57.騎士という駒


 大聖堂を出た私は、夜を見計らって少年少女の家に赴く。


 そして、風の魔法で少女だけを起こして、外に呼び出す。

 少女は眠い目をこすりながら外に出てきて、不思議そうな顔で私に問いかけてくる。


「ふわぁ……。ハインさん、こんな夜遅くに何の用ですか?」

「いえ、あと二日と時間も迫ってきたので、様子を見にきました」


 私は努めて冷静に喋る。


「ああ、もうそんな時間ですか。けれど、様子見は必要ないですよ。時間くらいは守れます」

「それは何よりです」


 当然のように時間を守ると言う少女を見るのが辛い。

 そう言わせているやつらを全員引きずり出して、殺してやりたい。


「特に用がないのなら――」

「いえ、確認したいことがあります」


 私は問う。

 私の計画は少しでも効果をあげていたのか。それとも、全く意味がなかったのか。

 確かめる。


「遠目ですが見ていましたよ、お嬢様。彼と共にいるあなたは幸せそうに見えました。……このまま、彼と別れてもいいのですか? 儀式を受けて、二度と彼と出会えなくなることに、後悔はありませんか?」

「……い、いきなりですね」


 少女は少しばかり困惑した表情をする。

 少しばかりだ・・・・・・


「どうか、ご返答を」


 私は最後の希望を乗せて、問う。

 対し少女は、少しばかりの困惑を打ち消し、決意を持った表情で答える。


「構いません。ハインさんのおかげで、冒険というものを感じることができました。聖人ティアラの人生の一端に触れ、憧れは確信のものに変わりました」

「これからも、彼と冒険したいとは思わないのですか?」

「それは叶いません。私は英雄に――聖人ティアラになることが夢で、同時に生まれた意味でもありますから」


 迷いはなかった。


 その迷いのなさに歯噛みする。

 私は意を決して、少女を否定しにかかる。


「それが偽者でもですか……? 今日までの自分が『作りもの』で、偽者で、騙され、利用され続けているだけだとしてもですか……!?」


 決死の想いを、少女に真実をぶつけた。


 未来の幸福の為、少女が苦しむことを承知で。

 少女が怒り、私を侮蔑するのも承知で――


「『作りもの』……。たとえ、そうだとしても構いません」


 しかし、少女は揺るぐことなく、静かに答えた。

 苦しむ様子も、怒る様子も、侮蔑する様子も、そこにはない。


 『作りもの』と聞いて、聞き返すわけでもなく、利用されていても構わないと言った。


 まるで全てを知っているかのような口ぶりだった。

 そして、覚悟が終えているような面持ちだった。


 ああ……。

 つまり、また私は見誤っていたのだ……。

 三才にも満たない少女の心を、全く理解できていなかったというわけだ……。


 少女は作られた『ラスティアラ』の真相なんて、とうに理解していた。そういう人生であることを、誰に言われるまでもなく理解し、覚悟まで済ませていた。


 それが外的要因の末か、内的要因の末かはさておき――全ては終わっていた。

 とうの昔に、全ては終わっていたのだ。


 私は気の抜けた声で、少女に別れを告げるしかなかった。


「そうですか、わかりました……。それでは、私は大聖堂に戻りますね……」

「……? はあ、わかりました」


 私は去る。

 残された希望の薄さに嘆きながら歩く。


 果たして、ハイン・ヘルヴィルシャインという駒は、どこまで進むことができるのか。

 それだけを考えながら、大聖堂にある自室まで戻った。


 ――そして、翌日。


 私は自室にある魔法道具を全て持ち出し、大聖堂を出発する。


 一晩考えた結果、実行可能な手段を絞った。


 要は国一つを倒すか、少女一人を倒すかの二択なのだ。

 あの様子からすると、少女はどれだけの説得を私が行っても亡命に納得しないだろう。そのように調整されて、完成してしまっているからだ。


 ならば、無理矢理にでも少女を昏倒させ連れ去るしかない。

 いまの私にはそれができる。その覚悟をパリンクロンのおかげで手に入れた。


 途中、すれ違った部下から、「どんな化け物を退治するんですか?」と驚かれるほどの重装備を纏って歩く。それに私は苦笑し、「ちょっと野暮用です。でも、似たようなものです」と言って誤魔化した。


 私は20層に向かい、少年少女を待つ。

 待ち続け、現れた二人に礼をする。


「――お待ちしていました……。お嬢様……」


 少女は少しばかり驚いた様子を見せ――しかし、すぐに演技をしながら答える。


「こんにちは、ハインさん。今日は一人なのですか?」


 おそらく、以前の演技しあう取り決めの延長だと思っているのだろう。好都合だ。


「ええ、今日は私一人です」

「今日も私の騎士キリストに決闘を挑みに?」


 決闘?

 ああ。そういえば、そんな手順もあった。

 いまにも二人を捕縛しようと思っていたが、そういうのも悪くない。


「ええ、決闘を挑ませてもらいます。けど、その前に、お話ししたいことがあります」

「お話?」

「ええ、あなたの騎士キリストと」


 そう言って私は少年に顔を向ける。


「お話って何ですか、ハインさん」

「いえ、戦うだけが全てじゃありませんからね。例えば、私が君の望むものを用意することで、君に負けを認めてもらうことだってできます。そのお話です」


 私は最終確認として、少年を懐柔できないかと試みる。

 懐柔ができれば、これからの手順も簡略化できる。


 私一人では難しいことも、少年と二人ならば簡単にできるかもしれない。


「確かにそうですね」

「ですので、君の望むものを教えてください」

「望むもの、ですか……?」

「お金でも名誉でも、君の望む限りを用意しましょう。お嬢様のように楽しみを求めているのならば、どんな快楽だって用意します。……だから、決闘に負けてくれませんか?」


 少年の望むものならば命を賭けて用意する決意がある。

 幸か不幸か、以前のような臆病さはない。


「……僕が望んでいるものは、ハインさんには用意できません」

「用意できない?」

「僕の望むものは迷宮の『最深部』にあります。だから、ハインさんには用意はできません」


 少年は言い切る。

 少年は迷宮の『最深部』にある伝説中の伝説を望んでいた。


 それに頼らなければ成せない何かを少年は抱えているということだろう。それは私一人の命で賄えるものとは思えない。


 やはり、主演らしい主演だ。

 早々に私は懐柔を諦める。


「あの『奇跡』を……、最深部の『奇跡』を望んでいるんですか……?」

「はい」

「それは確かに、用意できませんね……」


 私は僅かな期待を裏切られ、顔を俯ける。


 最初から二人ともを捕縛しようとしてここまできた。

 しかし、少年の協力も期待していたのは事実。


「最悪だ……」


 結局、最悪のまま。

 最後の手段に訴えることしかできない。


 しかし、もう私の駒は、そこにしか進めない。

 どこにも進めないから、そこに進むしかない。


 できれば少年という駒が欲しかったが――


「最悪です。君の望みは、私にとって『最悪』……。奇跡を望むのはいいです。けど、この迷宮。ここだけは駄目なんです。ああ、なんて――場所が悪い・・・・・

「それはどういう……」


 私は少年の返答を待つことなく、言葉を紡ぐ。


「仕方がありません。決闘をしましょう」

「それは、構いませんけど……」

「いつも通り、君が勝てば、私は二度と顔を見せないということでいいかな?」

「はい、それはもちろん。けど――」


 私が望むことはシンプルだ。


「では、私が勝てば、君とお嬢様は連合国から出て行くんだ」

「え?」


 これを以て戦闘開始。

 初手にて全てを決めるつもりで魔法を放つ。しかし、殺すわけにはいかないので力加減が難しい。


「――《ゼーア・ワインド》」


 会心の力加減で放たれた風の魔法によって、まず少女は昏倒した。

 しかし、少年が存外にしぶとい。位置が良かったのもある。見事な受身で風の魔法を受けきった。


 やはり、主演なだけはある。

 思い通りに行かない苛立ちと共に、どこか嬉しくもある。


 さらに魔法道具をいくつも破損させたものの、少年を昏倒させるまでは至らない。


 魔法を撃ち合い、剣を交えるものの、お互い決定打に欠ける。

 いや、お互いに手加減が上手すぎる――のほうが正しいかもしれない。


 殺してでもという戦いを、お互いに望んでいなかった。

 私からすると、少年を殺すには惜しいというのが本音だ。それほどまでに彼は、使い道が多い。どんな役割だって果たしてくれる可能性を秘めている。


 私が少年の生死について迷っていると、少女が気を取り戻そうとしているのを視界の隅で捉える。時間切れだということがわかり、私は身体から力を抜く。


「まさか、キリスト君がここまでやるとはね……。私の計画が狂ったよ……」


 初手の奇襲で少年が失神しなかった時点で、もう捕獲は無理だったのだろう。


 それほどまでの戦闘能力が、いまの少年にはある。

 さらなる準備と人員が必要だ。

 場合によっては、卑怯な真似も必要になるかもしれない。


「なんで、こんなことを……?」


 少年はわけがわからないといった様子で声を出す。

 それに私は正直に答える。


「……君と楽しそうに遊ぶお嬢様を見てしまったからかな」

「楽しそうに遊ぶラスティアラ……? それで、なんで……?」

「私が間違っていたんだ」


 思えば、出会ったときから全てが間違いだった。

 さらに三年経っても、私は少女の心の何もわからず、計画を間違えた。


 今回は少年に楔を打ち込んで終わりにしよう。

 彼は残された手段の中でも重要な一つだ。


「このままだと、お嬢様は死んでしまう。お願いだ、キリスト君。彼女を逃がしてくれ……」

「え?」


 少年は口を開けて驚く。


「もうお嬢様に私の言葉は届かないから、無理にでも連れ出すしかないんだ……! キリスト君、絶対に……! 絶対にお嬢様の言葉を聞き入れないでくれ……! お嬢様の言葉は、明け透けのようでいて、その実、全て『作りもの・・・・』だ。あの表情も、感情も、考え方も、全て『作りもの』だ。私も加担したのだから間違いない。あの歪で、不安定で、人間味のない『ラスティアラ』という存在ではなく、『そこにいる少女』の本心を聞いてあげてくれ……!」


 そこで時間の限界がきた。

 少女が起き上がるのを見て、私は持てる決意の全てを言葉に変える。


「何があっても、連れ出す……。ここではない遠いどこかで……」


 そこで私は迷宮から撤退した。


 これで少年も事情を概ね察してくれるだろう。

 上手くいけば、少年が少女に問い詰めてくれる。そうなれば、少女が揺らぐ可能性だってある。


 しかし、それだけに頼ってはいられない。


 私は早足で大聖堂に退却し、次の作戦のための準備を行う。


 部下たちを唆し、装備を整え、二人の捕縛に必要な戦力を掻き集めていく。

 もはやフーズヤーズでの地位なんて、使い捨てるつもりだ。ありったけの伝手つてを使い、力を集結させ、あの二人にぶつける。物量作戦をしかけるのが手っ取り早い。


 ――だが、そう現実は上手くいかない。


 その作戦は、半ばで失敗してしまう。

 人海戦術のために、信頼できる部下を集めているときだった。

 黒い鎧に身を包んだ騎士が私の目の前に現れる。


「ハイン・ヘルヴィルシャイン……。これは一体どういうことだ?」


 『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』の総長ペルシオナ・クエイガーが部下を従えて、私のところに乗り込んできた。

 物々しい雰囲気の騎士たちに私は包囲される。


 察知されるには早すぎる。

 そう私は思った。


 まだ朝から三時間も経っていない。


 この計画を実行されて困るのは、上のやつらだけだ。そして、その上のやつらは舞台の奥にこもっていて、現場の動きなんて把握できるわけがない。それにも関わらず、私の行動を予期していたかのように総長が現れた。


 元々、こういう手はずだったかのような動きだ。

 監視されていたとすれば、この早さもわかる。しかし、監視に気づけないほど無能な私ではない。――ではないが、私でも気づけない可能性はある。


 感知魔法だ。

 遥か遠方から見張られてしまえば、流石の私でも気づけるものではない。


 いま、このフーズヤーズには感知魔法の専門家が、確かにいる。

 パリンクロンだ。しかし、彼の目的は『私の暴走』だったように見えた。彼が協力するとは考えづらい。


 真相はわからないが……どちらにせよ、私の前に戦意のある総長が現れた以上、私の取れる手段がいくつか潰されたことには変わりない。


 すぐに思考を、次に移す。

 この早さでは、増援もすぐだろう。実家のヘルヴィルシャインの騎士たちまで駆り出されるのも、時間の問題だ。そうなれば、いくら私といえど、不覚を取る可能性は増す。


「――《ゼーア・ワインド》!!」


 私は言い繕うことなく、逃亡を選択した。


 風の魔法は撹乱と逃走に向いていたのが助かった。

 総長を不意打ちで吹き飛ばし、暴風と共に、包囲の脱出を成功させる。


 総長は部下の私を、まだ心のどこかで信頼していたのかもしれない。その気の緩みが、逃亡を許してくれた可能性は高い。


 私は大聖堂から逃げ出し、フーズヤーズの路地裏を走りながら考える。


 できれば、セラ・レイディアントやラグネ・カイクヲラあたりに話をつけたかったところだ。

 二人は懐柔が容易い上に、戦力として申し分ない。優先順位の判断を間違えたと後悔する。


 しかし、後悔している暇はない。


 その後のフーズヤーズの騎士たちの追撃は適確だった。

 聖誕祭のために増員されていたフーズヤーズの騎士たちが、見回りと称して私を捕まえようと街に展開されていく。


 敵の包囲の鮮やかさに苛立ちながら、私は大聖堂から遠ざかる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。ははは……」


 息切れと共に笑う。

 決意の一つや二つしようとも、そう上手くいかない。

 どこかで都合が悪くなる。


 やはり、私はただの端の駒だ。

 主演ではない。


 その事実を噛み締めながら、私はフーズヤーズに潜伏し続ける。

 ここで少年少女に接触すれば、二人に要らぬ影響がでる可能性がある。いまは少年に少女を揺さぶっていて貰いたい。下手をして、フーズヤーズがラスティアラの迎え入れを早められては最悪だ。


 私の逃亡戦は、日を跨いでの長期戦になっていく。

 指揮をしているのが総長というのが、私にとって不運だった。総長が指示を出したことにより、手の空いていた『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』のモネさんまで捜索に加わり、何も出来なくなる。


 『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』の上位二人となると分が悪い。


 『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』との戦闘だけは避け、行動していく内に、時間だけが過ぎていく。

 少年少女の捕縛が現実的でなくなっていくのが歯がゆい。


 ――そして、翌日。


 朝になり、どうにか騎士達を振り切れないかと思考していたときだった。

 騎士たちが引いていった。


 私は少女が大聖堂に戻ったことを理解した。

 いま騎士たちが追っている私の目的は少女の捕縛。もし、その少女が連中の手の内に落ちたとすれば、彼らが無理に私を追い立てる理由はなくなる。


 少女さえいれば、ハイン・ヘルヴィルシャインは大聖堂に現れるしかない。そこを万全の体勢で迎え撃てば良い。そう判断したのだろう。


 私に残された手段は少ない。

 その中でも現実的なのが、儀式の最中に強襲すること。その瞬間だけは、少女にかかった魔法が解けている可能性がある。連中は儀式にも気を割く必要がある。


 ――だが、それこそが向こうの思惑通りなのは間違いない。


 騎士たちが引いたのを確認し、私は傷ついた身体を引きずって、少年少女の家に向かう。


 風の魔法で家の中の様子を窺う。

 少年はそこにいる。

 しかし、少女はいない。


 私は少女が大聖堂に戻ったことを冷静に受け止め、家の中の少年を注意深く観察する。

 詳しい中の様子は把握できない。

 そこまで風の魔法は万能ではない。しかし、家の中の少年がただならぬ様子で魔力を操っているのはわかる。


 その魔力の奔流から、それが大多数を相手にするための魔法であることを理解する。

 少年は新しい魔法を修練している。何らかの目的を持って、全神経を磨り減らしながら戦うための牙を研いでいる。


 少年の表情が自分とダブって見えたからだろうか、新たな盤面が薄らと見えてきた。

 明日の聖誕祭を巡る駒の配置がわかってきた。


 やはり、少年は主演。

 少女にチェックをかけるには少年という駒しかない。

 ならば、私という駒の役割は、きっと――


「は、ははは……」


 まだ自分の他力本願っぷりが治っていないことを薄く笑い、すぐに行動を開始する。

 踵を返し、フーズヤーズの大聖堂を遠目に確認できるところまで移動し、できるだけの情報を収集する。全ては少年を活かすためだ。


 おそらく、少年は明日の朝、儀式の最中に襲撃をかける。

 誰の入れ知恵かはわからないが、少女の魔法が解ける瞬間を狙っているのだろう。


 ならば、私はそれに同調しよう。


 ――私はフーズヤーズの闇に紛れる。


 全ては少年少女の物語のために。

 それだけを考えて、前に進み続ける。


 その終わりに、ハイン・ヘルヴィルシャインという駒が倒れようとも――もう構わない。



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