第126話 変わらない未来に at 1995/7/16



 ――どれくらい時間が経ったのだろう。




(もう……こんな時間、か)




 のろのろと胸ポケットからスマホを取り出し、時刻を見る――十八:〇〇。どうりであたりは真っ暗なはずだ。公園内に点在する水銀灯の青白い光がほのかに地面を照らしていた。


 それから僕は、純美子がいたはずのベンチをそっと撫で、鉛のように重いカラダを動かして緩慢な仕草で立ち上がった。一切の感情と表情を失くしてしまった僕の顔を煌々こうこうと照らすスクリーンをぼんやりと見つめ、指が覚えている動作どおりに動くのを眺めていた。




『選択を承認しました』




『現実乖離率が確定しました』




『過去あなたの行動:河東純美子からの告白→承認』




『現在あなたの行動:河東純美子への告白→否認』




『今回の現実乖離率:0パーセント』




(どうがんばっても、結果は同じ……未来は変わらない、ってことなのかよ……)




 怒りすら湧かなかった。

 感情が波立たない。

 動かない。




 決して僕は。未来を経験してきた僕は。

 きっとうまくいくはずだとうぬぼれていた訳ではなかった。






 でも――だからって――。






(なんだかよく覚えてないや……はは……ははは……)



 果たしてあのあと、純美子はどうやって帰ったのだろうか。その時、僕は何か声をかけたのだろうか。去り際の純美子は、一体どんな表情を浮かべていたのだろうか。どんな感情を?



(……帰らないと、な)




 よろよろと僕は歩き出す。

 行先も、未来も見えないまま。






 闇があたりを、静かに、冷たく、無慈悲に包み込んでいく――。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 ――どれくらい時間が経ったのだろう。






「ケ――ケンタ――ッ!!」



 いきなりだ。

 いきなり僕の胸のど真ん中に、熱くて柔らかいものが飛び込んで来たのだ。



「何……何してたのよぅ……! どこに行ってたのよぅ……! 馬鹿っ! 馬鹿ケンタッ!!」


「ロ……コ……? な、なんで……ここに……?」


「なんでじゃないっ!」






 ぱしぃん!






「おばさんから『ケンタが帰ってこない』って聞いて! 凄く、すっごく探したんだからっ!」


「………………ごめん、ロコ」


「ごめん、って……! なんでそこでケンタが謝るのよ!? 引っ叩いたのはあたしだよ!?」


「だってさ――」



 ロコの平手打ちを喰らって傾いた姿勢のまま、僕は所在なく視線を這わせながら呟く。



「だってさ、ロコ……そんなにぼろぼろ泣きじゃくってるからさ。だからさ、ごめんな――」



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