、それは……――


 ノイは目で問いかけながら、自分でも考えていた。


 どうして、どうして、どうしてと、惑っては迷って、その身体に似合わない冷や汗を流して、この自分が劣勢かのような状況を打破する方法を、必死に探している。

 ここから、自分が『安心』できる道を見つけようと、考えに考え抜いていた結果――


 視線を彷徨わせて、ノイが見たのはライナー――の奥。

 疲労困憊だけれど、満足げで楽しそうな『理を盗むもの』たちの表情だった。


 そこから先は、本能だろう。

 ずっと『安心』を求めていた少女ノイは、つい選んでしまう。


 自分とみんなの違いを埋めるように。

 あの他の『理を盗むもの』たちと同じ表情に、自分もなれるように。

 その震える口から、絞り出していく声は――



「――こ、ここが・・・この・・世界・・こそが九十層・・・・・・・。『次元の理を盗むもの』ノイの階層だ。急造でもない。拝借でもない。ずっとここを守ってきたのは、このボクだ! そして、もう『第九十の試練』は、誰にも乗り越えられない! 『ボクの世界』は、もうボクだけにしか救えなくなってしまった!!」



 宣言した。

 『理を盗むものたち』たちと同じく、自らが守る階層を伝えて、90層のボスを名乗った。


 最も世界かのじょ視線・・を集める方法が階層宣言これだと、彼女は知識として知っていた。


 その行為そのものが大きな『代償』となって、多大な魔力を得られるとも。

 宣言のあとに、奇跡的な力を発揮した『理を盗むもの』たちを何度も視てきた。


 だから、ノイは口にした。

 そして、喜ぶ。

 階層宣言これで、条件は同じだ。

 贔屓や違いさえなければ、地力が上の自分ノイが絶対に勝てる。

 そう信じるノイの顔は明るくなり――


 ――同じくらいに、ライナーの顔も明るくなる。

 みんなが、もう分かっている。

 階層の宣言は、助けを呼ぶ声と同じ。絆を繋げる行為そのもの。

 だから、その宣言を聞いたライナーは、すぐに答える。


「ああっ、受けて立つ!! そして、誓おう!! その『第九十の試練』を乗り越えっ、必ず『あんたの世界』を救うとっ!!」


 そう力強く頷いて。

 『理を盗むものたち』であるノイに、ライナーは約束した。


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