第240話 私とみんなの温泉宿(1)

 フリータイムなのでとつぜん時間を飛び越えても好き放題やってもいい……ッ!

 ひどく時間が空いてしまい申し訳ありません。もりもり更新再開というわけではありませんが、よろしければお付き合いください。

 ――


 てんやわんやと奔走するうちいろいろなことに決着がついて、先輩たちの受験も終わったころ。

 ひとり暮らしをするかも? という先輩がたの物件探しになぜか一緒にお付き合いするせいで、最近は電車移動が増えていた。


 もっともほとんどの場合、私から言えることは


『どう考えても大学へのアクセスがクソすぎる』

『ひとり暮らしにダブルベッド想定はおかしい』


 くらいのことで。

 まったくふたりは本気でやってるのかなんなのか……っていうかぜんぜん電車通学できるでしょ……最寄りの国立だよ……『近いから』で選んでいいのはバ先までだよこの天才どもめ……!


 さておき。


 本題に入るとしよう。


 そう、電車移動が増えていて。

 それで、ついうっかりいつもの感じで、リルカを――無色透明の無リルカを、改札に触れてしまった。


 ら。


 世界はまるであたりまえのように灰色に沈んだ。

 だれもいない、だれもいないのに、改札が開く。


 いや、私がいる。


 私を招いている。

 それが分かる。

 リルカって交通ICとしても使えるんだぁ、とかのんきに思っていられない。


 改札のディスプレイは文字化けして読み取れない。見上げた電光掲示板もそうだ。


 ……ここで怖いよぅと退けるならもっと平和だったんだろうなと思うわけで。

 もちろん私は、ちょっぴりの不安を抱きつつも改札をくぐった。

 階段を降りてプラットホームへと向かう。

 そこには電車が止まっている。

 扉が開いているのに人の音がない。だからなんだろう、電車の音、機械音、駆動音? そういうものがとてもよく聞こえてくる。


 ええい、ここまで来たらビビっていられるか!


「え、えいやー!」


 と乗り込む。

 そのとたん扉がぷしゅうーと閉じて、がっ、たたん、がたんごとん、と灰色の電車は走り出した。


 ……もしかして私めちゃくちゃ軽率なことしてる?


 と、今更ながらに危機感を抱く。

 いったいどこへ運ばれてしまうのかと、視線を向けた窓の外は灰色一色。普段の線路と比べてどうだろう、おんなじなのか、違うのか。色がないせいでそれにも自信が持てない……いや。


 待て、待て。

 ちょっとうっそうとしすぎてない?

 こんなもりもりの森だったっけここらへん。

 ……いや違う、やっぱ違う、これ、なんかめっちゃ森の中連れてかれてるんだけど!?


 そういえば電車の中で使ったときは時間が来るまで停車しなかった……そのときはどんな景色だったっけ、えっと……覚えてない。


 いやでもこんな森では……なかったような、そんな気がする。


 これ、ど、どうしよ……?


 ―――なんてハラハラしながら揺られることしばらく。


 視界に色が戻ってくるのと、視界が晴れるのは同時だった。鬱蒼としげっていた森は遠ざかり、広がる景色は……なんというか、めっちゃのどかな田園風景。


 あ、速度緩まってる。

 プラットフォーム……これがうわさの無人駅っていうやつか。それとも色は戻ってこそいるけど、まだリルカ時間中なのか。


 たん、たん、……ぷしゅー。


 電車が止まる。

 はてさてと思いながら降り立つ。

 目の前には、ようやく読める言葉があった。

 それは駅名。

 普通にJR線ですよって感じで立ってる看板。


『きさらぎ』


 ……きさらぎ。

 きさらぎ駅?

 といえば、あの都市伝説の。

 とりあえず帰れない系の。

 

 ……もしかしてやばくない?

 

 あわてて振り返るけど電車はまだまだそこにあって、動き出そうという気配はまったくない。


 うーむ。

 大丈夫……なのか?

 戻ろうと思えば戻れそう?

 かといってこんなのどかなだけの田舎をあえて探検しようとは……さすがにちょっと怖いし……うん?


 なんかもいっこ看板がある。

 『温泉宿 きさらぎ』?

 え、徒歩5分……あほんとだ、駅の建物に隠れて見えなかったけど、えっ、ていうか大きくない?


 めちゃくちゃ豪勢な日本旅館っていう感じ。いやまあ、あんまり泊まったことないけど……でも敷地すごい広くて、なんか庭とかある。しかもあれ、もしかして池じゃない?


 うわぁ、高そう。

 値段とか書いてないかな……え、ペア料金だと10ポイントで宿泊できるん―――いやまてまて、なに当たり前みたいにリルカポイントで要求してるんだこの旅館。


 ……ということはつまり、ここはやっぱりリルカの場所っていうことか。

 あの灰色の時間停止と同じあつかい?

 スマホは圏外か……あれ、っていうかもしかして…………おおう、時間進まない。柱に時計ついてるけどこれも動いてないや。


 ううむ。

 これは……これは、さてどうしたものか。


 ◆


「というわけで温泉行きましょう!」

「おぉん。ええけど……ああ、そういやまだギリ春休みやっけ。せっかくやったら有給とるかぁ」

「おお! ノリノリですね。じゃあ行きましょっか。今」

「は?」

「今です。今。なーう」

「…………は?」

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