43.前々々日
「そろそろ、私は帰ろうと思うよ」
日が落ちて夜になり、時間がないことをアルティは意思表示した。それに対してラスティアラが頬を膨らませる。
「えぇー、もっと遊ぼうよー」
「いやいや。明日、学院の授業に顔を出さないといけないんだよ。長くは遊んでいられない」
アルティはラスティアラに対して、申し訳なさそうに答えていく。
それに呼応して、マリアも同じことを言う。
「あ、私も帰ります。やることもありませんし、せっかくなのでアルティさんと一緒に帰ることにします」
マリアは一度食事をとった後、お金を全く使っていない。
そのためか、同じくお金を使おうとしないアルティと話している時間が多かった。一緒に帰ろうとしているのは、その時間で仲良くなったからかもしれない。
「ふむ。マリアちゃんは私が責任をもって送ろう。キリストとラスティアラは、もう少し二人で楽しめばいい」
アルティが家まで送るという話になり、それをマリアは笑顔で受け入れる。どうやら、僕とラスティアラが騒いでいる間に、二人の間に友情が芽生えたみたいだ。
その後、ラスティアラがいくらかごねたものの、つつがなくアルティとマリアは帰っていった。
そして、僕たちは二人だけになり、ラスティアラは笑いながら声をかけてくる。
「マリアちゃんがいないなら、本気ではしゃぐ?」
「うーん。いや、僕もちょっと疲れてきた」
レベルによって基礎体力が強化されているとはいえ、限界はある。
「だよね。私も同じ。あとは面白そうな食べものでも探しながら、落ち着いてお喋りでもしようか」
「それが妥当なところだな。……そうだ。できれば、この世界についての話でもして欲しいかな? 僕はラスティアラ以外の人にそういうことを聞けないから、いまの状況は丁度いい」
「いいけど……。こそこそと『異邦人』であること隠しているから、そうなるんだよ。別に、そのぐらい隠すことないんじゃない?」
「過去に例がないんだ。ばれると、何されるかわからないから慎重にもなる。……だから、こんな人混みでその単語を出さないでくれ」
ラスティアラは人ごみの中で、堂々と『異邦人』という単語を使う。
僕の世界の過去では、魔女狩りや異教徒狩りといったものがあった。現代でも地球外生命体なんてものが発見されたら、モルモットになる可能性は高い。僕の浅い知識でも、『異邦人』というのは地球外生命体と比べても遜色ないとわかる。恐怖して足踏みするには十分な可能性だった。なので、ラスティアラに言葉を慎むように訴える。
「キリストは本当に臆病だね。わかったよ。できるだけ言葉にしない。けど、マリアちゃんあたりには、早めに教えてあげたほうがいいと思うけどね」
「マリアに? なんで?」
「なんでって、『仲間』だよ? 仲間なら秘密を打ち明けあうものでしょ?」
「『仲間』だよ。けど、それとこれとは話が違う」
「へぇ、ふうん……。キリストは
『仲間』だとしても、易々と秘密を明かそうとは思わない。
そう僕が言うと、ラスティアラは嬉しそうに何度も頷いた。
僕は嬉しそうなラスティアラに不安を感じる。
このようにラスティアラが嬉しそうなときは、普通の人にとっては良からぬことを考えているときだ。僕は何を考えているかを問いかける。
「なんだよ。何か駄目なのか?」
「いやいや、駄目じゃないよ。むしろ、
ラスティアラにとって『いい』ということ。つまり、僕にとって『よくない』ことが起きるのだろう。
ラスティアラが嬉しそうに推奨することは、極力避けたほうがいい。短い付き合いだが、そのくらいはわかった。
なので、僕は前言を撤回していく。
「……機会があれば、マリアに話してみるさ。マリアは『仲間』だからな」
「え、話すの? ……まっ、それならそれでいいけどさ」
ラスティアラは少しがっかりした様子を見せた。
けれど、すぐに気を取り直して、顔を明るくする。
そして、最初に僕が持ちかけた――この世界の話を始めてくれる。
「それじゃあ、この世界について話をしようかな。ただ、そう言われても、どこからどう話せばいいか、難しいね」
確かに、その通りだ。
僕だって、僕の世界のことについて説明しろと言われても、すぐには説明できない。
「いや、一気に説明しなくていいよ。難しいだろうし、すぐに全てを理解できるとは思ってないから。身近なものから少しずつでいいんだ。例えば……、このお祭りについての話から広げていってくれたらいい。そこから風習や常識を少しずつ学んでいくから」
「このお祭りかぁ……。それなら話しやすいね。実地での経験は浅いけど、知識はちゃんとあるから」
ラスティアラは感慨深そうに、周囲を慈しみながら言葉を続ける。
「このお祭りは、ある人の聖誕祭の前祭なんだ。この前祭は一週間ほど続いて、聖誕祭当日にはフーズヤーズの大聖堂で盛大な儀式が行われるよ。神様への感謝とか、この大騒ぎで良いものを引き寄せるとか、そういった意味のあるお祭りらしいよ」
「なるほど。僕の世界でも似たようなものがあるからわかるよ。年に何回か、そういう行事があるのか?」
「そうだね。連合国の主教――レヴァン教には聖人さんがたくさんいるからね。聖誕祭だけでも三つあって、他にも神様を敬うためのお祭りがたくさんあるよ。今回は、その大きな聖誕祭の内の一つかな」
「へえ……」
風習は違えど、僕の世界と似たようなものだ。
星や根幹は違えど、人が生きていれば同じようなことを考えるのかもしれない。
「今回は聖人ティアラ・フーズヤーズの聖誕祭だね。大陸に伝わる魔法の基礎を構築したといわれる聖人で――」
「待て。さっきも気になったが……名前が、その、ニアピンしすぎていないか?」
咄嗟に話を止めてしまう。
ただでさえ、出自について色々と怪しいラスティアラだ。その聖人と名前が似ていることから、嫌な予感を感じてしまうのだ。
「そりゃそうだね。その聖人ティアラは、『私』だもん」
そして、ばっちりとラスティアラはその嫌な予感に応えてくれた。
「はあ……」
いくらか予想はしていたため、ショックは抑えられている。それでも、面倒なことには間違いない。僕は溜息を一つついたあと、ラスティアラに話の続きを促す。
「もちろん、当人そのものじゃないよ。なにせ、数百年前の人だからね。ただ、肉体が、
「肉体がそのものって……。それだけでも、恐ろしいことだよ。なにそれ、この世界じゃ魔法とかでそういうことができちゃうの?」
「うん、できちゃう。膨大なお金と、膨大な時間と、膨大な魔力をかけてみると、かの聖人と同じ肉体を作ることができちゃったみたい。いやぁー、人間の業って怖いねー」
恐怖と同時に呆れ返りもする。
結局は、僕の世界のクローン技術や細胞操作の技術と同じということだ。文明は違えど、考えの行き着くところは似たようなものらしい。
「魔法ってそこまでできるのか……。で、何のために聖人ティアラの肉体を再生したんだ。もちろん、何かの目的があったんだろ?」
「うーん、もちろん色んな目的があるよ。けど、これ以上は教えられないなぁ。これ以上教えちゃうと、私のミステリアスで面白い部分まで、説明しちゃうことになるからね」
ラスティアラは自分のことになると、途端に出し惜しみをし始める。前も言っていたことだが、少しずつ正体が明かされていくことにロマンを感じているようだ。
ただ、ここまでくると気になるので、先ほどのラスティアラの言葉の揚げ足をとる。
「おい。『仲間』なら秘密を打ち明けあうものじゃなかったのか?」
「うん、そうだよ。私もそう思ってるよ。だから、こうしよう。キリストが『渦波』であることを、きちんとマリアちゃんに教えられたら、私も『私のティアラ』についてちゃんと教えてあげる」
「ぐっ、そうくるか……」
先ほどは、時期が来たらマリアに話すと言ったものの、その時期は決めていなかった。できれば引き伸ばそうと思っていただけに、この取引は厳しい。
「わかった。けど、タイミング計るから、結構後になると思うぞ」
「今日にでも言えばいいのに。キリストはヘタレだなぁ」
「ヘタレじゃないっ。急にこんな話されてもマリアが困るだろうが。いまマリアは色々とショックを受けている時期なんだよ。奴隷になって、色んなものを失って、僕の事情なんて聞かされても困るだけだろ」
「ふふっ。キリストがそう言うのなら、そうなんだろうね。お好きにタイミングを引き伸ばせばいいよ」
僕が必死にマリアの状態について説明すると、ラスティアラは生暖かい目で僕を見守る。
「ああ、好きにさせてもらう。ただ、そのときは絶対に、おまえも教えろよ」
「もちろんだよ」
ラスティアラと約束を取り付けたところで、僕は物珍しい食べ物の屋台を見つける。辛そうな臭いのする油で揚げた木の実だ。僕は食べたことのない類の食べ物だと思い、ラスティアラに並ぶことを提案する。
二人で買った木の実を食べながら、ラスティアラと歩き、話を続ける。自分のことは話せないが、歴史などを話すのは好きなようだ。
「いま『私のティアラ』のことは教えられないとしても、『昔のティアラ』については教えてあげられるよ。過去の偉人を知れば、おのずと世界のことも知ることができるから丁度いいね」
「へえ、聖人ティアラっていうのはそんなに偉大な人物なのか?」
「偉大も偉大。色々な基盤を作った人だよ。なにせ、この人が最初の魔法を創ったからね。あとフーズヤーズもこの人が作った」
「それは、すごいな……」
「他の聖人さんも凄いよ。大抵は国を作ったり、世界を救ったりして、歴史を動かしてる」
「世界救うのか……。聖人って人間だよな……?」
「人間だよ。ただ、聖人さんは聞こえない声が聞こえるらしいよ。その声を聞き、この世にない知識を持って、大陸に奇跡をもたらす。結果、多くの人々が救われるから、そりゃ、聖人と呼んで崇めたくもなるわけだね」
聖人の定義も僕の世界と似通っているようだ。
ただ、僕は詳しくないので、僕の世界の聖人というものがどういう存在か、はっきりとは記憶していない。高潔な人が何かしらの条件を満たせば呼ばれるのかなと、漠然に思っているくらいだ。
こっちの条件は『聞こえない声が聞こえる人』らしい。
「聞こえない声って、神様の声みたいなものか?」
「いや、彼らに聞こえるのは、大陸の真ん中に生えてるでかい樹の声……だったはず。
確かに、僕たちは特殊な事情を抱えているため、聞こえても不思議ではない。機会があれば試してみたいと思ってしまう。その声から知識が得られるのなら、試す価値は十分にある。
「なあ、その
「遠いよ。なんだかんだで、連合国は大陸の辺境だからね。本土中心にあるフーズヤーズ
確か、僕が図書館で得た知識では、フーズヤーズ本国までは海を隔てた上、かなりの距離がある。何日もの旅を覚悟しないといけないほどだ。
ちなみに、この連合国に属する五国の本国は、どれも連合国から遠い。どれもが大国なので、大陸の端に首都を構えるなんてことはないのだ。実質、連合国に参加する条件というのは、派生国を僻地に構えても痛手にならないことに他ならない。
「残念だな。近ければ、その声を聞いて奇跡の力でも貰おうと思ったんだけど」
「そうだね。私だったら、聖人ティアラと同じで、全ての魔法の基礎となる知識が貰えるかもしれないのに」
僕とラスティアラは肩を落とす。
僕は冗談半分だが、ラスティアラは本当に声が聞こえるのを前提として話しているように見える。
ラスティアラは気落ちしたのも束の間に、すぐに顔をあげて話を続ける。相変わらず、立ち直りが早い。情緒が不安定で、人を不安にさせるやつだ。
「聖人ティアラについて話したから、次は彼女の創り上げた九属性の魔法について話そうかな。魔法について詳しくなることは、戦いを生業としている私たちにとって重要だからね」
「感覚で魔法を使っている僕にはありがたい話だな。僕の
ゲームなどで魔法の存在はあったものの、その歴史を学ぶのは新鮮だ。
ただ、それを聞いたラスティアラは目を異様に輝かせる。
「――ん、魔法そのものがないの? キリストんところ」
「ああ、魔法もモンスターもいないよ」
「すご! 私は逆にそっちの話を聞きたいな!」
「え、僕は魔法について教えて欲しいんだけど――」
「そっちの話のほうが面白そう!」
魔法の話の続きを聞きたかったが、ラスティアラの興味が完全に僕の世界へ向いてしまい、僕は困り果てる。
こうなったラスティアラを説得するのは骨が折れる。
僕は仕方がなく、僕の世界の魔法に代わる科学について話し始める。
ある程度科学について話したあと、次は僕の世界の英雄の話をしてあげた。
ラスティアラは英雄の話のほうが好みだったようで、僕の世界の英雄譚を楽しそうに聞く。聞いてくれる人が楽しそうだと、聞かせるほうも楽しくなってくる。僕は調子に乗って、僕の世界の歴史をラスティアラに喋り続けた。
そして、十を超える英雄譚を語り終え、買い食いも同じ数を上回ったあたりで、ようやく、僕とラスティアラは自宅に戻った。もちろん、九属性の魔法については全く話ができなかった。
自宅に辿りついたあとは、皆疲れ果てていたのか、マリアもラスティアラもすぐに眠りについた。僕を含めた全員が、お祭りに満足し、頬を緩ませながら――
◆◆◆◆◆
お祭りを楽しんだ翌朝。
リビングで朝食をとっていると、マリアが意を決した様子で迷宮への同行を願ってきた。
「私も迷宮に行かせてください……!!」
「え、え? マリアは家で食事を用意してくれるって話になったじゃないか」
僕は困惑した。
相談の末、ようやくマリアのポジションも落ち着いてきたのだ。ここで、またマリアが迷宮に関わろうとするのは予想外だった。
「す、少しでいいんです。試させてください。私、この二日で強くなりましたから……」
「強く?」
それは僕の見ていないところで修練していたということだろうか。つまり、マリアは迷宮探索を諦めていなかったことになる。
相変わらず、マリアの考えていることがわからない。女心は秋の空とはいえ、ここまで移り変わりが早いと全くついていけない。
僕が頭を悩ませていると、ラスティアラが後ろから小さく声をかける。
「キリスト、マリアちゃんのスキルを見て――」
僕は言われるがままに『注視』する。
【ステータス】
先天スキル:炯眼1.45
後天スキル:狩り0.67 料理1.08
「か、火炎魔法……?」
マリアのスキルに『火炎魔法1.00』が増えていた。
少し前まではなかったスキルだ。
その事実に僕は酷く驚く。
この世界で色々な人のスキルを見てきたが、スキルが増えた人間を見たことはまだない。話に聞く限りでも、スキルが増えるなんてことは一生に一度あるかないかという話だった。
僕が口を開けて驚いていると、マリアは僕の驚きを察して火炎魔法について話し始める。
「あ、ご主人様は見えるんでしたね……。その通りです。火炎魔法を教えてもらって、ずっと練習してました……」
「教えてもらって……?」
「はい、アルティさんに教えてもらいました」
「あいつが?」
その答えで、僕の中の疑問が氷解していく。
ディアにも手ほどきしていたアルティだ。切っ掛けがあればマリアやラスティアラにだって同じことをしてもおかしくはない。
――しかし、タイミングが最悪過ぎる。
ようやくマリアが迷宮を諦めかけていたというのに、こんな蜘蛛の糸のような希望を与えられるのは迷惑なことこの上ない。
おかげで、今日マリアは僕たちについてくる気満々だ。
「アルティさんに二十層でも通用する魔法を教えてもらいました。他にも魔法の使い方やコツなどを色々と……」
本当に余計なことを……!
教えるのなら僕に教えればいいのに、なんでマリアに教えるんだ。あいつは……!!
「教えてもらったって、使える魔法が増えたのか?」
「はい。もう《フライファイア》だけじゃありません」
「それって、魔石を貰ったってことだよな?」
「……はい。魔石を、
最後の応答で、マリアは少しだけ口ごもった気がする。
魔石が高い代物と理解しているから、貰ったことに罪悪感でも抱いているのだろうか。
「確かに、魔法が増えたのなら、どんなものか見てみたいけど……」
増えた魔法によっては22層のリオイーグルへの対抗手段が手に入る。
そこまでマリアを連れて行くのは現実的ではないが、
「お願いします。試させてください。駄目なら、すぐに戻ります」
マリアは強い意志を持った目で懇願する。
僕は返答に困ってラスティアラに目をやる。面白そうに薄く笑っている様子から、口を出す気はなさそうだ。
僕は考える。
頷けばどうなるか。
断ればどうなるか。
両者の損益を計算しようとして――途中、どうしても、
僕は最適解を諦めて、妥協案を提示していく。
「……わかった。ただ、先に浅い層で増えた魔法の確認をして、有効な戦術を組み立ててからだ。あと、マリアが安全と思える状況でなくなったら、すぐに帰る。いいな?」
「それで構いません」
マリアは力強く頷く。
その目には、迷宮で役に立とうとする決意があった。
どうすれば、その決意の炎を鎮火できるのか、僕は頭を悩ませる。
くすくすと後ろで笑うラスティアラが煩わしくて仕方がない。助言する気がないのなら静かにして欲しい。
僕はマリアから火炎魔法についての話を詳しく聞き、その有用性に驚く。聞く限り、「役に立たない」「ついてこれない」といった一言では断りきれない力だった。
こうして、僕は嫌々ながらもマリアを迷宮に連れて行くことになる。
またマリアと一緒に、迷宮へ――
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