318.エピローグ前編
「――死んだ……。本当に死んだ……。なかなか死なないにも程があったっすけど、やっと……」
両の肺を潰した。
両手足を切断した。
心臓を止めてやった。
そして、さらに首の骨を『ヘルミナの心臓』で突き断ち――これでやっと動かなくなった。
そのカナミの死体の前で、私は大量の冷や汗を額から滴らせる。正直、いまでも死んだのが信じられないところがある。
まさか、心臓を潰しても動くとは思わなかった。いや、可能性として考慮はしていたが、実際に目にするのは恐ろし過ぎて、身体が固まってしまった。片腕だけで這いずり回る姿には本能的な嫌悪を抱いた。
その後の響いた彼の断末魔の叫びは、まるで空間そのものを切り裂くかのような怨念がこもっていた。
しかし、『詠唱』を使われる前に、なんとか止めることはできた。
完璧な不意討ちと確実な勝利だったというのに、アイカワカナミには本当に驚かされてしまった。いまも心臓がばくばくと、爆発しそうなほど大きく鼓動している。
その恐怖を振り払うように、私は両手にある二つの剣を使って、何度も彼の胴体を突き刺し、死を確認し続ける。
「で、モンスターにはならない……。いや、
『理を盗むもの』たちには『半死体』という状態がある。
巷で流行り、畏れられている『魔人』の上位互換だ。
ゆえに私は念を入れて、ざくざくと身体を剣で突き刺していく。
身体にHPとMPの余裕がある状態だと、死んだ後に動く可能性が常に残っているのだ。
ただ、その残酷な確認方法は一人の少女の心を折ってしまう。
「う、ぅうああっ、あああああっ……! うぁああぁぁあ、ぁあああっっ――!!」
すぐ近くで倒れ伏せている『光の理を盗むもの』ノスフィー・フーズヤーズだ。
つい先ほどまで光という光を発して、濃い魔力を纏っていた彼女だが、いまや見る影もない。直前にアイカワカナミの説得によって『未練』と戦意のほとんどを失ったとはいえ、余りに弱々しい姿だ。
大泣きしている。
目の前で死んだアイカワカナミを目に収め続け、大粒の涙を流している。
背中を斬られて血まみれで倒れ、爪が剥がれそうなほど強く床を掻き、少しでも想い人に近づこうと必死に這って、泣いている。
「ぁああぁあっ……! こ、こんなことっ、ありえない……! ありえないありえないありえない! ぁああっ、まさか! まさか、そんな……!!」
自分に回復魔法を使うことすら忘れ、目の前の現実を否定しようとしている。
それを私は冷静に観察する。
よく見れば、背中の傷が少しずつ治っていっている。『光の理を盗むもの』ならば『ヘルミナの心臓』以外の剣で斬っても、自動で回復するようだ。その人外の自己治癒能力を前に、私は戦意を膨らませていく。
「……ノスフィーさん。……いやあ、よかったすねー。望みどおり、パパは娘を命にかえて守ったっす。で、願いが叶った後はどうするつもりっすか?」
両手の剣を強く握り、視線をノスフィーに移す。
これから始まるであろう戦いの準備と共に、睨みつけるが――
「――ひっ!」
返ってきたのは小さな悲鳴だった。
そして、ノスフィーは逃げようとする。しかし、立ち上がることに失敗し、腰を抜かしたまま後退りするだけとなってしまう。顔は歪み切り、怯えきっている。
「…………」
無言で内心を読み取る。
罠でも演技でもないだろう。ノスフィーは他の『理を盗むもの』と同じでお人好し。嘘を吐くのが苦手な人種だ。
怯える理由にも推測がつく。
彼女はアイカワカナミに恋焦がれていた。崇拝していたと言ってもいい。自分の父こそが世界で一番強く、世界で一番かっこいいと信じきっていた。
ゆえに、そのアイカワカナミを殺した私を、世界で一番で強く凶悪な敵だと思っている。
呆れた思考の回り方だ。
強い人は負けない。一番はずっと一番。どんなときでも無敗。――馬鹿すぎて笑える。
『理を盗むもの』は本当に弱い人種であると、とてもよくわかる姿だ。
思い込みが激しく、ネガティブで、極度の依存性持ち。
とにかく世界に虐められるだけに用意されたと言ってもいい存在。
『理を盗むもの』は弱い。
間違いなく、弱い。
――
しかし、過去に私が『舞闘大会』で見た『地の理を盗むもの』ローウェン・アレイスは強かった。
彼と彼女の違いは何か、私は知っている。
要は答えに至っているか否か。
心の在り処の差にあるのだろう。
要は、まだノスフィーは完成に足りない。
自分を知り、自分を認めていない。
だから、こうも弱い。
これでは殺す価値がない。殺しても、私の命の値打ちは上がらない。ノスフィー用の戦術を練ってきたのを無駄にしないためにも、私は流儀に反してでも声をかけ続ける。目の前の彼女を真似るように笑いながら――
「……ハッ。なーにがまさかっすか。全部、自業自得っす。散々パパに甘えた結果っすよ」
「う、ぅうっ、うぅううっ……」
ノスフィーは怯えて、啜り泣き続けるが、容赦なく続ける。
「前にも言いましたよね? 甘えるから、こうなるっす」
鏡になる。
彼女のためにも。私のためにも。
アイカワカナミのときと同じように、その命を完成させよう。
「わ、わたくしは甘えてなんか……」
ノスフィーは怯えながらも反論しようとしたが、私は冷たく遮る。
「はははー、あれで甘えてないつもりだったっすか? パパなんて嫌い嫌いって言いながら、構って構ってと近くでうろちょろうろちょろ。私はすっごく悪い子ですって目の前でアピールしては、目線をちらちらちらちら。これを甘えてるって言わなければ、なんと言えばいいやらっす」
肩を竦めて、虚仮にし続ける。
それはありきたりな挑発の言葉だったが、紛れもない事実でもあった。
ずっと誰もが気を遣って言わなかったことを、はっきりと言われたノスフィーは数秒ほど唖然とした後、また泣き始める。
「ぁあ、あぁぁあっ……、ぁああぁぁぁあぁぁ……。あぁぁああぁあアアア……!!」
慟哭しつつ、さらなる涙を零す。
限界まで歪んでいたと思われた顔が更に歪み、両手で頭を抱えた。
「それとも、私の大好きなパパなら平気って思ってたっすか? 超天才のパパなら絶対死なないって高くくってたっすか? はっ、甘えも甘え。甘え過ぎっすよ」
手加減はしない。
事実は事実。いつかは向き合わないといけないことだ。
「だから、私のような本当に悪い子の接近を許して、背中を刺されるっすよ。あーこれ、全部。間違いなく、ノスフィーさんの甘えのせいっすね」
「ぁああぁあ……わ、わたくし……? わたくしのせい……!? わたくしのわたくしのわたくしの――あぁああっ、ぁああぁああアアァアアアアアア――!!」
「はい、ノスフィーさんのせいっす! それでは、ノスフィーさん!」
戦う理由だけでなく、戦いの意味も作った。
これだけあれば彼女でも流石に――
「いまこそ父親の敵討ちっす! 約束どおり、私と勝負っす! ちゃんと私はノスフィーさんを『敵』と思っていますから、ご安心をっ! どちらの命の値打ちが高いか、天秤で計るときが来たっす!!」
真似をし続け、恨みを買い、敵であることを主張する。
いますぐ戦えと挑発する。
「い、いやっ、来ないでください!!」
しかし、ここまで馬鹿にされてもノスフィーは立ち上がれなかった。
尻餅をついたまま、どこにでもいる女の子のように首を振るばかり。
いかに重傷を背中に負っているとはいえ、余りに弱々しすぎる。
それに私は少し落胆しながら、その要望を無視する。
「嫌っす。近づくっすよ」
これも先のノスフィーと同じだが、いざとなれば戦ってくれるかもしれない。
少し期待して、誘うように無防備に近づいていく。
そして、剣を振り上げる。
いまにも振り下ろそうと、とてもわざとらしく。
「ひっ――!」
対して、ノスフィーは目を瞑ってしまった。
抵抗を放棄し、悲鳴をあげるだけだった。
私は歯を食いしばり、眉をひそめる。
振り上げた剣を地面に突き刺して、空いた手を彼女に向ける。
「ノスフィーさん。本当に世界がカナミのお兄さんだけだったんすね……」
彼女の首にかかっているペンダントを二つ盗む。
あっさり同時に三つも『理を盗むもの』の魔石を手に入れてしまう。
その事実が、彼女の戦意喪失の証明でもあった。
ノスフィーは最大の武器たちを盗られても、まだ立ち上がれない。
目を瞑ったまま、唸り続ける。余りに弱い言葉を繰り返す。
「ぁあ、あぁあ……。こ、これは夢……。夢です……。夢……!!」
その光景を前に、少しだけ悲しくなる。
彼女は、私とカナミに似すぎだ。安い命ばかりの世界に、色々と虚しくなる。
「ちょっと予想外っすね……。いや、楽といえば楽なんすけど……」
さらに私は手を伸ばす。
今度はスリのような手つきではなく、堂々と彼女の懐をまさぐり『経典』を奪った。それでも動かないノスフィーに確信する。
もはや、『光の理を盗むもの』は敵足り得ない。
そう判断して、すぐに私は思考を次へ移す。
魔法で荒れに荒れたフーズヤーズ城四十五階の大広間を見回し、最後の一人に目を向ける。アイカワカナミは死に、ノスフィーは心が折れた。あと残るは一人。
「さて、最後にお嬢を――」
かつての主であるラスティアラ・フーズヤーズを押さえれば、この階で警戒する相手はいなくなる。そう思い、状態の確認に向かおうとした。
だが、その途中で強い意志のこもった叫び声があがる。
「だ、駄目っ――!!」
「おぉっ?」
ノスフィーが動いた。
ふらふらの両足を強引に動かし、何度も転びそうになりながらも、私より先にラスティアラのところへ駆け寄った。
そして、すぐに腰をおろして、瀕死で横たわった身体を抱きかかえる。
立ち上がったとは言えない。
けれど、ノスフィーが動くことはできたことに、私は軽く驚いた。
「や、やめて……、許してください! ラスティアラさんは関係ありません! 彼女はただの被害者です! 千年前のしがらみを受け継ぐためだけに生まれ、運命に翻弄されている被害者!」
私は足を止めて、その彼女の奮起の理由を考える。
確か、アイカワカナミが死の間際にラスティアラという名前を口にしていた。それを遺言だと判断したのだろうか。
「ラスティアラさんはわたくしが守ります……! ラスティアラさんだけは絶対に守ります! わたくしと同じ運命を辿った……
すぐに遺言など関係ないと気づく。
彼女の言葉と表情が全てを現している。
いまノスフィーはラスティアラを家族と判断している。その家族愛が、なんとか恐怖を打ち払っている。家族が全てだった彼女ならではの勇気のようだ。
「妹は死なせない! 絶対に守ります! わたくしがラスティアラを守る!!」
ノスフィーは妹の血まみれの身体を抱きしめ、自分に言い聞かせるように叫ぶ。
少しだけ私は嬉しくなる。
安い命ばかりの世界だけど、まだ歩いていける気がした。
「あー、わかったっす。手、出さないっす。もうお嬢、死にかけっすからね。そもそも、お嬢には一対一で何度も勝ったことあるっす。格付け済んでるっす」
両手を挙げて、戦意を霧散させる。
それを見たノスフィーは、少しだけ安心した顔になる。
正直、最初からラスティアラを殺すつもりはなかった。
現人神ラスティアラ・フーズヤーズだけは殺さない。
そう強く心に決めて、ここにいる。そのこちらの事情を知らないノスフィーに対しては、大げさに恩を売ろうと思う。
「ただ、代わりに『理を盗むもの』たちは全員貰っていくっすよ。当然、カナミの兄さんもっす。それが嫌なら、私に勝つしかないっすね」
手にした『闇の理を盗むもの』『風の理を盗むもの』『木の理を盗むもの』のペンダントを自分の首にかけて、近くに突き刺した『地の理を盗むもの』の剣を手に取る。
そして、アイカワカナミの腰にある鞘を奪って収め、自分のベルトに装着する。
右手に『血の理を盗むもの』の心臓を持ち、左手に『
最後に、あえてカナミの黒髪を乱雑に掴み、ノスフィーへ突きつけるように見せ付ける。
「う、ぅうぅううっ……! うぅうう、うぅううっ――!!」
ノスフィーは涙目で睨んでくる。
強くラスティアラを抱き締めて、震える身体を抑えつけている。
気持ちはわかる。
本当は嫌なのだろう。
カナミだけは譲りたくない。
一番大切なのはカナミ――自分のパパ。
渡したくない。渡したくない。渡したくない。
しかし、カナミに勝った私が怖くて動けない。
挑戦することさえできない。
「お、お父様……! お父様ぁ、お父様お父様お父様ぁああ……!!」
いまのノスフィーにできるのは名前を呼ぶだけだった。
それを確認した私は、この階でやることはなくなったと判断して、動き出す。
向かうは四十六階へ続く階段だ。
その途中、一応彼女を誘う。
「いまから『元老院』の全員を殺してくるんすけど、ついてくるっすか? それが終わったら、下に行って残りを――」
しかし、もう彼女は私を見ていなかった。
両目を強く瞑り、祈るようにラスティアラの身体を抱き締めて呟き続ける。
「た、助けてください……。ティアラ様……」
そして、その聖人の名を呼んだ。
ここに来て、彼女は彼女の生まれに頼って、嘆く。
「わたくしたちはあなた様の『代わり』なんてできません……。『代わり』なんて、わたくしには……。本物のお姫様は本物のお姫様にしか、できないのです……。だから、どうか――」
悪くはない。
むしろ、いい具合だ。
ノスフィーは自身の人生を、いま見直そうとしている。
そして、このまま『ラスティアラを守りたい』という意志を持ち続ければ、彼女は至るだろう。
彼女は【本当に欲しかった愛情は、もう
すべての条件は揃った。
彼女は彼女の『世界の中心』を失ったことで、ようやく自分を『世界の中心』として歩き出せている。彼女を主人公とした物語が、やっと始まるのだ。
その果てに必ず、本当の
使徒の教えた失敗魔法ではない。力を集めるだけなんてちんけな魔法ではなく、彼女が彼女ゆえに彼女だけの魔法がある。
――それを確か、ティアラさんは『永遠』と表現していた。
『永遠』……。『不老不死』か……。
別に欲しいわけではない。正直、『不老不死』という力を得ても、人として強くなれる気が全くしない。無限の耐久力と時間を得ると言えば聞こえはいいが、ないほうが便利に決まっている。
ただ、見る価値はある。世界的に見て、高い値打ちがあるのだ。
そう私が力を分析している間も、ノスフィーは呟き続ける。
「私は聖女じゃない……。光すらない……。『代わり』なんてできない……。だから、どうか……。どうかどうかどうか……。どうかティアラ様……――」
その顔を読む。とてもわかりやすい顔だ。
どうしてこんなことに……。
こんな結末、望んでなどいなかった……。
自分が望んでいたのは、ささやかな願い一つだけだったというのに……。
そう考えているのだろう。
誰か他人ではなく自分自身がフーズヤーズの主役であると気づくまで、まだ時間はかかりそうだ。そして、それを暢気に見守っている時間はない。
ここに集まっている敵たちを考えれば、いま考えている一秒さえも惜しい。
「じゃっ、行ってくるっすね。ここで大人しく待っていたら、とどめくらいは刺してあげるっすよ。全部が全部、終わった後っすけど……」
嘆き続けるノスフィーに忠告したあと、私は四十五層の奥にある階段を上がっていく。
彫刻の入った無駄に豪奢な階段を、靴裏で一つずつ叩き、愉快なリズムを刻み、スキップ気味に進んでいく。あのカナミでもなく、ノスフィーでもなく、ラスティアラでもなく――このラグネ・カイクヲラが向かっていることに軽い充足感を覚えている。
その途中、私は笑顔で右手に持った死体に語りかける。
「……カナミのお兄さん、ちゃんと約束どおりお見せしたっすよ。私の考えた必殺技、どうでしたか?」
もちろん、答えは返ってこない。
けれど、もしカナミが聞いていたら、私を褒めてくれるという確信があった。
殺されたことは別として、私の見事な不意討ち技術は素晴らしいと、悔しそうに認める彼の姿がまざまざと目に浮かぶ。
その褒め言葉に照れながら、私は私の心の鏡に映っているカナミに自慢する――
初めて会った日から、私は《ディメンション》というインチキ魔法の攻略法に悩んでいた。
どうすれば、アイカワカナミに勝てるかを考えていた。
辿りついた応えは本当に単純。
誰でもわかる答えだ。
『アイカワカナミの友人になればいい』。
たったそれだけで、あなたは私を警戒しなくなる。
いかに優れた魔法と感覚を持っていようと、それを扱うのは人。
不完全な人が使う限り、そこに完全や絶対という言葉はないと誰でも知っている。
だから、ずっと友人になろうと頑張ってきた。
『舞闘大会』では一緒に食事をして、船の上で劇を見た。他にも色々と助言をして、協力して、記憶のないアイカワカナミの力になった。
当然、その間に本気で戦ったことなど一度もない。気づかれていたと思うが、あの最初の決闘でも、大聖堂での戦いでも、『舞闘大会』三回戦でも、力を隠し続けてきた。さらに、この一年はアイカワカナミの想い人の側近として一生懸命働き続けた。そのおかげで、自然と今回の戦いに同行することができ――そして、悩めるアイカワカナミの理解者として、最高の信頼を得た。
その何もかも、全てが先ほどの一瞬の為――
「ふふー。これが『魔力物質化』の最高の戦い方だと思ってるっす。私は手に持つ『剣術』にこだわっていないので、こうやって刃を浮かして飛ばせるっすよ。こればっかりは向き不向きっすかね」
私は右手の死体に見えるように、眼前にて小さな魔力の刃を踊らせる。
数分前――この刃を足場にして、私はフーズヤーズ城の窓の外の空を、一人で駆け上がった。そして、四十五階の窓から侵入し、タイミングを見て隙だらけの二人に向けて投擲した。惜しくも一投目で即死はさせられなかったが、続く刃で利き腕の切断には成功。声と剣を封じた私は、切り札である刃の大量生成によって
「カナミのお兄さん、本当に私のことに気づいてなかったすね。こっちはハラハラでしたけど、終わってみれば余裕だったっす……」
その一連の奇襲をカナミは『未来予知』できなかった。
理由は複数あると思う。
まず、最初にカナミは味方である私を信じきっていたこと。色々と用意したけれど、結局はこれが一番の理由のはずだ。
それと私の持つスキルと魔力の質の影響が大きい。
私は『数値に表れない数値』だけでなく、『スキル名のないスキル』をティアラさんから教わっている。その中に不意討ちの極みともいえるスキルが一つある。そして、この私の魔力の特異な性質が、余りにも今回の不意討ちに向いていた。
まるで、運命のように向いていた。
「……あっ! 勝利の余韻も大事っすけど、いまのうちに『理を盗むもの』たちと『親和』しておかないと……。『親和』の仕組みは、よく聞いてたっすかからねー。ついでに、みなさんの人生も。完全にとまでは言えずとも、そこそこはできるはずっす」
魔力の性質は本人の性格に依存する。
どろどろと粘着質だったり、まっさらだったり、燃えやすかったり。
対して、私の魔力はぴかぴかと輝いていた。
まるで鏡のように、世界をよく映す魔力だった。その便利な魔力は隠密において無類の力を発揮する。
そして、その鏡の魔力は『親和』においても、力を発揮してしまう。
軽く心を調整し、胸のペンダントに祈るだけで――ドクンッと、世界が四重の鼓動を打った。その魔石から漏れ出る多様な魔力が身を包み、まるでこの城にいる『化け物』たちと同レベルの濃さとなっていく。完全とは言えないが、四つもあれば十分過ぎる力が引き出せている。
「よーし、いい感じっすね。というか、やっぱりこれ……。一人一つじゃなくて、複数合わせて使うためにあるっすね。で、いまの私は『地と木と風と闇の理を盗むもの』ってところっすか? ……なんか語呂悪いっす」
あっさりとノスフィーが『
便利すぎる自分の魔力に苦笑しながら、死体との世間話を続けていく。
「闇と地と風と木、ちょっと違うけど血とかもいまは足してるので――合わせて『星の理を盗むもの』。どうっすか? かっこよくないっすか?」
丁度、手元に光がないのが『
おそらく、右手の死体も納得してくれるセンスのはずだ。
これからは『星の理を盗むもの』と自称しようと決心したところで、私はフーズヤーズ城の四十六階に辿りつく。当然だが、そこには階下の警戒をしていた騎士たちが待ち構えている。
数は五。
国の王族よりも重要な『元老院』を守るために選りすぐられた門番たちだ。
丁度いい。試し切りしたかったところだ。
「カイクヲラ様……? どうしてこちらへ……。ここより上には――」
遠目に私を見つけた騎士が一人、話しかけてくる。
それに私はにっこりと笑いかけ、大胆に近づいていく。
それは親しみを含めた笑顔ではない。人生初の属性魔力が使えることを喜ぶ笑顔だ。
「なっ――!」
距離が縮まり、騎士たち全員が私の異常に気づいた。
その手に持った赤い十字架と死体。その二つの異様な魔力に驚き――その隙を突き、彼らの背中に向けて、私は魔力の刃を飛ばす。
カナミには避けられたいつもの戦法だが、騎士たちには避けきれない。
「ぐっ、ぁあっ……! な、なぜ……、カイクヲラさ、ま――」
よく見れば、向かいの騎士の一人は親交のある顔だった。
確か、『
続いて、他の騎士たち四人も、ばたばたと倒れていく。
それぞれ、心臓を闇に食われ、木に巣食われ、風で破裂し、水晶で貫かれて死んだ。
「これが属性の乗った魔法……。面白いっすねー。ちょっと魔力をこめただけなのに、色々と派手なことになってるっすー。へー、ほー。ふふーふふー」
警備の騎士たちが全滅したのを確認して、上機嫌に新鮮な血の池をちゃぷちゃぷと歩いていく。
ずっと味気のなかった自分の魔力に彩りが乗って、一気に少なかった手札が増えていっていくのは快感だった。自然と私は鼻歌交じりとなり、次の階段を上っていく。
「ふんーふふー、ふふー。ふふふふーっすー」
――道すがら、立ち塞がる騎士たちを血祭りにあげながら最上階を目指す。
本当に楽なものだ。
向こうは自分を顔見知りだと思って油断するし、近づけば手に持った剣と死体に驚いて隙だらけ。自前で持ってきた過剰装飾の剣とは比べ物にならないほど、楽に敵の不意を討てる。
こうして、出会えば殺して階段を上がって、出会えば殺して階段を上がって、出会えば殺して階段を上がって――
とうとう私は『元老院』たちの待っている階まで到達する。
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