41.迷宮の温度、戦いの温度


 僕たちは息を整えながら、23層の『正道』を歩く。


 しかし、歩けば歩くほど体力を失っていってしまう。整えたい息も、上手く整ってはくれない。23層の温度が先ほどの22層と比べて、異常に高いのだ。


 ラスティアラは服の前衿をはためかせて、うんざりとした表情を作っている。僕の数倍は汗をかいているのが遠目でもわかる。どうやら、彼女は汗っかきのようだ。


「熱い、熱い熱い熱い。……キリスト、水」

「はいはい」


 僕は袋を使って『持ち物』から皮の水筒を取り出して渡す。朝、ラスティアラから預かったもので、なかなかしっかりとした造りだ。


 ラスティアラは何の迷いもなく、水をがぶ飲みしていく。

 飲み方にも性格が出ていると思いながら、僕は23層について聞く。


「なあ。なんで、23層はこんなに熱いんだ?」

「んー。24層にはマグマが流れているからだよ」

「マ、マグマ? 見たのか?」

「いや、うちに遊びに来る探索者から聞いたんだよ。私は23層までしか知らないよ」

「24層まで行った探索者と知り合いなのか?」

「有名人のグレン・ウォーカーだね。最強探索者とか、言われてるやつ」


 グレン・ウォーカー。

 確か、迷宮攻略の最高記録保持者の名前だ。けれど、僕の聞いた話では、彼が探索したのは23層までだったはずだ。


「その人は23層までしか行ってないって聞いたけど」

「正確には、23層までしか『正道』を引けなかった、だね」


 つまり、巷で噂になっている23層と言うのは、『正道』を引いたことを表しているみたいだ。『正道』を引くという条件がなければ、最強の探索者グレンさんは、もっと奥まで行けるらしい。


「なるほど。ラスティアラが詳しいわけだ。世界トップの探索者から、色々と話を聞いてるんだから」

「んー、まあ。私の情報源が、ほぼあいつなのは確かだね」

「で、その人、どんな人なんだ?」


 僕は浮かれてグレンさんについて話を聞く。

 どうも、『最強』という称号に僕は弱いようだ。ゲーム好きでロマン好きな人間として、グレンさんという人物にはとても興味があった。


「どんな、って……。私好みの可哀想なやつとしか表現できないなー。どこまで行っても、自分の欲しいものは手に入らないという面白い人生を歩んでて……。あれで才能があれば、もう少しマシになるはずだけど……」


 ラスティアラにとって、グレン・ウォーカーという人間は恵まれていない部類のようだった。てっきり僕は、才能に溢れ、世界に愛され、何もかも思い通りにしているような人間だと思っていた。

 僕の思い描いている『最強』とは逆だ。


「へえ、そうなんだ……」

「気が弱くて、未練がましくて、自虐が大好き。駄目人間だけど……まあ、強いよ」

「いや、全く強そうに聞こえないんだけど」

「実際、すごい強いわけでもないし……」


 僕の中の『最強』が崩れていくのがわかる。

 この世界の最強さんは、僕の期待に応えてくれそうにないようだ。


 さもしい現実にがっかりしていると、魔法《ディメンション》が『正道』の終わりを見つける。

 23層は敵が『正道』に寄って来ないのでスムーズに事が進んだ。僕とラスティアラは、敵に遭うこともなく、『正道』の終わりまで辿りつく。


「ここがゴールか。とりあえず、今日の目標は達成だな」


 僕はいくらかの達成感を得る。

 これで僕は現行の人類と肩を並べることになった。


「よーし。それじゃあ、次は30層だねー」

「それは嫌だ」


 さらに奥へ進もうとするラスティアラを止める。


 20層からここまで、時間にすると短いものだが、初見の戦いが多くて僕は疲れが溜まってきている。さらに初見の世界である深層に行くのは、体力的に憚られた。


 その旨をラスティアラに伝えたが、当然納得してくれない。


「えー、まだまだ行けるって! ほらっ、こんなに私元気!」

「そう言うと思ったよ。なら――」


 結局、今日は間をとって23層の探索を中心にすることにした。

 ここからは『正道』の道標がない以上、マッピング作業がついて回ることをラスティアラに言うと、渋々了解してくれた。


 それを指針にして、僕とラスティアラは歩く。


 僕は『マップ』を頼りに23層の地図を埋めていく。

 幸い、23層のモンスターに脅威となるやつはいなかった。おそらく、21層22層で現れた巨大なモンスターは、この高温の層では生息できないのかもしれない。モンスターはこの高温に耐えられる耐久力のあるやつばかりで、厄介さを感じない。


 なにより、ラスティアラの攻撃力の高さが探索を優位に進める。どんなに固い敵であろうと、ラスティアラの馬鹿力の前では意味をなさないからだ。


 総合した結果、この層の狙いは、高温による探索者の消耗がメインではないかと判断する。

 耐久力重視の敵で足止めし、高温で水分を奪い、体力を消耗させる。考えようによっては、21層22層よりも問題かもしれない。


「あ、あぁ……。キリスト、水ー……」


 ラスティアラは数分毎に、大量の水を消費する。

 僕も喉が渇いて、かなりの頻度で水分補給しているが、ラスティアラほどではない。彼女の燃費の悪さは、23層において最悪の状況を生みかねなかった。


「ま、待て、ラスティアラ……。ほんっとーに、喉が渇いているのか? このままだと、あんなにたくさんあった水がなくなるほどだぞ?」

「ほんとーだってば、ほんっとーに喉が渇いてやばい」


 歩き回って数時間が経ち、僕は我慢しきれずラスティアラに聞いた。けれど、ラスティアラはふざけることなく、真剣な表情で水が欲しいと強請ねだる。


「これ以上水を消費するなら、一回帰ることになるぞ」

「え、そんなに私飲んだ?」

「ああ。朦朧とした顔で、がぶがぶ飲んでた」


 この水の消費されるスピードは、探索の計画に見直しが必要なほどだ。

 これから向かうであろう24層はマグマ地帯とのことだから、手持ちの水だけでは到底足りない。


 喉が渇いて意識が朦朧としていたせいで致命傷を食らうなんてのは御免だ。


「んー。私、汗っかきだからかなー?」

「そうみたいだな。予定の何倍もの水がないと、探索を続けられそうにない」


 僕としては、いますぐ引き返したい。

 不測の事態で失敗するならまだしも、予測された体調不良で失敗するのは嫌だ。


「……もう帰るの?」

「水なしになるぞ」

「……それは仕方がないか」


 ラスティアラは不満げだったが、喉の渇きは苦手なようで、水なしの探索を思い浮かべて顔を曇らせている。


「けど、23層も大体は把握できてきた。収穫はあったよ」

「マッピングはキリストに任せてたけど、これ、本当にちゃんと帰れるの?」

「そこは心配するな」


 『マップ』システムの全てを説明すると長くなるので、ラスティアラには道を暗記できると伝えているだけだ。ラスティアラは朦朧とした状態で歩き回っていたため、帰り道が全くわからず不安になっているようだ。


 僕はラスティアラの不安を打ち消すように、しっかりとした足取りで来た道を戻る。



◆◆◆◆◆



 探索を切り上げた僕たちは、20層にある魔法《コネクション》に向かった。


 帰り道、多くのモンスターに襲われたが、対応できるモンスターばかりだったので問題はない。

 ただ、問題があったのは、何もないはずの20層。


 僕は魔法《ディメンション》に引っかかりを感じて、20層に入る前に魔法を使って様子を調べる。


 そこには女の子の騎士が一人。

 そして、青みがかった毛並みの狼が一匹いた。


 20層まで辿り着ける騎士――おそらくは、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』だろう。

 僕は21層から魔法の感覚を伸ばし、女の子の騎士たちを『注視』する。



【ステータス】

 名前:ラグネ・カイクヲラ HP152/153 MP34/34 クラス:騎士

 レベル16

 筋力3.22 体力3.91 技量11.23 速さ5.22 賢さ7.12 魔力1.52 素質1.12

 先天スキル:魔力操作2.11 

 後天スキル:剣術0.52 神聖魔法1.02


【ステータス】

 名前:セラ・レイディアント HP252/256 MP43/101 クラス:騎士

 レベル21

 筋力6.23 体力7.92 技量8.89 速さ10.02 賢さ5.60 魔力7.77 素質1.57

 先天スキル:直感1.77

 後天スキル:剣術2.12 神聖魔法0.89



 女の子の騎士はラグネ、狼はセラという名前だった。


「え? あの狼、レイディアントさんなのか?」


 その事実に驚き、僕は口に出してしまう。


「キリスト、立ち止まってどうしたの?」

「いや……。20層にレイディアントさんらしき狼がいるんだ。あと、ラグネって子も」

「それって、うちの女の子二人じゃん。がんばれー、キリスト」

「まあ、負ける気はしないけど……」


 ラスティアラは大したことでないと思っているのだろう。

 実際、僕もそうだ。

 僕たちは軽い様子で20層に上っていく。


 20層に入ると、中心に陣取っていた騎士がこちらに礼をする。

 昨日と同じだ。


「お嬢、ご無事っすか?」


 ショートカットの女の子の騎士が軽く礼をして、ラスティアラの安否を気遣う。

 背は僕よりも少し低い活発そうな女の子だ。絶世の美人とまではいかないが、顔のつくりは整っており、年相応の可愛らしさを持っている。上には半袖の上質なシャツを、下には異様に長いスカートを穿いている。その長いスカートの上に、腰布を何重にも巻いているものだから、下半身だけすごく重そうだ。


「ラグネちゃん、お久しぶりです」


 ラスティアラは女の子をラグネちゃんと呼んだ。

 年下に見えるので、ここは僕もラグネちゃんと呼ぼうと思う。


 ラスティアラとラグネちゃんは話を続ける。


「それで、ラグネちゃん。どうしてここに?」

「ホープスのおっさんから聞いたっす。くだんの少年は迷宮探索者で、20層あたりにいると」

「ああ、そういうことですか」


 ラスティアラが小さな声で「あのおっさん、いらんことを……」と言っているのを僕は聞き逃さない。


「いやあ、本当は聖堂でゆっくりしたかったんすけどね……」


 ラグネちゃんは、隣にいる狼に目をやりながら苦笑いする。

 その目線を感じた狼は、わんと一声吼える。


「え? ああ、はい。やりますやります。すぐやります」


 狼に吼えられたラグネちゃんは、その意を感じ取って、すぐに剣を抜く。

 僕は気になって、小声でラスティアラに聞く。


「あの狼はレイディアントさんでいいんだよね?」

「うん。レイディアントは血の濃い獣人だからね。魔法でラグネちゃんにだけ話しかけてるみたい。こっちは『目』があるから、丸わかりなんだけど、面白いからわからない振りをしよう」

「……そうしようか」


 下手に指摘して、うるさいことを言われるのも嫌だ。あれが彼女にとっての『顔を見せない』なんだろう。そっとしておこう。

 僕は剣を抜いて、ラスティアラの前に立つ。


 すると、目の前のラグネちゃんは懐からメモのようなものを取り出して、読み上げ始める。


「え、えーと、我が名は騎士ラグネ・カイクヲラ。キリスト・ユーラシアに、お嬢様を賭けての決闘を申し込む。ルールは以前、セラ・レイディアントと行ったときのものと同じだ。いざ、尋常に勝負しろ――っす」


 うん、やる気ないな。

 なんというか、体育会系の部活で、後輩が先輩に無理やりやらされている空気だ。


「うん、それでいいよ。けど、一つだけ変えて欲しいんだ。こっちの報酬に、他の騎士を連れてこないことを足してもいいかな?」

「あ、いいっすよ。あと、できれば傷一つついたらすぐに終了で。こんなことで大怪我したくないっすから」

「もちろん、いいよ」


 ラグネちゃんはすんなりと頷いて、さらにルールを足した。どうやら、この子は乗り気じゃないようだ。それに対して、隣の狼が呻り声をあげている。ラグネちゃんが怯えているので、やめてあげて欲しい。


「それじゃあ、始めてもいいっすか?」

「ああ、いいよ――」


「――ちょっと、待ってください」


 ラグネちゃんが、その似合わない豪奢な片手剣を抜いたところで、ラスティアラが口を挟む。


 僕はどうしてかわからず、ラスティアラに目を向ける。すると、ラスティアラは小声でこちらに話しかけてくる。


「キリスト。いま、すんなり受けた『傷ついたら負けのルール』、かなり不利だよ。あの子は、それに特化してるから」

「へ? でも、あの子、ステータスが低いけど?」


 ラグネちゃんのステータスは、これまでのどの『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』よりも低い。ラスティアラが表情を険しくするほどの何かも感じない。


「変則的な『数値に表れない数値』が出る子なの。……これ以上は贔屓すぎるから言わないけど、『初手』で負けないように」


 ラスティアラの目は真剣だった。

 対騎士戦において、彼女はずっと楽観した様子だったが、『傷ついたら負けのルール』をラグネちゃんから受けたことだけは楽観できないようだ。


 『初手』。

 ラグネちゃんは変則的で、ステータスを上回るような、意外性のある『初手』攻撃をしてくる。


 すごい贔屓してもらってるなぁ……。

 ここまで教えてもらって負けるわけにはいかない。僕は魔法《ディメンション・決戦演算グラディエイト》を強めに展開する。


「じゃ、そろそろいいっすか?」

「ああ、もう大丈夫」


 お互いに確認をとり、剣を構え、礼をする。

 そして、決闘開始。


 僕はすぐに補助魔法を展開しようとして――


「魔法《フ――っ!?」

 

 正体不明の刃が、僕の喉に伸びてきた。

 それの伸び始めを魔法《ディメンション・決戦演算グラディエイト》で把握していたので、手に持った剣を振り上げることで、軌道を逸らして避けることに成功する。


 そして、その刃の正体を確認する。

 ラグネちゃんは手にある豪奢な片手剣を、ぴくりとも動かしていない。もう一つの空いた手から、固形化された魔力の刃が伸びてきていたのだ。目で見てかわしたのではない、魔法でラグネちゃん全体を俯瞰していたから気づけた。


 普通に戦えば、騎士ということから剣に目が向いていただろう。だが、僕の魔法の特性とラスティアラの助言のおかげで、傷を負わずに済んだ。


 初手を弾かれたラグネちゃんは、すぐに魔力の刃を引っ込めて、焦った顔をする。


「げっ。綺麗に避けられたっす」


 そして、息をつく間もなく、ラグネちゃんの二撃目三撃目が襲い掛かる。


 それを僕は剣先で逸らして、いなしていく。

 間合いは十メートルほどだが、まるで目と鼻の先で戦っているような気がしてくる。


 常に放たれ続けるレーザー銃を相手にしているような感覚だ。

 だが、ラスティアラの言うとおり、気をつけるのは『初手』だけだ。

 種さえわかっていれば、僕の敵ではない。


 ラグネちゃんの技は、まるで洗練されていない。

 簡単に言えばセンスがない。まるで、『当て感』がない。


 その伸びる剣にも慣れてきて、僕が攻撃を弾きながら距離を詰めだすと、ラグネちゃんはすぐに両手をあげた。


「あぁ、もう無理っすね。負けっす。ここまで有利な条件で負けたのは、初めてかもっす」


 どうやら、このまま続けても勝機がないと判断したようだ。

 ラグネちゃんは豪奢な剣を、乱暴に地べたに放り投げて、降参の意思を示す。


「うん、面白い勝負だったよ。ありがとう」

「いや、こちらこそっす」


 そして、距離を詰めて、お互いに良い笑顔で握手をする。

 なんだか、体育会系のノリだ。


 奥でラグネちゃんの先輩こと、レイディアントさんが吼えまくっているが気にしないでおこう。


 後ろの狼に文句を言われ続けるラグネちゃんは、半笑いで狼に答える。


「えぇー、仕方がないっすよ。このお兄さん、強いし優しそうだしかっこいいし、何か問題あるんっすか? もしお嬢が先にいなけりゃ、私が惚れちゃうまであるっすよ?」


 だが、それに対して狼はわんわんとけたたましく吼え続ける。

 ラグネちゃんはそれを翻訳して口に出す。


「え、えーっと? ――「あの可憐で麗しくて純真無垢、まるで穢れの知らぬ初雪で作られた花の一輪のようなお嬢様が、こんな男なんぞに奪われるなどあってはならない」? えぇー、お嬢は結構腹黒いやつなんっすけどねぇー」


 それを聞いたラスティアラが反応する。


「あぁ、ラグネったら酷い。私はいつも素直にあるがままを喋っているだけなのに、腹黒いだなんて……。涙がこぼれてしまいそうです……」


 ラスティアラはラグネちゃんの言葉に傷ついた振りをして、およよと言いながら泣き崩れる振りをする。

 すると、吼えていた狼が、ラグネちゃんに噛み付き始める。


「う、うわ! 先輩やめてください! ほら、お嬢のこういうところが黒いんっすよ!」


 いくらか狼とラグネちゃんが戯れたあと、ラスティアラは約束を厳守することをラグネちゃんに確認する。

 ラグネちゃんは騎士として、誓いを破ることはないと宣誓した。


 そして、興奮している狼を落ち着かせ、ラグネちゃんはここから去ろうとする。


「――それじゃあ、お嬢。またっす。かっこいいお兄さんもまたっす」


 サバサバとした様子で、そのまま19層の方に歩き出した。


 僕たちには魔法での移動があるため、それについていかず、見えなくなるまで手を振って見送った。


 こうして、僕は三度目の『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』をクリアしたのだった。




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