378.新暦0001年


〝――そして、新暦一年へ〟


 新たな暦の一年目は、フーズヤーズ復興が中心となる年だ。


 ファニアの改革の後、何よりも先に行路の復旧作業が行なわれた。

 道を『次元の力』で把握した師匠が計画立案し、ティーダが『闇の力』で周辺のモンスターを同士討ちさせて急減させる。その上で、私たちフーズヤーズの兵が総力をかけて補修を行なった。


 ここで重要なのは、師匠が隙を見つけては、周辺の街で《レベルアップ》をかけて回ったことだ。口では否定しながらも、着実に『始祖』『救世主』としての道を進む姿を、私は後ろから見守り続けた。


 もちろん、その間、ちゃんと演技のほうもこなしていった。


 例えば、他愛もない雑談の中でフーズヤーズでの婚姻についての話題が挙がれば、すかさず「こっちだと兄妹でも結婚できるよ」と笑顔で提案した。

 さらに、価値観の違う異世界人の振りをして「もし師匠が陽滝姉のことが本気で好きなら、私は応援するから」とも囁いた。


 まだ師匠の『呪い』である命の取立ては残っている状態だ。

 陽滝姉の前で「弟子として好き」と宣言したことで緩和したとはいえ、完全に消えたわけではない。


 気を抜けば、凶悪なモンスターとばったり街中で出遭う。

 理由もなく空から危険物が落ちてきたり、勘違いで復讐者が殺しに来たりする。

 行く先々で見舞われる殺意たっぷりの不運は、もう数え切れない。


 しかし、ファニアからの帰路のときと比べると、まだ日に一度くらいなので楽なものだった。

 陽滝姉と例の決闘を始めてから、明らかに『切れ目』の視線に迷いが生まれていた。


 ――こうして、私の『呪い』の対処法が「正解」だったと実感していく内に、行路は復活し終える。


 突貫作業のため、まだまだ改善点の多い道だ。

 だが、確かにフーズヤーズとファニアの行き来が可能となった。


 これで、もしファニアで何か起こったとしても、すぐにフーズヤーズが察知できる。師匠が『火の理を盗むもの』と約束したファニアの平和が、一時のものでなく持続的なものとなった瞬間だった。


 その対価として、ティーダが陽滝姉の治療に全面協力し始める。

 ティーダの生み出す『呪術』は、特に精神メンタル面の治療において無類の力を発揮した。

 だが、代わりに肉体フィジカル面に関する彼の『呪術』は、余りにお粗末なものばかりだった。

 『闇の力』は身体の治療に向いていないとわかり、また陽滝姉の治療は停滞する――かと思われたが、そうはならない。


 行路ができたことで、研究の途中でフーズヤーズにヘルミナ・ネイシャが訪問したのだ。

 独自に『魔の毒』の仕組みを解明した天才研究者に、使徒たちの知識が合わさり、陽滝姉の治療は大きく前進していく。


 病の根本的な解決はできなくとも、『血の力』を使うことで陽滝姉の健康を高水準で維持できるようになったのだ。

 そして、もう陽滝姉が何かの拍子で衰弱死することはないと確信できたところで、『呪術』開発メンバーの代表である使徒ディプラクラが一つの答えを出す。


「――うむ。中々いい結果じゃった。だが、少し予定と違ったな。『理を盗むもの』たちは、確かにずば抜けたセンスを持っていた。しかし、それは自分の分野に特化している上に、直感的なものが多い。こと研究においては、余り役に立たんようじゃ」


 そう結論付けられ、研究用の部屋の隅でティーダは「すまない……」と気落ちする。

 それなりに『呪術』開発に自信があったのだろう。

 ここで躓くのは、そこそこショックだった様子だ。


「『理を盗むもの』よりも、学者か研究者を連れて来たほうがよさそうじゃな。そこのヘルミナこそ、その証明じゃ」


 使徒たちは基本的に、一般人への評価が極端に低い。

 しかし、その考えを改めるほどの成果がヘルミナ・ネイシャから得られ、当初の方針を大きく変えようとしていた。


 ちなみに、ヘルミナさんはティーダの隣で申し訳なさそうに「ランズ様、すみません……」と気を遣っている。


「渦波よ、計画を変更しようぞ。これからは各地を旅して、ヘルミナのような人間を集めるのじゃ。それが陽滝回復の一番の近道となるじゃろう」


 そう指示された師匠は、少しだけ考え込みながら自分の意見を出していく。


「……でも、ディプラクラさん。集めると言っても、国で働いている研究者さんを勝手に連れ出しては、争いの種になるのでは?」

「ティアラも同行させて、まずフーズヤーズからの復興支援という形にする。おぬしは出向いた先で『魔の毒』の病を治して回れ。その上で、今回のように行路を繋げれば、自ずと儂らの望む人材がフーズヤーズまでやってくることじゃろう」


 ここで私の出番だ。


 ディプラクラ様が私の手腕を期待していると、容易に察せられる。

 師匠を始祖なんて大仰なものに仕立て上げ、ファニアに大きな恩を売りつけて、強引にフーズヤーズの支配下とした手腕を、もう一度発揮しろと目で訴えかけられていた。


 その期待の視線に向かって、私は軽く頷き返す。

 色々と思うところはあったが、拒否しない。


 その私の反応を確認してから、ディプラクラ様の話は次に移っていく。


「同時に、フーズヤーズ周辺で起きている『魔人』の問題も、渦波の旅の道中で解決できれば理想的じゃな」


 研究者の拉致だけでなく、さらに各地の治安向上も求められていく。

 その話になったとき、『魔人』の専門家であるヘルミナさんが目を輝かせ、師匠のために説明を補足する。


「突然変異によって、強大な力を得た上位の『魔人』たちのことですね……! 有名どころだと、東の花人スクナ、西の吸血種クロニクル、南の人魚クォトルク、北の竜人セルドラ。どの個体も非常に強く、世界そのものに深い恨みを持つと聞きます」

「うむ。あの『魔人』たちじゃな。もし始末できるとすれば、ここにいる者たちだけじゃろう……。儂としては、捕獲して研究材料にしたいところじゃが……この中で、一番捕獲に向いておるのは、ティーダの『闇の力』か?」

「確かに! 肉体を傷つけないランズ様の力ならば、捕獲にはうってつけ! いいですね! いずれかを解剖することになれば、この私もぜひ! ぜひ、また合同研究を――!!」


 と余りに道徳に欠けた発言が飛び交ったところで、師匠が割り込む。


「ディプラクラさん! ヘルミナさん! その強い『魔人』さんたちは、僕が会って話をします! それまで、絶対に手を出さないでください!」


 本気で怒っていると、師匠の表情から容易に読み取れた。

 ディプラクラ様とヘルミナさんも逆鱗に触れたことを理解して、すぐに謝罪をしていく。


「う、うむ。すまぬ……。わかっておるぞ。そういう真似は、よくない。人として、よくないことじゃ。のう、ヘルミナ・ネイシャよ」

「ええ。私も言ってみただけで……、本気では思ってませんよ? あははは……」


 間違いなく、どちらも本心ではない。

 ただ、お人好しの師匠は、その薄っぺらい言葉に絆されて、態度を軟化させていく。


「約束ですよ? そんなことしても、無駄に不幸が広がるだけなんですから……」


 その師匠の願いに、二人ともが「約束する」と並んで答えたが――その約束は絶対に果たされないと、私にはわかってしまう。


 成長したスキル『読書』が、二人の性質を正確に読み取っていた。


〝――使徒ディプラクラは、人の不幸など心の底ではどうでもいいと思っている〟

〝――ヘルミナ・ネイシャは、人の不幸全てを背負っていく覚悟を済ませている〟


 ゆえに決して二人は止まらない。

 その二人の信念に師匠は気づかないまま、話は再開される。


「では、『魔人』の問題は全て渦波に任せることにしよう。となると、できれば各地で徒党を組んでいる獣の『魔人』たちの対応も、おぬしに頼みたいところじゃ。それと森に隠れ潜んでいる蟲の『魔人』たちが、各国の諜報員として雇われておる問題も確認して欲しい。あとは――」


 次々と師匠のやるべき案件が増えていく。

 その全てを師匠が解決できるとは思っていないだろう。参考までに、ディプラクラ様は問題を並べているだけだ。

 しかし、その情報を聞く師匠の表情は、余りに真剣過ぎた。


 ファニアの一件で他人を救うことに歯止めが利かなくなった師匠は、自分の危険も顧みずに無茶をする可能性がある。


 一旦止めたほうがいいと思い、「話が長い」「頼みごとが多すぎる」という意味を含んで言葉を挟む。


「あの、ディプラクラ様……。もしかして、急いでいらっしゃるのですか?」


 言葉の裏にある諫言をディプラクラ様は気づいてくれたようで、眉間に皺を寄せながら頷く。


「……そうじゃな。その通りじゃ。いま、儂は少し急いでおるのかもしれん」

「よければ、急いでいる理由を聞いても?」

「うむ、おぬしに隠し事をするつもりはない……。つい先日のことじゃ。北で静かに暮らしていた『風の理を盗むもの』が『北連盟』なるものを発足したと報告があった。――脅威じゃ。なにせ、あれほど賢そうだった少女が、いま『狂王』と呼ばれて、その首領となっておる。……世界わしらへの恨みのままに、暴走しているのは間違いない。そこに、あの竜人セルドラが協力しておるとも聞いた。もし『北連盟』がここまで進軍すれば、儂らは皆殺しに遭うやもしれん」


 始まりの三人の『理を盗むもの』の中には、一人だけ『使徒』との関係が改善していない少女がいる。

 その少女が少し前のティーダと同じような殺意を持って一国の王となったのならば、確かに最大限の警戒が必要だろう。


「そうなる前に、このフーズヤーズ国を安定させねばならん。できるならば、南の国々も一致団結させ、この先起こるであろう戦争に備える。そして、その戦争に必ず勝つ。でなければ、世界を救う作業に集中できん」

「……つまり、使徒様たちは大陸統一を目指したいということですか?」

「そうじゃな。理想的な研究環境を作るためにも、そのくらいはしておきたいところじゃ」


 あっさりと世界征服を企んでいると認めた。

 その表情からは、不安も冗談も感じられない。


 やはり、使徒様は私たちとは根本的に違う存在であると再確認する。

 普通の人間ならば、すぐ隣の師匠のような苦渋の表情になる。


「ディプラクラさん……。その、僕は……、戦争に関わりたくないです。……でも、この城に兄妹で住ませてもらっている以上、フーズヤーズのために働きたいとは思っています。僕の仕事は、『魔人』さんたちの説得と『呪術』研究だけで構いませんか?」


 先のように声を荒らげて、怒りはしない。

 この混沌とした大陸の状況では、人同士の争いは必ず発生すると師匠はわかっているのだろう。


 ただ、反対はしないが戦力として数えて欲しくないと、冷静に意思表示した。


「うむ。それを儂らも渦波に望んでおる。おぬしの役目は、何よりも人々の救済じゃ。争いごとは、この国の者と儂らだけで進めよう」

「我がままを言って、すみません……」

「適材適所じゃよ。なにより、おぬしは二人の『理を盗むもの』を説得しただけで、もう役目を終えておる。あとは、おぬしのできる範囲のことをやればよい」


 ディプラクラ様は特に優しく『異邦人』に接する。


「僕のできる範囲……」


 その甘い言葉を師匠が繰り返したところで、話に一段落ついた。


 師匠と私は、周辺地域の支援と調査。

 ディプラクラ様は、フーズヤーズで陽滝姉の治療をしつつ不慮の事態に備える。

 ティーダは、正式にフーズヤーズ国に所属して、ディプラクラ様の指揮下に入る。


 ちなみに、この今後を決める大事な会議に、シス様の姿はない。

 建設的な計画を練るのが苦手というのもあるが、単純に彼女とティーダの相性が悪かったのだ。二人が顔を合わせないように、いまは周囲で気を遣っている状態だ。


 なので、いまシス様は別室で療養している陽滝姉に付き添っている。これから先も、彼女は陽滝姉と行動を共にすることが多くなるだろう。いつの間にか・・・・・・、そうなっている。


「これで話は終わりかな? あー、やっと話が終わったー」


 私は一息つきながらも、眼球を忙しなく動かす。


 いま陽滝姉は別室にいる。


 しかし、少し目を凝らせば、この部屋の中にも数本の『糸』があるのが見える。扉の隙間を通って侵入し、私だけでなく全員に一本ずつ『繋がり』がある。


 ここに陽滝姉はいなかったが、会議には参加していたとわかる。

 そして、その彼女の『糸』に引っ張られるかのように、師匠は私に近づき、誘う。


「これから僕たちのやるべきことが決まったね。行こうか、ティアラ。また二人だ」

「……そうだね。まーた二人っきりで大冒険! ひひひっ」


 また師匠との二人旅に出ると決まり、私は笑った。


 非常に危険だ。

 ファニアのときのように、少しでもいい雰囲気・・・・・になれば、かつてのように腹に穴が空く。


 それがわかっていながらも私は、ディプラクラさんの提案を拒否しなかった。

 理由は単純だ。

 まずファニアでの旅で、私は師匠を守ると誓ったこと。

 何より、物語の中心となる師匠と行動を共にすることが、自身のスキルの成長に繋がると思ったからだ。


 私は長く生き残るためにも、陽滝姉と『対等』となるためにも、成長する機会だけは見逃すことはできない。


 死から逃げるにしても、ただ逃げるだけではいつか必ず詰む。

 いつか必ずやり返すつもりで、私は攻めの姿勢に逃げる。


 そう決心したところで――これのどこまでが陽滝姉の誘導だったのかなと、指先の白い『糸』を見ながら、苦笑を浮かべる。


 その少し不安そうな顔の私を見て、勘違いした師匠は優しく声をかけてくれる。


「……大丈夫だ、ティアラ。戦争なんて、僕たちの考えることじゃない。いま僕たちにできるのは、各地で苦しむ人たちを助けて、そのお礼に研究協力してくれる人を連れてくれることだけ。それだけを考えよう。……きっと、君の故郷フーズヤーズは大丈夫だよ」


 ああ、師匠の言う通りだ。

 ヘルミナさんから『血の力』を教わったように、私は各地にいる天才たちからスキルを盗む必要がある。まずは、それだけを考えよう。


 師匠の的外れな激励を力に換えて、私は演技でもって答えていく。


「うんっ! そうだね、師匠! ヘルミナさんみたいな天才さんを、いっぱい集めたら楽できそうだからねー。陽滝姉の治療だけじゃなくて、フーズヤーズ全体のためにもさ!」

「ああ。とても重要で、やりがいのある仕事だ。人助けになって、陽滝の治療にも繋がる……。よし、やるぞ!」

「よぉーっし! やーるぞー!!」


 私たちの目指す先は違ったが、揃って同じ掛け声で気合を入れた。

 これから先、どんなことがあっても二人で乗り越えていこうと笑い合った。


 ――頁が一つ、めくれる。


 新章だ。

 先ほど話題にあがった『魔人』たちと接触しつつ、病人たちに《レベルアップ》をかけて回り、各地の才人たちからスキルを教わっていく物語。


 新暦一年から新暦二年までの私たちの『冒険』が、めくれる。

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