第13話 魔法戦闘演習――1

 入学式の翌日。

 朝10時くらいになると、俺は最初の授業を受けに校内の訓練場へと向かった。


 こんな時間に登校しているのは、一限を空きコマにしているからだ。


 お母さんはこう言っていた。「一限は絶起のもと」と。

 一人暮らしの学生が朝一番の授業など入れようもんなら、寝坊を繰り返し、しまいには遅刻や欠席の累積で単位取得条件を満たせなくなる。

 そんな「絶望的起床」――いわゆる絶起をしてしまうのがオチなので、可能な限り一限は入れるなと言うのだ。


 もちろん、必修などのせいで一限を避けようがないケースもなくはないのだが。

 そういったものを除けば、基本的に授業は二限以降に固めるようにしている。

 ちなみに今日起きたのは朝9時なので、一限を入れてたら危ないところだったな。


 これから受ける授業は「魔法戦闘演習」という科目。

 内容は、ペアを作って毎時間模擬戦闘をしていくというものだ。


 こういった授業では、戦闘能力が近い者同士がペアを組んだ方が安全かつ効率的に演習を積むことができる。

 そのためまず最初の授業では、全員の現時点の戦闘能力の測定が行われるようだ。


 測定項目は防御能力と、あと一部の生徒の攻撃能力。

 防御能力については全員測定するが、入学試験で攻撃魔法試験を選んだ生徒に関しては攻撃魔法の採点は済んでいるので、クリエイティブ試験を選んだ者だけ攻撃能力も測られることになるようだ。


 授業のチャイムが鳴り、先生が軽く説明を済ませると、早速防御能力の測定が始まった。

 やり方としては、「まず先生が弱い魔法を放ってそれを生徒が防ぎ、上手く防げた場合は先生が段階的に強い魔法や速度の速い魔法、発動の早い魔法を放ち、それも防げるか試していく」という方法がとられるそうだ。


 測定は来た順に行われるようで、俺は割と始業ギリギリを狙って来たため、順番が最後になってしまった。

 別に他の生徒の測定の様子など見ていても退屈なので、内職・・でもすることにする。


 俺は収納魔法で「応用魔素量子論」の本を取り出すと、自分の番が来るまで読みふけることにした。

 流石にもう何回も通しで読んだ本なので、今ではだいぶスムーズに読めるようになっている。


 そういえば……この本の最初に出てくる基本定理に「魔素は波と粒子双方の性質を持つ」というものがあるのだが。

 波としても振舞うってことは、相手の魔法に逆位相の魔素をぶつけたら、理論上どんな魔法も完璧に打ち消すことができることになるよな。

 せっかく防御能力の測定の授業なんだし、先生の攻撃魔法相手にそれができるか試してみるか。


 ぶっつけ本番で上手くいくかは知らないがな。

 などと考えつつ、俺は自分の番が来るのを待った。



 20分ほどすると、俺の番が来た。


「次は……ハダル。ああ、例の特待生か」


 先生に呼ばれたので、位置につく。


「お前なら、今までの測定で放った中で一番強い魔法から始めて問題ないな。その方が時短にもなるし」


「……え」


 ……大丈夫なのか?

 見てなかったから、「今までの測定で放った中で一番強い魔法」がどんなレベルか存じ得ないのだが。

 いきなりメチャクチャ強力なのが飛んできたらどうしよう……。


「では、始め!」


 疑問に思っている間にも……先生はそう言って、魔法発動のため体内の魔力を動かし始めた。

 交渉の余地はないようだ。


 仕方がないので、こちらもとりあえずできることをやることにする。


 ええとまずは……相手の魔法に含まれる魔素の振る舞いを解析しないと。

 そう思い、俺は「魔素位相解析」という魔法を発動した。


 相手の情報が得られたら、あとはその逆位相の魔素の振る舞いを発生させてぶつけるだけだ。

 俺はそれを発生させると、先生の魔法にぶつけた。


 結果……俺の魔法と先生の魔法は完全に相殺され、魔法現象は何も起こらずじまいとなった。

 とりあえずこれで、仮説は立証されたな。


「あれ……魔法が……不発……? いや待て冷静になれ俺。すごい特待生が相手だからって緊張するな。教師が魔法発動失敗など不甲斐なさ過ぎるぞ……」


 一方で……先生は、今の事象を自身の魔法発動失敗だと捉えてしまったようだ。

 先生は動揺する自分を、何とかして落ち着かせようと深呼吸を始めだす。


 いや、今のは先生のミスではなく、れっきとした俺による防御なのだが。

 この調子で行くと、最悪俺の評価がつかない……なんてことにはならないよな?


 などと考えている間に、先生は落ち着きを取り戻したようだ。


「気を取り直して……もう一発!」


 再度、魔法の発動を試みる先生。

 さっきと同じ要領で、俺はその魔法を打ち消した。


「クソッ……なぜだ!? もう一回!」


「もう一回!」


「……もうい……」


 何度も何度も、魔法の不発を自分のせいだと思い込み、深呼吸しては新たな攻撃魔法を発動しようとする先生。

 しかしそんな先生も……5発目くらいになると、次第に違和感を覚えだしたようだ。


 先生は何かを察したようにこう聞いてきた。


「ハダル……まさかお前、俺の魔法の発動を妨害したりしてないだろうな?」


「え……最初からずっとやってますけど」


「……な!?」


 答えると、先生は困惑してなんとも言えない表情を作った。


「なんでそんなことができるんだよ!」


 一瞬遅れて、先生は勢いよくツッコんだ。


「魔法陣への妨害って、天才と呼ばれる魔法使いが晩年になってようやく習得するようなものだぞ? それも対象は、発動までに長時間かかる大規模魔法だけだ! こんな一瞬で術式を構築できる魔法を消せるなんて聞いたこと無い!」


 そして……なぜか俺は、やってもない技をやってのけたことにされてしまった。

 俺がやったのは魔素そのものの打ち消しであって、術式阻害といった類のことではないのだが。


「いやこれ、逆位相の魔素をぶつけて魔法そのものを消してるだけなんで全然大したことないですよ……」


「言ってる意味が全然分からないんだが。少なくとも、未知の魔法理論を一から構築して実戦に落とし込むことは、絶対に『大したことない』部類には入らないぞ」


 と言われてもなあ……。

 使ってみて分かったんだが、実はこれ、実用できたところであんまり有用じゃないんだよな。


 そう思った理由は一つ。

 消費魔力量という点においてこの防御方法は、魔法陣の弱点を突いて術式を無効化する方法の完全下位互換なのだ。


 簡単に例えるならこうだ。

 魔法の相殺をたき火の消火に見立てるとすると、逆位相の魔素をぶつけるのは、燃え盛るたき火に水をかけるようなもの。

 それに対し、魔法陣に対する妨害をするのは、着火剤に水をかけてそもそも火が点かないようにするようなものだ。

 当然、この両者を比べるなら、必要な水の量は後者の方が圧倒的に少ない。

 そしてここで言う水とは魔力の比喩である。


 そんなわけで、相手の攻撃魔法に対応する無効化魔法があるケースでは、そっちを使った方がマシと言わざるを得ないのだ。


 もちろん、あらゆる魔法に対となる無効化魔法が存在するわけではない。

 術式妨害で無効化できないものについては、完全に相殺しようと思ったら逆位相の魔素をぶつけるしか方法はないだろう。

 そういう意味では、汎用性という点だけはこちらに軍配が上がるかもしれない。


 しかしそんな魔法なんて、闇属性魔法や呪い系統の魔法のごく一部しかないので、汎用性の高さがそこまでデカいメリットかというとそうとも言えないのが現実だ。


 そして先生はあたかも「術式無効化ができるのは発動に時間がかかる魔法だけ」みたいに言ってるが、「魔法の解析→対処」というプロセスは両者変わらないので、逆位相の魔素をぶつける暇があれば同じ時間で術式無効化魔法も組むことができる。

 なので、スピード面において逆位相の魔素をぶつける方法が特に優れているかというと、そういうこともないのである。


 だいたいこの魔法、未知の魔法理論を一から組んだわけじゃなく、古代の魔法理論を安易な発想でちょっと応用しただけだしな。

 現代で知られてないとしたら、その理由は間違いなく「あまり有用でないため廃れた」からだろう。


 つまり、無駄な車輪の再発明だったというわけだ。

 ま、頭の体操にはちょうどよかったがな。


 などと思っていると、先生はこう結論づけた。


「まあいい。とりあえず防御の測定結果は『底なし』ってことでいいだろう」


 いやよくないだろ。なんだそのガバガバ測定。

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