90.登録終了


 くすりと少女は笑って地面に降り、僕の方に近づいてくる。


「知り合いかい?」


 ローウェンはラスティアラ・フーズヤーズの只ならぬ力を見抜き、表情を固くした。


「一応、知り合いだから……。僕が話す」


 一歩前に出て、僕は《ディメンション・決戦演算グラディエイト》を構築する。

 しかし、少女は涼しげに――そして、とても親しげに話しかけてくる。


「また守護者ガーディアンと仲良くなったの? 相変わらずだね、キリストは」


 戦意はないように見える。

 しかし、警戒は解かない。少なからず『エピックシーカー』相手に敵対行動を取ったことがある相手だ。何をするかわからない。


 僕は相手のペースに乗らず、質問を投げかける。


「今日は一人なのか?」

「情緒不安定なディアはセラちゃんと別行動中。いまは一人だよ」


 一方的な質問に対して、ラスティアラ・フーズヤーズは快く答えた。


 僕は油断なく、次の質問を投げかける。

 ずっと聞きたかったことだ。


「……それで、おまえは一体何が目的なんだ?」

「うーん、目的か。そうだね、目的はただ一つ。仲間を取り戻すことだよ」

「仲間、ね……」


 その言葉が僕は信じられなかった。

 前の話と合わせれば、目的は僕とマリアということになる。しかし、僕もマリアも彼女たちのことなど知らない。仲間のはずがない。


「というわけで、私も『舞闘大会』に登録しよーっと。ほら、二人とも手伝ってよ」


 ラスティアラ・フーズヤーズは僕たちを手招きしたあと、背中を見せて、建物内に入ろうとする。言葉通りならば、中で参加登録を行うつもりらしい。


 僕は眉間に皺を寄せて、言い返す。 


「おいっ。なんで、僕がおまえの手伝いなんてしなくちゃ――」

「おまえじゃなくて、ラスティアラ。見えてる・・・・でしょ? ちゃんと、そう呼んで。こっちもカナミって呼ぶからさ」


 しかし、それはラスティアラの静かな声に遮られる。

 静かだが、有無を言わさない強かな声だ。どうも、僕に「おまえ」と呼ばれるのが我慢ならないらしい。


「……ラスティアラ。僕がおまえを手伝う理由はない」


 僕は呼び名くらいは構わないと判断し、名前を呼んで自分の意見を述べる。


「んー、いいのかな? 別に、私はここで暴れてもいいんだけど?」

「それで脅してるつもりか……?」

「カナミには効果的な脅しだと思ってるよ」


 ラスティアラは言い切る。

 確かに、ここで彼女と事を構えたくない。こんな都心で戦えば、間違いなく街に損害がでるだろう。そう確信できるほど、目の前の少女は強い。


 ラウラヴィアのために働いている身としては、街の混乱は避けたいところだ。


「はぁ、わかった……。手伝ってやる」


 僕はラスティアラに続いて、建物の中に入っていく。

 それを見たラスティアラは嬉しそうな顔で、「思った通り」とでも言いたそうな顔を見せる。それと、なぜかローウェンも後ろで嬉しそうな顔をしている。いまの僕が滑稽で面白いのだろうか。


 せっかくなので、先ほどの受付のお姉さんのところに並ぶ。彼女ならば、また親切に色々なことを教えてくれるだろう。


 ラスティアラと目で牽制し合っていると、順番が回ってくる。

 僕たちと同じように紙を受け取ったラスティアラは、慣れた手つきで紙の必要事項を埋めていく。


 それを受け取った受付のお姉さんは、その内容を見て顔を青くする。


「ラ、ラスティアラ・フーズヤーズ……?」

「うん、ラスティアラ・フーズヤーズ。ささっと登録しちゃってー」


 よく見れば、受付のお姉さんの手が震えている気がする。


「えっと、変な事を聞きますが……、ご本人様でしょうか?」

「もちろん。この私が嘘の名前を騙るわけないでしょ。どっかの誰かさんと違ってさ」


 ラスティアラは僕に目を向ける。「どっかの誰かさん」は僕だと言いたいようだ。


「おい、誰のことだ。言っとくが、相川渦波は偽名じゃないぞ?」


 そんな目を向けられるのは心外だ。

 生きていく上で、僕は偽名を名乗ったことは一度もない。


「そうだね。偽名じゃないから、問題なんだよ……」


 それを聞いたラスティアラは呆れたような顔で溜息をつく。

 相変わらず、よくわからないことを言うやつだ。


 受付のお姉さんは本名であることを理解して、話を続ける。


「か、構わないのですか? フーズヤーズ国で第一級の捕縛命令が出ている名前で、登録なんて……」

「心配ありがとね。けど、こういった大会では出場者の出自や経歴を問わないのが暗黙の了解でしょ。問題ないはずだよ」

「そうですが……。あなた様はランクが違うというか、事情が特殊というか……」


 会話の流れからラスティアラ・フーズヤーズが特殊な罪人であることがわかる。罪人なのに「様」をつけられていることから、元は貴族のお嬢様の可能性が高そうだ。


「どんな事情でも『舞闘大会』当日のヴアルフアラ内では法が適用されないから、大丈夫大丈夫。それに、面白そうでしょ? 私が参加すると」

「それは、盛り上がるのは間違いないでしょうが……。『舞闘大会』が終わって、ヴアルフアラから出られた瞬間、全警備員に囲まれると思います。それでも、ご参加なさるのですか?」

「ああ、そのときはカナミに何とかしてもらうから大丈夫」


 唐突に僕へ話が振られる。

 どうやら、この僕がラスティアラを助けるために連合国全警備員を敵に回すと思われているらしい。

 

 ありえない。

 何がどうなったらそんな発想に至るのか不思議でならない。


「おい。なんで、僕が何とかするんだ。するわけないだろ?」

「いやー、すると思うよ? こればっかりは賭けてもいいレベルだね」

「なら、僕はしないほうに賭けるね」

「おっ。乗ったね、カナミ。じゃあ、負けたほうは何でも言うこと聞くということで」

「負けないから別にいいよ。むしろ、僕は警備員さんの方を嬉々として手伝うだろうね。間違いなく」


 僕は軽口でラスティアラと約束を交わす。

 それを聞いた彼女は朗らかに笑う。


 …………。

 少しばかり思っていたのと違う。

 最初は危険人物かと思ったが、話してみるとそうでもない。

 むしろ、逆だ。


 言葉で表現しにくいが――、ラスティアラとは合う・・

 妙に調子が合うのだ。


 この少女と話しているだけで、胸の鼓動が弾む。

 自然と軽口が飛び出し、会話が楽しい。

 まるで――


「かしこまりました……。確かに『舞闘大会』は、あなた様を拒むことはできません。参加登録を承認します。ただ、予選は罪人用の会場になると思います」


 難しい顔をしていた受付のお姉さんは諦めたように項垂れる。


「うん、問題ないよ。ありがとね」


 ラスティアラは受付のお姉さんにお礼を言って、参加登録を終わらせた。


 僕たちは揃って建物から出る。

 そして、僕は事の理由を問いただす。


「で、なんでラスティアラは大会に出たいんだ?」

「なかなかカナミと二人きりになれないから、仕方なくね」

「つまり、おまえは――」

「うん、カナミと邪魔なしで戦り合いたいわけよ。そんで、その怪しい『腕輪』をぶっ壊す」


 ラスティアラは朗らかな笑顔のまま、僕の『腕輪』を指差す。

 しかし、言っていることは物騒だ。


「『腕輪』を……?」

「どうもそれが要みたいだからね。スノウもアイコンタクトで訴えてたし」


 どうやら、スノウの入れ知恵のようだ。

 そして、僕はスノウの言葉を思い出す。


「つまり、いまの僕は過去の記憶を失っていて、それはこの『腕輪』のせい。そうおまえは言いたいんだな」

「そういうこと」


 僕は大きく息を吐いて、冷静に情報を分析する。


 ――うろ覚えの過去。度重なる頭痛。整合性のない記憶。覚えのない経験。パリンクロンの態度。スノウの言葉。ラスティアラとディアブロ・シスの存在――


 全てを合わせることで、一つの仮定が生まれる。


ああ・・。そんな可能性もあるかもしれないな」

「あれ? 思ったよりも物分りがいいね」


 目の前の少女を信じるわけではない。

 多くの人間の言葉を合わせた結果だ。


 これは間違いなく、一考しなければならない可能性。

 考えなければならない。

 わかっている。

 わかっているのに――


「けど、可能性は可能性だ……。そんなはずがない、絶対に……!!」


 なぜか、それを考える気にならない。

 『腕輪』を外したくない。


 呪われたように・・・・・・・、その考えと真剣に向き合うことが出来ない。


 全てが嘘だなんて認められない。

 いや、認めたくない?

 僕は、この世界が虚構だと信じたくないのだろうか?


 最愛の妹と過ごす、この都合のいい世界を――


 身体の内を巡る魔力が、泥のような血液となって、僕の全てを縛っていく。

 そんな錯覚がする。心臓を掴まれているようで気分が悪い。


「そっか」


 否定する僕を見て、ラスティアラは悲しそうに頷いた。


「悪いけど、この『腕輪』は外せない。これは何よりも大切なものなんだ……!」


 身体が勝手に、そう呟いた。


 ああ、そうだ。

 『これ』は。

 『この世界』は。

 『妹が傍にいるということ』は、何よりも大切だ。

 だから、『これ』は譲れない。


 ――そう・・なってる・・・・


「何よりも大切ね。なら、仕方がないかな。そもそも、こうなるのはわかってたし……」


 ラスティアラは少しだけ悲しそうな表情を見せる。

 しかし、次の瞬間には晴れやかな顔に変えて、一歩僕へ近づく。


 僕は僕の世界を守るために身構えた。

 それに対し、ラスティアラは優しい声をかけていく。


「安心していいよ。いま、どうにかする気はないから。下手につついて、自殺するような魔法が組み込まれていても困るしね。外すときは、もっと準備をしないと……」

「準備?」

「ディアが万全であること。あとは誰も手を出せない状況かな」

「その状況が『舞闘大会』だっていうのか?」

「『舞闘大会』は五国が五国を牽制し合って拮抗している状態だからね。試合中、カナミを守ろうと思っても、ラウラヴィアは動けない。動いて『舞闘大会』を台無しにすれば、他四国に致命的な隙を与えちゃうからね」


 確かに、聞く限りでは『舞闘大会』での各国の力関係は複雑だろう。


 一種の三つ巴――いや、五つ巴状態になっているため、どの国も簡単には動けない。


「そこで正々堂々、互いの望みを賭けて戦いたいわけか」

「うん。そこで、さくっとその『腕輪』を賭けてもらう。わかりやすいでしょ?」


 随分とまともな手段だ。


 いわば、これは変則的な決闘の申し込みだ。

 ラスティアラは僕の『腕輪』を手に入れるため、身の安全を賭ける。『舞闘大会』では持ち物を賭けるのはよくある話と聞く。強引に「アイカワカナミの『腕輪』のために捕まるのを覚悟で参加した」とでも嘯けば、会場の空気に逆らえなくなる可能性は高い。


 手順はまともな上、筋も通っているほうだ。

 それは僕が抱いていたラスティアラ・フーズヤーズのイメージと異なっていた。

 もっと無茶苦茶な方法で我がままを通す人物だと、僕は思っていた。


 ――そのまとも過ぎる申し込みの中、気に入らないことが一つだけある。


「けど、それっておまえが僕より強いのが前提の話じゃないか?」


 それは『ラスティアラ・フーズヤーズ』が『相川渦波』に勝てると思っていることだ。


「んー、いい勝負だと思うけど? 援護の得意なカナミと違って、私は直接戦闘に特化してるし。なにより、対人経験が違う。こちとら、英雄一人分の戦闘理論が丸々入ってるからね」

「それは楽観的な予測だな。援護が得意だから、直接戦闘が不得意というのはナンセンスな発想だ。真っ当な試合なら、僕が負ける要素はない」


 なぜか、僕は目の前の少女に負けたくなかった。

 ラスティアラという少女よりも強くありたいと心の底から思う。


 それは好きな子の前では格好つけたいような子供心に似ているような気がした。


 それを悟られぬように、僕は敵意を込めてラスティアラを睨む。

 ラスティアラも負けじと見つめ返す。


 ――見つめ合い、静寂が訪れる。


 そこに別の声が割り込んでくる。

 ローウェンだった。


「――ははっ、予期せず私にとっても嬉しい展開になったな。二人ともなかなかの自信でいい。とてもいいっ。ああ、面白くなってきた。やはり、互いの剣を競い合う場はこうでないと」


 知り合い同士の話だと察して、口を出さないでいたローウェンだったが、話が纏まったのを見て嬉しそうに自分の気持ちを語り始める。


 思わぬ強敵の登場に浮かれているように見える。

 そして、にやりと笑ったままに、自信満々の様子で言い閉める。


「――しかし、悪いが優勝は私が頂く」


 僕にもラスティアラにも負けないと宣言した。


 それは騎士の宣誓に似た荘厳な宣言だった。

 声と共に、正体不明の圧迫感が僕を襲う。ローウェンの魔力は少ない。つまり、この圧迫感は魔力ではない。


 ローウェンの底知れない威圧感に圧され、僕は冷や汗を流す。


「悪いけど、いま守護者ガーディアンはお呼びじゃないんだよね……」


 対して、ラスティアラは負けじと、にやりと笑い返す。

 ローウェンとは対称的な凶暴な魔力が、あたりを包む。単純明快で、それゆえに恐ろしい圧迫感だ。その凶悪な魔力に汗が止まらなくなる。


「…………」


 そして、睨み合いの末、二度目の静寂が訪れる。


 …………。

 静寂の中、ラスティアラとローウェンの目が、ちらちらとこちらに向けられる。


 これ、僕も何か言わないといけないのだろうか……。


 にやついている二人は、どうもそれを期待しているようにしか見えない。

 睨み合いながらもこちらを気にしてるのが、《ディメンション・決戦演算グラディエイト》で丸わかりだった。


 流れからして、《次元の冬ディ・ウィンター》でも展開して、寒気を覚える圧迫感を僕も出すべきなのかもしれない。

 

 しかし、なんだか期待されると、逆に出しづらい。

 ゆえに僕は何も言わず、二人の睨み合いを見守った。


「…………」


 静寂が流れ続ける。

 耐え切れなくなったラスティアラは汗を垂らしながら、僕に声をかける。


「……ほ、ほらっ。カナミからは何かないの?」

「いや、別に……?」

「あーっ、ノリ悪いんだからもう! ねー?」


 ラスティアラはローウェンに同意を求める。


「そうだな。せっかくのいい流れが止まってしまった」


 ローウェンは頷き、ラスティアラに続いて僕に駄目出しをする。


 まさかの裏切りである。 

 この二人は、いま初めて会ったはずだ。しかし、異様に仲がいい。

 何か通じ合うものがあるのかもしれない。悪い意味で。


 その後、緊迫した空気は霧散し、僕たちは笑い合った。


 僕は最低限の警戒こそ解かなかったが、その警戒心は徐々に薄れていっていた。

 そして、他愛もない話をしたあと、「それじゃあ、私も忙しいから、そろそろお暇するよ。『舞闘大会』まで死なないでね、二人ともっ」と言い残してラスティアラは去っていった。


 屋根の上を移動し、相変わらず足が速い。

 すぐに《ディメンション》の届かないところまで消えたのを確認し、僕は最低限の警戒を解く。


 隣ではローウェンが思わぬ敵に興奮していた。

 ラスティアラと戦うときが楽しみで仕方なさそうだ。


 こうして、二度目のラスティアラとの邂逅は無事終わったのだった。



 ◆◆◆◆◆



 大会登録を終えた僕たちは、『エピックシーカー』本拠まで帰ってくる。


 執務室にスノウたちの姿が見えなかったので、《ディメンション》で位置を探る。階上のマリアの部屋に人が集まっているのを見つけたので移動した。


「あ。おかえり、お兄ちゃん」

「おかえりです、兄さん」

「……やっと帰ってきた」


 その部屋に入ると三者三様の言葉で迎えられる。

 異様な光景だった。それぞれが棒針を手に持ち、毛糸玉を転がしながら編み物をしていた。


 僕はスノウに近づいて、状況を聞く。


「何がどうなってるんだ?」

「……どうにかしてみようとしたところ、編み物に行き着いた」


 そう言って、スノウは手に持った糸を僕に見せる。


「なんで、編み物……?」

「……私が戦い以外で唯一そこそこできることだから」


 スノウの周囲には完成したであろうマフラーが二つほど落ちていた。

 ちなみに、マリアとリーパーは、やっと一つ完成しそうなところだ。


 どうやら、スノウは特技である編み物を二人に教えていたようだ。

 おそらくは仕方がなくだろう。絵本に飽きたリーパーを大人しくさせるためだ。


「へえ、スノウは編み物が得意なんだな」

「……昔、少し練習してたから」


 スノウは恥ずかしそうに目を背ける。

 しかし、「少し練習した」程度のものではないことが、完成品を見ることでわかる。


 スノウの作ったマフラーを手に取って眺める。ストライプ柄とチェック柄のマフラーが二つ。売り物としても通用するレベルに見える。


「……要らないから、あげる。それ」

「え、くれるのか?」


 そっぽ向いたままスノウは言う。

 しかし、いくら顔を背けていても、《ディメンション》のせいでスノウが恥ずかしがりながら言っていることがわかってしまう。


「……私は寒くないし。余るから」

「ありがたくもらっとく。ありがとう」


 僕はチェック柄のマフラーを巻き、残りを『持ち物』に入れる。


「あ、お兄ちゃん。私のもあげる」


 それを見ていたリーパーが声をあげる。

 少し離れたところから、丁度完成したマフラーを僕に投げつけてきた。


 リーパーもスノウと同様でマフラーを必要としない。

 彼女が着られるのは、自分の構成した魔力の服だけだ。


「ありがと」


 拙い出来のマフラーを受け取り、軽くお礼を言う。


「に、兄さんっ。私のも受け取ってください」


 そして、その流れにマリアも乗ってくる。


「え、マリアは自分で使いなよ。スノウとリーパーは自分で使うことがないからくれただけであって――」

「駄目です。受け取ってください」


 僕が合理的に断ろうとすると、マリアは笑顔で同じ言葉を繰り返した。


「――あ、はい。ありがとうございます」


 その笑顔から感じるラスティアラとローウェンを超えるプレッシャーに負けて、僕はマリアのマフラーを受け取る。


 マリアは目が見えない。未だに包帯を頭に巻いている。

 しかし、そのハンデをものともしない出来のマフラーだった。手先が器用なのは知っていたが、ここまでだとは思わなかった。


 マフラーを受け取る僕を、後ろのローウェンが羨ましそうに見ていた。

 ローウェンは咳払いをしながら、リーパーに近づいていく。


「リーパー、私のはないのか?」

「え? なんで、ローウェンにあげないと駄目なの?」


 ローウェンのささやかな望みは、リーパーに一刀両断される。


「待て待て。カナミより私のほうが付き合いが長いだろう? 普通に考えて私の分もあるはずだ」

「え? だって、ローウェンは敵だし?」

「そ、そんな馬鹿な……。おかしい……」


 ローウェンは眉間に皺を寄せて、本気で悔しそうにしていた。

 まるで、誕生日に最愛の妹から何ももらえなかった兄のようだ。すごく気持ちがわかってしまう。


 僕は不憫なローウェンに声をかける。


「なんかごめん」

「慣れてるからいいさ……」

「慣れてるんだ……」


 すぐにローウェンは顔を上げる。こういった苦境は慣れているらしい。

 それはそれで悲しさが増す。


 ローウェンの今日までの人生を察し、その肩に手を置く。


「あとで僕がローウェンのマフラー作ってあげるよ。こういうの得意だから」

「ありがとう、カナミ……。やはり、持つべきものは友だな……」


 いつの間にか僕は友に格上げされていた。

 僕とローウェンは苦々しく笑いあい、友情を確かめ合う。


 少しずつだが、ローウェンの人となりがわかってきた。

 誠実で大人びているものの、どこか子供っぽい性格をしている。リーパーには厳しい物言いをするが、その根っこには確かな優しさが張っている。信頼に値する人だ。


 ――信頼に値する、『人』。


 ローウェンを守護者ガーディアンとして――モンスターとして見ることは、もう難しいだろう。それを笑い合いながら、僕は再確認する。


 しかし、問題ないはずだ。

 ローウェンとは『舞闘大会』で試合をするものの、殺し合いはしない。


 人間同士の関係のまま、ローウェンの望みを叶えて、成仏してもらう。

 それを行うのに、ローウェンをモンスターとして見る必要はない。


 ゆえに、僕は何の気負いもなく笑う。


 問題ない。

 問題ないはずだが……。

 なぜか、心の底の不安を拭いきれなかった……。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る