235.異世界アイテムコンプへの道
工房で十分な装備と軍資金を手に入れた僕たちは、ギルド『エピックシーカー』をあとにする。
「行ってらっしゃーい。元気でねー、ティティーちゃーん」
駄目っ娘が好きな疑いの出てきたテイリさんがティティーを見送る。その後ろには無言でヴォルザークさんも手を振ってくれていた。
「うむ。行ってくるのじゃー」
腰の後ろに大剣を下げて深緑の外套を羽織ったティティーも手を振り返す。
僕も新しい手袋をつけた手を振ったあと、ラウラヴィアの街並みに紛れ込んでいく。新たな装備で身を整え、新しい冒険の始まりを感じる出発だ。
エピックシーカーの次に僕たちが目指すことになったのは雑貨屋だった。近くに、ギルドマスター時代に利用していたところがあったので、すぐ保存食の買い込みは終わった。
ライナーメモの指示に従って、これからの生活で飢えることは二度とないように準備を終わらせていく。ついでに換金所にも寄って、不要な手持ちの魔石をお金に更なる軍資金に換えていく。おそらく、本土にいけば今日のように鍛冶をする暇はないだろう。ならば、レアな魔石なんて持っているだけで損だ。それよりも旅費のほうが大事だろう。
この連合国では滅多にお目にかかれないであろう六十層周辺で手に入れた魔石を、躊躇なく売り払っていくことで、また目が飛び出しそうなゼロ一杯のお金に換わってくれた。
順調に準備をラウラヴィアで整えていく。その道の途中、ティティーは新しい服と剣に大興奮だった。
「ふはは、童の新装備、かっこいいのーう! もう誰にも負ける気がせぬ!」
「おい、こけるなよ! おまえとぶつかる人がかわいそうだ! 注意して歩け!」
踊るようにくるくると回りながら歩くティティーをとがめる。どうやら、その新装備を道行く人に見せびらかしたいようだ。子供のように落ち着きがない。
「うむ、注意して歩くぞ! ここで慢心してはならんとライナーメモにも書いてあるしな! 相変わらず、童の思考を先読みするやつじゃ! さてさて、メモによればー……次は魔法じゃな! 聞けば、現代では飲めば覚えられる魔石が売ってるらしいの! よーし、買占めをしようぞー!」
食料品を十分に買い終えたので、次の項目にある魔法の強化を目指すことが決まる。
「買占め……? いや、確かにそれが一番かな」
買占めは言いすぎかと思ったが、すぐに自分の財布の中身から可能であるとわかる。余りお金を持ちすぎていても意味はないので、後悔ないように買い占めるくらいが丁度いいかもしれない。
すぐに僕はティティーの願いを叶えるため、ラウラヴィアで最も大きな魔法を売っている店――魔法屋へ向かった。
「よし、ついた。ここなら、テイリさんの口利きの上に、セラさんから預かった紹介状も効果がある」
「童が生きていた時代にはなかったものなので、楽しみじゃなー」
辿りついた魔法屋は、店というよりも大図書館のような建物だった。
城のような外観に、貴族用の舞踏場のような内装。大きさは野球のできるドームほどあり、壁一面に本が並び、明らかに育ちのよさそうな人間だけが少数歩いている。ここまで大きな店となると、普通の店のシステムとは違うようだ。入り口で呼び止められ、身分を照会される。
幸い、僕はエピックシーカーのマスターで、フーズヤーズの現人神からの紹介状もある。
それを係員に伝えたところ、目を丸くされたあと、すぐにVIP待遇で別部屋まで案内されることになった。
フーズヤーズ大聖堂の客室にも負けぬほど豪華な部屋に入り、僕たちはふかふかなソファーに座らされ、係員の女性と向き合う。ただ、時間が惜しいので、僕たちは前置きなく、率直に用件を伝えることにする。
「――えっと、言い難いんですが、ここにあるだけの魔石を全種類ください」
「全部二個ずつくださいなのじゃ!」
当然だが、向かいのソファーに座っている女性は、更に目を丸くする。
「え?」
「全部二個ずつだそうです。お願いします」
もう驚かれるのにも慣れてきた僕は、彼女が状況を受け入れるまで待つことにする。その間、女性を放置して隣のティティーに疑問を飛ばす。
「というか、おまえも飲むのか?」
「もちろんじゃ! ライナーも推奨しておったぞ!」
「まあ、おまえなら大丈夫か」
本来、ボスである
軽い調子で僕とティティーが談笑する中、まだ係員さんは呆けていた。
「え、あの、全部、ですか……?」
「心配しないでください。お金ならあります。なので、できれば早めに全種類を持ってきて欲しいです」
「は、はい! もちろん、いますぐ! ただ、少しご商談のほうが大きい話なので、当店の最高責任者に交代致しますね!」
「お願いします。先払いできるように、支払いの準備を済ませて待ってますから」
にっこりと笑いかけて、少しだけ急かしてみる。
すると係員は青い顔で腰を低くしたまま、部屋から出て行った。
その様子を見たティティーは珍しいものを見る目をしていた。
「ぬう? なんだか、かなみん。少しずつ権力や立場を上手く利用し始めておるの。これではからかえぬからつまらんのう」
「どうせ、どこかでばれるんだ。それなら堂々として、それを最大限活かしたほうが被害が少なく済む。エピックシーカーの一件で、その答えに僕は至った」
「ほう、よい答えじゃ。しかし、注意せよ――」
「もちろん、力に振り回されないように心がけるよ。ティティーが教えてくれたことだ」
地下での追憶で、それを僕たちは命がけで学んでいる。
ティティーのような結末だけは迎えないことを、力強い意思を持った目を見つめ返すことで伝える。それをティティーは口元を綻ばせて受け止める。
「ふふー。我が教訓がかなみんの中に受け継がれること、嬉しく思うぞ」
ライナーや僕に自分の力や意思が残ることを心から喜んでいるようだ。
今日一日だけで、彼女の機嫌はどこまでもよくなっていく。そして、彼女は落ち着きなく、部屋の調度品を弄りだす。浮かれすぎて何か壊さないか、ちょっと心配だ。
その数分後、VIPルームの扉が開け放たれ、先ほどの係員さんと共に年配の男性が入ってきた。
「この店の支配人になります。どうぞ、『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』様。これが、いまお客様に当店のお出しできる全てになります」
僕たちが急いでいることは伝わっていたのか、挨拶も少なく本題に入ってくれる。
少しずつ『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』という名前にも慣れてきたので、表情を変えずに頭を下げて彼を迎え入れる。
続いて入ってきた係員の人たちが持つ魔石も『注視』していく。
【ウォーターの魔石】
水魔法《ウォーター》の魔法が宿った魔法石
【フレイムの魔石】
火魔法《フレイム》の魔法が宿った魔法石
【ショックの魔石】
無魔法《ショック》の魔法が宿った魔法石
【ブラッドの魔石】
鮮血魔法《ブラッド》の魔法が宿った魔法石
【シフトの魔石】
次元魔法《シフト》の魔法が宿った魔法石
【ダークの魔石】
闇魔法《ダーク》の魔法が宿った魔法石――
次々とテーブルの上に広がっていく魔石を《ディメンション》で把握し、数える。
「全て二個というわけにはいきませんよね。やっぱり」
「は、はい。すみませんが、その……」
他の客への対応とか在庫とかの問題もあるのだろう。
仕方がないことだと割り切り、すぐに僕は計算を終わらせ、見合った金額を提示する。
「いえ、これで十分です。金額も手持ちの分で払えそうですね。いまお渡しします」
「いま、ですか?」
「はい、どうぞ。数えてください。これで丁度のはずです」
もう『持ち物』を隠すつもりはない。腰の袋から取り出す振りはするものの、明らかに袋の中には収まりきらない金貨と神聖金貨を器用にテーブルへ積み上げていく。
慌てて、係員の一人がそれを数え始める中、ティティーはディナー前の子供のように嬉々として魔石を掴もうとする。
「じゃー、いただきまーす!」
「待て。まずは、この魔石の解析をさせてくれ」
ここでの一番の目的はそれだ。
かつて、この魔法屋にきたときは馬鹿正直に魔石を飲んでいたが、いまの僕ならば別のことが試せるはずだ。迷宮は始祖カナミが造り、魔法はその弟子であるティアラが作ったものであると知っている僕ならば、魔石そのものを完全に解明できるかもしれない。
「むむっ。解析とな?」
「前々から気になってたんだ。この魔法を覚える魔石の仕組みはどうなってるのか。いまの僕なら、前とは違ったことがわかるかもしれない」
「確かに、魔法を覚えられる魔石とやらの実態……少し気になるのう」
「だろ? これだけ研究材料が揃ってるんだ。すぐ終わるから、待ってろ。――魔法《ディメンション・
ものの数が多いので、かなりの魔力を消費して魔石を解析しにいく。
その途中、恐る恐るといった感じで、店長さんは用意していた書類と羽ペンをこちらに渡してくれる。
「あの、『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』様。取引の契約書のほうは……」
「ええ、すぐに書きますよ。大きな買い物ですので、当然ですよね」
《ディメンション・
「――大体わかってきた。基本は鮮血魔法と《ディスタンスミュート》の複合だけど、神聖魔法に近いものも混ざってる。この魔石という物体には、間違いなく始祖と聖人の力が関わってるね。そこへ、この世界の人たちが、手作業で新たな属性の魔法を書き足して、魔法を覚えられる魔石に改良してるみたいだ。……うーん。複雑過ぎて、完全に理解とまではいかないか。まだ、僕がかつての始祖や聖人に届いてないっぽい」
魔石を完全に理解するには、あと一歩足りない。できれば、飲むことなく魔石に宿った魔法を理解したかったが、それは不可能のようだ。
魔石に書かれた魔術式は《ディメンション・
「むう。やはり、この魔石という代物の属性は『血』か。この感じ、そうじゃろうとは思っておった」
解析結果を報告すると、ティティーは魔石一つ取って、まじまじと見つめた。
「もう見ていてもしょうがあるまい。飲んでもよいか?」
「ああ、僕も一ついってみる」
とりあえず、次元属性の魔石『シフト』を手に取る。すぐに係員さんが水を用意してくれたので、飲むのは簡単だった。
ごくりと魔石を嚥下する。
「ふうっ。これで、いけるのかな。――魔法《シフト》」
魔法名を口にすると同時に、次元属性の魔力によって近くの空間にずれが発生した。
あっさりとできた。
どうやら、飲むことで数式を強引に理解させられ、実践で使用可能になるみたいだ。これが血に刻まれるというやつなのだろう。できれば、もっと飲んで血に刻まれる感覚を確かめたいが――
「ほー。これが魔石で魔法を覚えるというやつかー。うむ、それじゃあどんどん行こうかの!」
「でも、飲みすぎると血の限界ってやつがあるんじゃないのか……?」
「限界……? 『理を盗むもの』は限界ないと思うぞ? それに、もし限界とやらがあったとしても、限界を迎えたら次からは魔石に頼らず覚えればいいだけの話じゃろ? ここは時間節約のために、先人たちの残した魔石を飲むのが正解と思うがのう……」
「そうだな……。言われてみれば、その通りだ」
そもそも血に頼らなくても、僕は新魔法の《
この世界の通説である『血の限界まで魔石を飲むと、もう魔法を覚えられなくなる』というのは、魔法開発できる僕たちには当てはまらないだろう。
ならば、ここは先人の知恵の分は血に刻み込み、新たな魔法だけは自分で考えるのが理想だろう。
「ってことでぇ、どんどん飲めい!」
「ああ……! どんどん、いくか……!!」
納得した僕はティティーの言うとおり、手当たり次第に魔石を飲み始める。
だが、どれだけ飲みやすいといえど、石は石。
一気にいくのは苦しいものがあった。すぐに僕は腹を抑えて呻く。
「――は、吐き気が……というか、胃もたれが……! せっかく直ってきた胃壁が荒れる……!!」
「あ、童はギブアップじゃ。少しずついくのじゃ。石を呑むとか、まじありえんのじゃ」
「おまえ、諦めるの早いな!」
ティティーは一個目で顔をしかめ、二個目で手を止めていた。
仕方なくティティーを置いて、僕だけが必死に魔石を一つずつ呑み込んでいく。そうしていく内に、魔石売買の取引は終わっていた。書き込まれた契約書と金貨の枚数を確認し終えた店長さんたちが、歓喜と恐怖を半々にした表情で伝えてくれる。
「こ、こちらのほうの確認は終わりました。確かに、代金のほうは丁度頂きました」
「はい。それじゃあ、僕たちは他の店にも行かないといけないので、そろそろ行かせて貰いますね。ここにある魔石は全て頂いていきます」
「もう行かれるのですか……?」
「急いでいますので」
唖然とする店員さんたちを置いて、すぐに『持ち物』へ魔石を詰め込み、部屋から出て行く。この店で全ての魔石を揃えられたわけではないので、新たな魔法屋へ向かわなくてはならない。
そして、店前で綺麗に腰を折り曲げる店長さんたちに見送られ、また僕たちはラウラヴィアの街へ紛れ込んでいくのだった。
「ありがとうございましたー! またのご来店をお待ちしております! 次の来店までには絶対に揃えておきますのでっ、なにとぞまたのご来店をー!!」
背中から聞こえる店長さんの大声から逃げるように、次の目的地であるグリアードへ僕たちは向かう。《ディメンション》で最短距離を割り出して、二人で街中を歩いていく。ただ、その手には魔石が一杯だ。ちょっとずつお菓子をつまむかのように、魔石を呑みながら移動をする。
「んー? なんだか、風の魔石はほんのりと甘くて美味しいのうー」
「味まで気にしたことないな。僕のほうは……ちょっと次元の魔石が美味しい……?」
ティティーは飴のように魔石を味わっていたので、僕もそれを真似する。
身体との相性が味に出てくるのは面白い現象だ。これを設定したのは始祖カナミか聖人ティアラか、それとも違う誰かなのか少し気になる。とはいえ、いま考えてもわからないことなので、味のことは忘れて足を速める。
「さあ、次へ行こうか。迷宮近くにいるから国をまたぐのは楽だ。《コネクション》もあるしね」
「うむ、次の店じゃ! もう面倒じゃから飛んでは駄目か!?」
「え……? いや。駄目だと思う。この連合国で誰かが飛んでるの見たことないし……」
飛行禁止の法律が整備されているか、単純に飛行できるほど血の濃い翼持ち獣人はいないのかもしれない。どちらにせよ、ティティーが飛べば目立ちすぎるので却下だ。
「では、少し走るのじゃ!」
「あ、おい。待てっ」
スキップするかのように走り出したティティーの背中を僕は追いかける。とはいえ、良識ある速度だ。ここで本気で僕たちが走ってしまえば、突風で人が吹っ飛ぶかもしれない。
そして、大した時間もかからず国境を越えて、目的地だった国一番の魔法屋に辿りつく。
「――
ばんっとグリアードの魔法屋の扉が開かれ、開口一番にティティーは注文を飛ばす。
当然だが、周囲の客たちがざわつく。
目立つ翠の髪の美女が現れたかと思えば、その注文がぶっ飛んでいるのだから仕方ない。そして、その注文を実現させそうなほどのオーラが、その美女にはあるのだ。手を止めて、注目したくなる気持ちもわかる。
「すみません。そこの彼女の言うとおり、まずは全種類見せてくれませんか?」
ティティーの言葉に乗っかって、近くの係員に注文を足していく。
もう目立つのは慣れようと思う。というか、ティティーがいる間は注目を避けるのは諦めた。こいつは面白がって――いや、地上が楽し過ぎて抑えが利いていない。そして、それが千年抑圧された果てにあるものだと知っている以上、僕には止めることができない。できるはずがない。
「えっと、そのお客様。全て、ですか……?」
「はい。これ、紹介状です。ちなみに僕はラウラヴィア直属のギルド『エピックシーカー』のギルドマスター『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』です――」
とうとう自分の口から、例の名前を告げてしまった。
手っ取り早く話を終わらせるためには仕方なかったが、何か大事なものを失ってしまった気もする。
そして、当然だが、ラウラヴィアの魔法屋と同じような反応がここでも起きる。
「全部、ですか……? しょ、少々お待ちくださいませ……!」
そのあとの流れも全く一緒だった。ざわつく客たちの目線から逃げるようにVIPルームへ入って、そこでお金にものを言わせて買い上げていく。
それを、このグリアードで行って――ヴァルトでも行い――各国の大型店舗で繰り返していく。そうすることで、僕たちは店売りされている魔石のほとんどを手に入れたのだった。
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