292.世界樹

 マリアと再会できたことで、僕たちパーティーの緊張感は軽く途切れる。

 一年前の仲間たちの無事を確認し終わり、僕も一安心している。


 これからの拠点となりそうな屋敷も、不可抗力ながらも確保できてしまった。燃え盛る地下街の中、この屋敷まで辿りつける敵は中々いないだろう。ここは一息つくには理想的だ。


 結果、特にラスティアラの緊張感が緩みに緩みきっていた。


 再会のあと、部屋の中にあるテーブルを一つ使い、どこからか取り出したカードの束トランプで遊び始めている。最初はマリアを誘ってのゲームだったが、いまではディアとスノウとリーパーも加わり大所帯となっている。少しでも一年間の空白を埋めようとしているのはわかるが、もう少しあとにして欲しい。


 その緩んだ空気の中で、僕とライナーだけは着々と次の準備を進めていく。

 ノスフィーを厳重に見張りながら、カードゲーム中のマリアやリーパーから『世界樹汚染問題』についての情報を収集していく。

 そして、僕たちより長く『大聖都』に滞在していた彼女たちから、予想外の良い情報が飛び込んでくる。


「――え、もうマリアは『血の理を盗むもの』に会ったの?」


 それは『世界樹を汚染した犯人は七十層の守護者ガーディアンファフナー・ヘルヴィルシャインであること』。『その守護者ガーディアンファフナーを呼び出したのはノスフィー』。『守護者ガーディアンファフナーはノスフィーと敵対し、マリアと協力関係にある』。この三つだった。


 マリアは器用にラスティアラたちと遊びながらも、僕の質問に答えてくれる。


「はい、フーズヤーズ城を襲ったときに少しだけ戦闘しました。でも、随分と話のわかる人だったので、すぐに和解できました」

「し、城を襲っちゃったのか……」


 色々と言いたいことがある僕だったが、マリアは気にせずに話を続けていく。


「いまファフナーさんは特殊な状況にありますので、ご注意ください。簡単に言えば、身体だけノスフィーの支配下に置かれてしまっている状態です。誰かが世界樹に近づこうとすると、身体が勝手に動いて戦ってしまうようです。ただ、身体以外は自由なので、私との戦闘の間、ずっとファフナーさんは自分の弱点を教え続けてくれました。……本当に変な戦いでした」


 マリアは戦闘を思い出しつつ、気軽に新しい守護者ガーディアン『血の理を盗むもの』を「ファフナーさん」と呼ぶ。


「ファフナーさんは魔法で、とあるルールに縛られています。少しの戦闘で私が確認できた彼のルールは『世界樹から離れるな』『世界樹を封印し続けろ』『世界樹に誰も近づけさせるな』『一切の死人を出すな』『ノスフィーを攻撃するな』の五つでした」


 そして、彼の厄介な状況もよくわかる。

 その厄介な状況に陥らせた犯人は、すぐ近くにいるもう一人の守護者ガーディアンノスフィーらしい。迷宮でティティーを唆したことを思い出し、僕は彼女を睨む。


「……ふふっ。渦波様、気になりますか? わたくしがファフナーにかけた魔法がどんなのものか、気になりますよね? 渦波様が気になるなら、わたくしは隠し事ができません。すぐに教えて差し上げますとも! ふふふっ、あれはトラウマを植えつける光の魔法です」


 僕が意識を向けた瞬間、とても嬉しそうにノスフィーは喋り出す。ラスティアラがカードゲームに彼女も誘ったので、もう口の呪布は外されてある。


「それが嘘かどうか確認するのが面倒だから、それ以上はいい」


 彼女の言葉全てが攻撃と思っている僕は、首を振って制止する。

 だがノスフィーは元気よく頷いて、続きを話していく。


「はいっ! もちろん、同じ『理を盗むもの』を洗脳するのは並大抵のことではありませんでした。『光』と『血』で相性はいいほうなのですが、それでも一工夫がいります。そこで、わたくしは彼の心の隙を突くために、彼の大切なものを一つ人質にとりました。ふふふっ。あれがある限り、彼は強迫観念にかられ、死ぬまで世界樹を守り続けることでしょう……。あ、ちなみに一度かけたら、わたくしでも解除できないトラウマです」


 聞いてもいないのに、ノスフィーは自分の非道行為をぺらぺらと口にする。

 おかげでファフナーがノスフィーを嫌っているという理由がよくわかった。


 大切なものを人質に取られ、その上でトラウマを植えつけられたのだ。二人の仲が破綻してしまっているのは間違いない。そして、そのノスフィーと敵対しているマリアと協力するのも当然と言える。


「ちなみに、そのファフナーの大切なものってのは何だ……?」

「渦波様、知りたいですか? 知りたいですよね? ふふっ、言わばファフナーを操ることができるアイテムですからね。もちろん、知りたいに決まっていますよね?」

「……いや、やっぱりいい」

「でも、お、し、え、て、あーげません! ふふ、ふふふっ!!」


 いつも通りのノスフィーを置いて、僕は思案する。

 《ディスタンスミュート》が使えれば話は楽なのだが、いま彼女の身体には次元魔法を無効化する刺青が刻み込まれている。国全体の結界もあるので、成功させるのは難しいだろう。


 尋問して聞き出すという方法もあるが……それはラスティアラたちのいるところではできない。少なくとも、まだそのときではないだろう。


 仕方なく、いまある情報だけを僕は纏めていく。

 マリアの話とギルドの資料と照らし合わせると、いまの『血の理を盗むもの』ファフナーの状態が確かになってくる。

 彼は世界樹を守る番人のような存在になっているのだろう。けれど、洗脳と言えるほど完全に操られているわけではない。


 一度対峙したマリアが彼と話したところ「自分が敬う主は『相川渦波』だけ。絶対にノスフィーではない」と豪語したとのことだ。

 僕と敵対するどころか、協力する意志がある。事実、すでにマリアとは仲良くなっている。


「……ファフナー・ヘルヴィルシャインか。上手く行けば、ローウェンやティティーのときみたいにあっさりと仲間になりそうだ」


 というのが僕の正直な感想だ。

 油断するつもりはないが、ファフナーはノスフィーと比べると与しやすいと判断する。


 考えが纏まったところで、すぐに僕は席を立つ。


「よし。何にせよ、まずは会わないと話にならないな。いますぐにでもフーズヤーズ城のほうに行こうか」


 すぐに出発だと、カードゲームをしている面子に視線を投げた。

 だが、まずラスティアラが手をあげて首を振り、乗り気でないことを主張する。


「ごめん、私はパスしたいかな。城はちょっと面倒くさそう……というか、私が行ったら話が簡単にいかなくなると思う」


 フーズヤーズと縁の深いラスティアラは居残りを希望した。ちなみに、行けば国に拘束される可能性のあるディアとスノウも同様の反応をしている。

 三人ともフーズヤーズでの役割を自分勝手に放り投げて自由行動中なので、無理もない。


 続いて、マリアとリーパーも似たような話をする。


「私も行けば面倒なことになりますね。ノスフィーをさらうときに、城をかなり燃やしてしまいましたので。たぶん、指名手配です」

「アタシも顔がばれてるねー。あそこって結界が凄いから隠れるのが難しいんだよね」


 すぐに僕は残りの騎士たちにも顔を向ける。

 しかし、ライナーはノスフィーを睨み続けたまま、こちらに目を向けることなく首を振った。


「悪いが、僕も行くつもりはない。この女だけは、僕が付きっ切りで見ていないと駄目だ。こいつを放っておくと『最悪』なことになりそうな気がする。……『勘』だけど」


 直に戦ったことのあるライナーは、捕縛したとはいえノスフィーはまだ油断できないと思っているようだ。女性陣が油断しているからこそ、自分が責任を持ってノスフィーを見張るべきと考えているのがわかる。


 それにノスフィーは呆れて返答する。


「はあ……。ライナーは本当に気持ち悪いですね……。あっち行ってください。あっちに」


 煽られたライナーだが、眉一つ動かすことなく見張り続ける。無駄な会話は行わず、監視に徹するつもりのようだ。


 正直、大変助かる監視だ。

 僕もライナーと同じくらいノスフィーは信用していない。

 本当に助かる話なのだが……それだと、


「それじゃあ、城に行けるのは僕とラグネちゃんの二人だけ?」


 ――となる。


 城の世界樹に向かうのが二人、この屋敷に残るのが六人だ。

 戦えない陽滝の護衛とノスフィーの監視の二つを同時に行うとすれば、屋敷の人数が大目になるのは悪い話ではない。

 だが、流石に二対六の編成には偏りを感じる。それでも、ライナーは意見を変える気はなさそうだ。


「キリスト、正式にフーズヤーズ城へ訪問するなら少人数のほうがいい。ぞろぞろ行くのは得策じゃないし、下手にここのやつらが同席すると絶対に話が拗れる……気がする。……これも『勘』だが」


 勘らしい。

 しかし、経験上、納得できなくはない話だ。

 そのライナーの話にマリアも同意する。


「カナミさんとラグネさんだけなら、堂々と世界樹を調査できるのがいいですね。とりあえず、お二人だけで時間をかけて彼から話を聞くのがいいと思います。世界樹から距離を取っておけば、絶対に大丈夫です。もし城で何かあっても、きっとファフナーさんがなんとかしてくれますしね」


 そのマリアの口ぶりから、もうファフナーはこちら側だと思っているのがわかる。彼女の中では二対六に別れるのではなく、三対六になっているようだ。


「カナミさん相手なら、ファフナーさんは間違いなく全てを話してくれるでしょう。世界樹から声を聞く方法も、『血の理を盗むもの』の能力も弱点も、全て彼自身の口から聞けるはずです。その情報をここに持ち帰ったあと、ゆっくりとこれからのことを決めるのが最善だと私は思います」

「え、弱点も全てって……。本当に……?」

「間違いありません。なにせ、彼は、その……かなりのカナミさんの大ファンなんです。私も引くくらいのファンでした。だから、私は安心して見送れるんです」


 ファフナーを自分に匹敵する力と想いの持ち主であると、マリアは思っているようだ。


 しかし、ここまでマリアの信用を勝ち取る守護者ガーディアンはアルティ以来だ。

 ファフナーとマリアの間でどんな会話があったのか気になっていると、ライナーがラグネちゃんと話を纏めていく。


「それじゃあ、ラグネさん。キリストのことをよろしくお願いしますね」

「はいっす。私は一歩引いて連絡役に徹するっす。何かあったらここまで全力で逃げ込むつもりっす」

「ナイスです。ラグネさんのそういうところを、僕は信頼しています。……そこだけは」


 慎重なラグネちゃんの性格を、ライナーは重宝しているようだ。

 そして、ラグネちゃんと二人で城に向かうのが決定したところで、最後にノスフィーから見送りの挨拶が投げられる。


「それでは行ってらっしゃいませ、渦波様。私の支配下に置かれた『血の理を盗むもの』ファフナーとの健闘をここで祈っております」

「健闘はしない。話をしてくるだけだ」


 間違いなく、僕の失敗を願っているであろうノスフィーに僕は言い返す。


「ふ――ふふふっ! ああ、楽しみです! ファフナーと解り合えると信じて向かった渦波様が、ぼろぼろになって帰ってくるのを思い浮かべるだけでっ、あはっ――もう楽しくて仕方ありませんね! あはっ、あははは――ぐぅっ! えぇっ!?」


 また性懲りもなく煽ろうとしているノスフィーを、後ろからラスティアラが止めた。正確には背後から急に身体を抱え上げて、自分たちのテーブルの横まで運んだ。


「はいはい、ノスフィーはこっち。私たちと一緒に遊ぶよー。ねえねえ、ノスフィーはこういうので遊んだことある?」


 そして、そのまま仲間の輪に入れようとする。その突然の勧誘にノスフィーは困惑していた。


「はあ……。いえ、ありませんが……」

「じゃあ、一緒にやろう。ただ、普通にやるのはつまらないから、何か賭けようか。んー、負けた人は一位の質問に何でも答えるってことでいこう」

「え、何でも? 何でもは駄目ですよ? いま大事な策略中です」

「はい、決定。それじゃあ、始めー」

「ル、ルールを! 先にルールを教えてください! アンフェアはよくないです!」


 ラスティアラはノスフィーと話しながら、こちらに目を向けることなく手を振って僕とラグネちゃんを見送ろうとする。

 このままノスフィーを抑えておくから、いまのうちに行って来いということだろう。


 僕は残りの仲間たちにも手を振って別れを告げてから、困惑しながらもゲームに参加しようとしているノスフィーを見届け――部屋から出て行く。


 屋敷の廊下を歩く中、最後のノスフィーの表情が頭の中に残っていた。

 一度も僕に見せたことのない悪意も作為も感じない自然な表情を、ラスティアラたちに向けていた。この部屋に入ったときもだ。マリアと二人で談笑していたときは、まるで普通の女の子のようだった。


「ノスフィーのやつ、なんで僕に対してだけ……」


 違いすぎる態度に、どうしても文句が言いたくなる。

 その歩きながら呟いた悪態を、隣で歩いていたラグネちゃんが聞き、その疑問に答える。


「……本当にノスフィーさんはカナミのお兄さんが好きなんっすね」


 好きだから態度が違う。

 何の迷いもない即答だった。

 その第三者からの評価に、少しだけ僕は不満だった。


「……あれ、本当に好きだって思う? ラグネちゃん」

「逆にカナミさん。あれで本当に嫌われてるって思うっすか?」

「…………」


 問い返された僕のほうは即答ができない。

 黙ったまま、屋敷の玄関を通り過ぎて、炎に包まれた地下街へ出る。あらかじめ出来ていた炎のトンネルに入るところで、ラグネちゃんは続きを話していく。


「顔を合わせば、憎まれ口を叩く。聞いてもいないのに、怒られるようなことを言う。本当に嫌われていたら、あんな反応はしないっす。本当の嫌いってのは、もっと――」

「うん、わかってる。それだけじゃないってことくらいはわかってるよ……。ただ、そう思いたくもなるんだ。あいつは色々とやりすぎてるから……」


 全てを言われる前に僕は遮った。


 ラグネちゃんの言っていることを否定するつもりはない。

 ずっとノスフィーは僕を好きだと繰り返してきた。その言葉通り、嫌いどころか本気で好きなのだろう。


 ただ、彼女の愛情表現が余りに歪んでしまっている。

 ノスフィーは僕が好きだからこそ、僕に嫌われたいと思っている節がある。


 ――好きな人に何も思われないくらいなら、憎まれたい。怒られたい。恨まれたい。


 ありえない感情だとは思わない。ここまで、色々なありえない歪み方をしてきた守護者ガーディアンたちを僕は見てきた。その中では、まだノスフィーの子供みたいな気の惹き方は理解できるほうだ。


 だが、ノスフィーは手段を選ばなさ過ぎる。ティティーを騙して、僕を迷宮に閉じ込めようとしたことは、そう易々となかったことにはできない。


「わかった上でっすか。……カナミさんは女心をもっと知るべきっすね。じゃないとお嬢やノスフィーさんが可哀想っす。迷宮でデートした話とか聞いたっすよ。なにしてんすか?」


 僕が険しい顔でノスフィーについて考えていると、思わぬ怒られ方をしてしまう。炎のトンネルを抜けて地上への階段を登りながら、僕は弁明を計る。


「え、いや……だって、あれはラスティアラがどうしてもって言うから……。本当は僕だって別のことに行きたかったって。レストランとか、もっとまともな所に……」

「そう思うなら、強引にでも連れ出せばよかったんすよ。お嬢は人生経験が短いからまともな発想ができないだけで、一度連れ出してしまえば絶対に楽しんでくれたはずっす。カナミのお兄さんには、そういう強引さが足りないっすよね」

「そう言われても、デートとか僕も初めてだったし……」

「……ふーむ。それじゃあ、私とデートの練習でもするっすか? この道すがら、色々と教えてあげられるっすよ? 何事も経験と訓練っす」


 薄暗い階段を登り切り、光の差す地上に出る。

 丁度、そこにはデートにうってつけの大都会が広がっている。賑わう雑踏の中にはカップルらしき男女が定期的に歩いている。さらに、街にはレストランに劇場、服屋に装飾店、何でも揃っている。


 外見の割に恋愛に自信ありげなラグネちゃんから教わるのは悪い話ではない。なにせ、ラグネちゃんは僕が出会う前からラスティアラと仲が良く、いわゆる幼馴染みたいなものだ。まだ知らないラスティアラの好みなども聞けるだろう。


 けれど、その提案を僕は断ることにする。これだけは即答できる。


「いや、真似事でもデートは駄目かな……。なんか悪いことしてるみたいで、僕には無理だ……」

「やっぱり駄目っすか。カナミさんと二人きりになれるのは珍しいっすから、ちょっと頑張ってみたんすけどね。ノスフィーさんもこうやってふられたんすかねー。可哀想に」


 予想通りといった感じで、ラグネちゃんは大聖都の大通りを先に歩いていく。その背中を追いかけながら、僕は先ほどから感じている違和感について聞く。


「ラグネちゃん、さっきから妙にノスフィーの肩を持つね」


 どこか遠まわしに僕を責めているのは、全てノスフィーのためのような気がする。妙な話を始めたのも、僕とノスフィーの会話の後だ。


 その僕の指摘を聞き、ラグネちゃんは顔を大聖都の豪華な街並みに目を向けながら答える。


「そっすね。ノスフィーさんとは初めて会ったっすけど、あの人のことが少しわかる気がするんすよ。私と似てるので、かなり親近感ありありっす」

「ラグネちゃんとノスフィーが似てる……?」


 その意外な理由に驚く。

 あの屋敷の中で静かだったラグネちゃんが、後方で僕たちを見ながらそんなことを考えていたとは思わなかった。そして、さらに彼女の思わぬ話は続いていく。


「あの人もきっと世界が真っ暗なんだろうなあーって思ったっす。私と同じで、欲しいものに手が届かなくて、生きている甲斐がなくて、だから必死に自分を作って、なんとか怖さとか悔しさとかを誤魔化してるって感じで……」

「……え、え? ちょっと待って。ラグネちゃんのそれって、その、キャラ作りなの?」


 いきなり冗談にはならない真剣な話が始まり、慌てながら僕は確認を取る。


 咄嗟に『キャラ作り』という単語を使ってしまったが、僕にかかっている翻訳魔法は誤解なく意味を伝えてくれたようで、ラグネちゃんは首を傾げることなく答える。


「はい、『演技キャラづくり』っすよ。この喋り方をしてると色々楽っすからねー。ずっとこの調子なので、隠しごとポーカーフェイスも簡単っす。随分と前から誰に対しても、こんな感じでやってるっす」


 驚きの事実が重なり、僕は軽く言葉を失う。

 ラグネちゃんが演じていたことに驚いているわけではない。大なり小なり自分を作って生きている人間はどこにだっている。ただ、彼女の演技に僕が気づけていなかったことに驚いている。


 そして、さらに彼女の冗談にならない話は続く。畳み掛けるように、逃げ場を塞ぐように、まさにノスフィーのように僕を責める。


「でも、カナミのお兄さんも・・・・・・・・・っすよね? その妹さん第一って性格、楽だから作ってるっすよね? ノスフィーさんとカナミさんと私――三人は同類っす。ははは」


 前を歩いていたラグネちゃんが、乾いた笑いと共に振り向いた。


 何の特徴もない薄茶色の瞳が僕の姿を捉える。

 そこに『感応』や『炯眼』のような全てを見通す力は感じない。『観察眼』といった何かしらの長所スキルで見抜いているわけでもない。


 ただの共感・・で、ラグネちゃんは僕という人間を理解しようとしていた。

 彼女はノスフィーだけでなく、僕にも親近感を抱いている。


 だが、その事実を僕は受け入れられない。目を逸らせるだけの間を置いてから、僕は否定する。


「……違うよ。それだけは絶対にない」


 僕はもう――自分を間違えはしない。自分に嘘もつかない。

 アイドやティティーのように見栄を張りもしない。

 僕は僕だと確信している。

 そこだけは絶対に『相川渦波』のはずだ。


 だからこそ、ここまでやってこれた。

 『相川陽滝』を救うという終わりまで、あと少しのところまでやってこれたのだ。


「え、本当っすか? 同類かと思ったから色々ぶっちゃけたんすけど……。間違ってたとなると、ちょっとアレっすね」


 ラグネちゃんは顔を赤らめて、後頭部を掻いた。

 仲間かと思って内心をぶっちゃけたものの、それが独り善がりだったことを恥ずかしがっている。けれど、妙に諦めが悪く、確認を繰り返して食い下がる。


「本当の本当に、それが本当のカナミさんなんっすか? どこかの誰かの理想みたいなそれ・・が? 格好つけてるとかじゃなくて? そうだとしたら、言い方は悪くなりますが、逆に出来過ぎて胡散臭いっすよ……? 誠実すぎるというか何というか……」

「……人として、できるだけ誠実であろうって努力はしてる。正しい人間でありたいとも思ってる。……自分を作ってるつもりはないよ」


 間違えようのない自分の生き方を、僕はラグネちゃんに説明していく。

 正しくありたいという生き方は異世界だと珍しいかもしれないが、平和な現代日本だとよくあるものだ。


 ただ、それを聞いたラグネちゃんは、まだ腑に落ちない様子だった。


「なら、『逆』なんすかね……」

「逆……?」

「いや、私の間違いみたいっす。変なこと言ってすみませんっす」


 唐突に自分の否を認めて、それ以上は言わなくなる。もっと踏み込んだ話を少しだけしたくなったが、黙々と歩くラグネちゃんに声をかけ難かった。


 僕たち二人は並んで大聖都の雑踏を掻き分け、中心部に向かっていく。

 変な話をしてしまい、少しだけ気まずくなったような気がする。前ほどの気軽さが僕たちの間になくなったのをラグネちゃんも感じたのか、気を遣いながら会話を再開させようとする。


「……あのー、カナミのお兄さん。ここまで突っ込んだ話をもうしちゃったんで、ついでにもう一つ突っ込んだ話しちゃっていいっすか? このままだと、私こそ本当に胡散臭いやつになっちゃうんで……」

「もちろん、いいよ」


 僕から声をかけるべきところだったが、先にラグネちゃんが動いた。不甲斐なく思いながらも頷き返す。


「えっと、ちょっとカナミのお兄さんに人生相談していいっすか? 私の人生目標についてっす」


 胡散臭さを取り除くために、自分という人間を知ってもらうつもりなのだろう。確かに、その人の夢がわかれば、その人となりがわかる――守護者ガーディアンの『未練』のように。


「私の人生目標は単純っす。私もカナミのお兄さんみたいに、世界に名の轟く有名人になりたいっす。田舎の村から出て、目指すは世界一ぃーって感じで日々頑張ってるっす。とにかく暗いところから、すごく明るいところに行きたいんすよね」

「へえ……、ラグネちゃんって有名になりたいんだ」

「はい。有名になって、みんなに認められたいっす。田舎者の私が都会で目立って、褒められて、世界のてっぺんで踏ん反り返る。――『世界で一番になる』。それが私の野望っす!」


 僕の『妹を助ける』に対して、ラグネちゃんは『世界で一番になる』という人生目標を持っているらしい。


 それを宣言する彼女は、とてもいい笑顔をしていた。そして、それが間違っていないとスキル『感応』も言っている。守護者ガーディアンたちみたいに「最初から『未練』を勘違いしていて」追い詰められているようにも見えない。きっと彼女は純粋な向上心で願っているのだろう。多くの騎士たちがよく見る――言ってしまえば、ありがちな夢だ。


 そして、それは『舞闘大会』で戦ったローウェン・アレイスの『未練』と少し似ている。かつて、『アレイス家の宝剣ローウェン』に見惚れたことがあったのは、この夢の類似性からだろうか。


 ローウェンとの違いを比べているところで、ラグネちゃんは低姿勢でお願いをしてくる。


「ただ、この目標って実力だけでどうこうできるものではなくてっすね……。いや、ローウェンさんとかカナミさんとかのレベルなら可能でしょうが、私みたいな一般人には色んな人の協力が不可欠で……」

「僕もできるだけラグネちゃんの目標に協力するよ。色々と助けて貰ってるから、何でも言っていいよ」


 最近、僕の後ろ盾を欲しがっているのはこの夢のためのようだ。

 ラグネちゃんにとって『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』総長すらも通過点なのだろう。もっともっと上を彼女は目指している。


 その夢を応援する旨を伝えると、ラグネちゃんは嬉しそうに軽く飛び跳ねた。


「な、何でもっすか?」

「できる範囲でね」

「それなら、いますぐ――!」


 ラグネちゃんは喜びのままに要求を口にしようとして――すぐに冷静になって一歩引いた。


「あ、いや、やっぱり……別のにします。えっと……それなら、もう『舞闘大会』に出ないようにお願いしたいっす。あと少しで今年のやつが開催なんすけど、カナミさんたちが出ると優勝を狙えないんすよね」

「確かに、去年のトーナメント表は酷かった……」

「カナミさんたちさえ出なければ、私は優勝狙えるんすよ! しかも、今年は団体戦じゃなくて個人戦! 決闘形式に特化してる私なら、可能性ワンチャンありっす!」

「じゃあ、次の『舞踏会』は観客席でラグネちゃんの応援してるよ。他のみんなにも言っとく」

「ありがとうっす! ……今年は私の戦い方が完成したので期待して欲しいっす! 今度こそ、私の全てを出し尽くすつもりっすから」


 ラグネちゃんは腰の装飾過多の剣に手を置いて、自慢げに小さな身体を逸らした。

 どうやら、あの『魔力物質化』を使った奇襲戦術が進化しているようだ。ステータスを見たところ、新たなスキルはないが自信はあるようだ。


「へー、あれからちょっと変わったの?」

「変わったと言うよりは、成長して完成したって感じっすね。絶対に『舞闘大会』優勝者になりますから楽しみにしてください。絶対の絶対に・・・・・・お見せするっす・・・・・・・

「うん、楽しみにしてるよ」


 その技の詳細を僕は聞かない。きっと『舞闘大会』という最高の場でお披露目するために、ずっと暖め続けたのだろう。ここで聞いてしまっては楽しみが減る。


 何より、このせっかく軽くなった空気に水を差したくない。上機嫌なラグネちゃんは、僕の前でスキップでもしそうな速さで歩いていく。


「あー、早く『舞闘大会』来ないっすかねー。もっともっと早く出世して、お金持ちになって、誰もが知ってるような凄い人になって――最後には、世界で一番有名な人になりたいっす。そうしたら、例えばあそこの串焼きとかも食べ放題っす」


 いつの間にか、大聖都の目抜き通りと思われる場所まで僕たちはやってきていた。


 何の記念日でもない平日なのに、その通りには巨大な市場が展開されていた。右を見ても左を見ても店が並び、上を見れば街の三次元構造を形成する掛け橋があり、下を見れば綺麗な石畳と『魔石線ライン』が輝いている。


 その市の中、ラグネちゃんは露天の串焼き屋を見つけた。よく見れば、かつて連合国フーズヤーズの聖誕祭前祭で見たことのあるものだ。その食べ物を見たとき、この大聖都では毎日がお祭りであるとわかる。


「ちょっと食べていこうか。これなら時間もかからないし」

「ごちになるっす!」


 丁度、お腹の空く時間だったので露天に立ち寄って注文する。

 通行人に匂いを嗅がせるために作り置きされたものを買って、すぐに僕たちは歩き直す。


「あー、美味いっす!」


 ちなみに僕は一本、ラグネちゃんは十本ほど手に持っている。

 肉の欠片を四つほど刺したものなので、かなりの食べ応えがある串焼きだ。他人のお金だからと遠慮しないラグネちゃんを微笑ましく思いながら、隣を歩く。


「ほんと一杯食べるね……」

「よく言われるっす。ただこればっかりは田舎者と言われようと直す気はないっす」


 美味しそうに串焼きを頬張るラグネちゃんを見て、僕は苦笑する。

 その年相応の無邪気さのおかげか、胡散臭さは薄れた。少なくとも表面上は――


「さっ、そうこうしている内に着いたっすねー。連合国の英雄様を連れてきた騎士として、アピール頑張るっすよー。私の出世道はここから始まるっす!」


 周囲を見れば、市民は数えられるほどまで減っていた。串焼きを食べ終えたところで、僕たちは目抜き通りの坂を登り切っていたのだ。


 そして、大聖都中央の丘の上にあるフーズヤーズ城の前に立っていた。

 僕は見上げるように、その建物の全容を眺める。


「ここがフーズヤーズ城か……。これは、なかなか……」


 その異様な造りに感嘆の声を漏らす。

 遠くから見たときは気づかなかったが、このフーズヤーズ城はまともではない。


 まず塔の数が尋常ではない。

 さらに、余りに隙間が多過ぎる。


 ずっしりと巨大な建造物を一つ構えているのが、城としては普通だろう。塔があったとしても、その周りを囲むくらいだ。しかし、このフーズヤーズ城は違う。


 どこを見ても塔塔塔――塔しかない。

 その無数の塔が束のように集まり、一つの巨大な建物と化している。塔の間にはアーチ状の橋が数え切れないほど掛かっており、それが隙間を埋めて、遠目で見たときに大きな城と見紛わせるのだ。


 その塔の束の周りには高い鉄柵と川が囲んでいた。連合国の大聖堂と同じで、川にかかった橋を渡った先には門が待ち構えてある。


「そこの二人、止まれ!」


 橋を渡ろうとすると、すぐさま警備の兵たちに囲まれ、きつい口調で止められる。

 大聖堂と違って、城は一般解放されていないようだ。橋に近づくだけでも兵士からの視線が痛かったので、本来一般人はここまで入ってきてはいけないのだろう。


「お仕事ご苦労様っすー。私は連合国フーズヤーズの騎士、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』総長ラグネ・カイクヲラで――」


 話をスムーズに進めるため、僕より先にラグネちゃんが前へ出る。

 ここは彼女に任せるのが一番なので、僕は静かに待つ。その途中、聞き耳を立てるつもりはないが、軽く話が聞こえてきた。


「――ではラスティアラ様とスノウ様は? それと使徒様も帰ってくるという話を聞いていたのですが――」「――私とカナミ様だけっす。いやあ、お三方がどこにいるかなど、私には予測もつかないっすねー――」


 やはり、ラスティアラたちの帰還は待ち構えられていたらしい。もしここに彼女たちがいれば、適当な理由をつけて拘留させられていた可能性が高い。会話の端々から「パーティー」「謁見」といった言葉が聞こえてくるので、ラスティアラの「面倒くさそう」という予想は当たっていたと見える。


 ラグネちゃんと兵士たちの長い会話の末、城の門から他とは身なりの違う騎士が何人か出てくる。そして、その代表格と思われる騎士がラグネちゃんと共に僕の傍まで近寄り、膝をついて一礼をした。


「カナミ様。どうぞ、中へ。元老院のほうから直々に歓待せよという言葉が通達されております。我々はアイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー様の要求に全て応える用意があります」


 無駄のない挨拶をかけ、すぐさま騎士は立ち上がった。僕が名前の省略を希望しようかと迷っているうちに、彼はこちらの目的地を口にする。


「目的は城の世界樹ですね?」

「あ、はい……」

「では、こちらへ。ご案内します」


 代表格の騎士が身を翻したのに合わせて、周囲の騎士たちが僕たちを護るように取り囲んだ。見たところ、逃がさないためではなく護るための包囲だ。先ほどの「歓待せよ」という言葉に偽りはなさそうに見える。


 こうして、僕とラグネちゃんは立派な騎士たちによって橋と門を通り、フーズヤーズ城の敷地内に入っていく。


「なんか話が早いっすね」

「そうだね。もう僕たちが世界樹に来るってわかってたっぽい。たぶん、ギルドの人たちかな……?」


 こそこそとラグネちゃんと話をしながら、大草原と見紛う庭を歩いていく。

 とにかく広い敷地には、庭師の腕が窺える見事な樹林が立ち並んでいた。途中、貴族や騎士と思われる人たちと数人ほどすれ違い、じろじろと顔を見られてしまう。もしかしたら、僕がやってくるというのは随分前から城内に伝わっていたのかもしれない。


 そんな広すぎる庭を歩き切り、ようやく僕たちは建物まで着く。

 無数の塔が集まっているフーズヤーズ城――その中でも芯と言える最も太い塔の扉の前までやってきた。目を横に向けても塔の端を捉えることはできない。『太い塔』ではなく、『巨大な建築物がとにかく高くそびえている』と表現したほうが正しいかもしれない。


 荘厳さを引き立たせる彫刻の入った扉が騎士たちによって開かれ、僕たちは城の中に誘われる。


「これが中か……」


 フーズヤーズ城の幻想的な内装に、また声が漏れる。

 豪奢な調度品や床の『魔石線ライン』などは予想範囲内だったが、城の造りに僕は驚いた。


 まず目にするのは城の頂上から地下まで続く直径一キロメートルはありそうな吹き抜けだ。

 歩ける床は壁近くに幅百メートルほどしかなく、中央部分は階毎の仕切りが完全に取り払われていた。ぱっと見たところ、頂上まで五十階ほどあるのが目で数えられる。


 吹き抜けの穴が空気の通り道となっているせいか、不気味な風きり音を常に木霊している。


 城のセオリーというものを完全に無視していると思った。

 周辺の塔を繋ぐ中継の塔のつもりかもしれないが、それにしても建築図が奇抜すぎる。


「アイカワカナミ様、世界樹は最下層です」


 僕が田舎者のように城の中を眺めていると、騎士が注意を飛ばす。

 そして、すぐに吹き抜けの端に取り付けられた螺旋階段まで連れて行かれる。その階段には柵が取り付けられているものの、下手をすれば奈落の底に真っ逆さまだ。この城をデザインした者の頭の中を疑いながら、騎士の後ろをついていく。


 徐々に自然の陽の光が失われていき、階段に取り付けられた魔法道具の光だけとなっていく。

 地上では聞こえた城の生活音が小さくなっていき、歩く僕たちの靴音が目立ってくる。

 途中、側面にそれる道はあったが、先導する騎士たちは迷いなく最下層を目指す。


 闇というほど暗くはない。

 しかし、闇に呑み込まれるような不安感があった。


 百を越えたあたりで数えるのが馬鹿らしくなった石畳の階段を歩き、下へ下へとどこまでも降りていく。


 そして、見えてくる。

 吹き抜けの穴の中にすっぽりと収まるように立つ――真っ赤に染まった巨大な樹木だ。


 無数の赤い葉が視界一杯に広がっている。

 日本の秋に見られる紅葉とは全くの別物で、鈍く澱んだ赤色だ。自然の生んだ見事な鮮やかな赤からは程遠い。


 事前に知っていなければ、小さな悲鳴の一つでもあげていたかもしれない。

 しかし、もう僕は知っている。

 ここには『血の理を盗むもの』がいる。

 ならば、その赤い葉の色の正体は『血』以外にありえない。


 近くで血に塗れた葉が揺れる階段を下りていき、ようやく城の最下層が見えてくる。

 それは赤い樹木の根元が見えてくるということで、同時にそこにいる男の顔も見えてくるということでもある。


 その男は遠巻きに完全武装した騎士たちに囲まれていた。

 けれど、全く気にした様子はなく、木に背中を預けて座り、優雅に古そうな本を読んでいた。


 くしゃくしゃの黒いくせっ毛が耳を隠す程度に伸び、その真っ赤な瞳をレースカーテンのように隠している。肌は青白く生気が薄そうだが、いくつかの古傷が頬に刻まれていることから彼が戦士であると確信できる。


 ただ、男は騎士の剣どころか寸鉄一つすら帯びていなかった。無地の真っ白な上下の服を来て、まさに休暇中に読書を楽しむ兵士の一人といった様子だ。


 千年前に最も活躍した騎士であると聞いていたが、想像ほど屈強ではない。年齢は『理を盗むもの』ゆえに見た目以上だろうが、外見は僕と同じ程度に見える。


 もちろん、彼が見た目どおりの無害な一兵士なわけがない。

 身から漏れる魔力が禍々しく、実に強大だ。一般人ならば近寄るだけで吐き気に襲われることだろう。守護者ガーディアンに相応しいだけの異常を纏っている。


 そして、彼の一番の異常は『足』にあった。

 腰を下ろし、地面に放り出した両足が――薄い・・


 彼は靴を履いていなかった。その必要がないとばかりの素足だ。そして、映画に出てくるベタな亡霊のように形状が曖昧となっている。


 彼の特徴を全て見て取ったところで、僕は城の最下層まで降り切った。ここまでの綺麗に磨かれた石畳は途絶え、ここからは土の地面だ。

 その土の地面に赤い樹木は根を張り、地上近くまでそびえ立っている。


 僕たちが降りてきたことに、木に背中を預けていた男は気づいたようだ。手に持っていた本を地面に置いて、その場を立つ。

 薄い両足が彼の身体を支えられるのか不安だったが、しっかりと彼は地に足をつけて立っていた。


 男は立ち、目を僕に向ける。

 他に人は一杯いる。一緒に降りてきた騎士に、ラグネちゃんもいる。けれど、彼は僕だけを見つめて、ゆっくりと歩を進め、名前を口にする。


「渦波……?」

「……うん。そっちは『血の理を盗むもの』でいい?」


 どう答えたものかと迷ったが、敬語を使わずに気さくに返す。

 僕たち二人が千年前で親交があったのは間違いない。少しでも友好な関係を築けるように、僕は言葉を選んだ。


 その僕の答えに男は僅かに戸惑ったが、すぐに理解を示してくれた。


「……ああ。……レガシィのせいで、俺たちのことは忘れてるんだったか? ってことは、改めて自己紹介するしかねえのか。……ちょっと面倒くせえな」


 ぼりぼりと乱雑に頭を掻き、けれど心底嬉しそうに頬を紅潮させ、男は千年前にもやったであろう自己紹介を繰り返してくれる。


「俺の名はファフナー。『血の理を盗むもの』の代行者・・・ファフナー・ヘルヴィルシャインだ。以前、おまえの騎士として仕えさせてもらった者でもある。……また仲良く馬鹿やろうぜ、渦波」


 男の名前はファフナー・ヘルヴィルシャイン。

 こうして、僕とファフナーは大聖都のフーズヤーズ城の地下、世界樹にて出会った。


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