第228話 図書委員と私の距離感
私は毎夜毎夜にトウイと通話しているんだけど、半分くらいは音声だけでやっている。
声をきっかけにほれ込んだ彼女なので、そういう楽しみ方もありかなって。
で、今日も今日とてそうやって、彼女の声を堪能していたわけなんだけれど。
「―――そういえばさ、この前カード使ったよね。新しいの」
『ああ、はい。驚きました』
彼女に対して無リルカを使ったのはちょっと前のことだ。学校で、図書室でふたりきりになって、それはもう盛り上がった。またやりたい。
さておき。
「思ったんだけど、これも遠隔に使えるのかな」
『どうなんでしょう。使えたとしても、あまり恩恵はないように思いますが……』
わたしは直接お会いしたいですよ。と彼女はなんとも可愛らしいことを言ってくる。
まったくもってその通りだ。
だけど気になるとやってみたくなるわけで。
それになんだか、使えるような気はするんだけど……なんだろう、なにか、ただ電話越しに声だけが二人だけになるみたいな、そういうことでもない気もしているんだ。
というわけで。
「一回使ってみていい?」
『はぁ。ユミカさんがおっしゃるのなら』
「じゃあ、えい」
電話越しに彼女に触れる。
その瞬間世界が灰色に染まって―――
「え、きゃああ!?」
「は、え?」
そして悲鳴が降ってくぐえっ!
「うぅ……」
「ふぐぅ……」
な、なんだ。
なにか、っていうか声的にトウイなんだけど、でも、どうして電話越しの彼女の重さを感じるっていうんだ。
「はっ、す、すみません!」
「いやいや、まさかこうなると、は、……」
どうやら無リルカはこんな風に強引にふたりきりを作り出してしまうらしい。
そんな理解とともに振り返った私は絶句した。
言葉が出ない。
だって、そこには。
そこには、その。
ね。
……う、生まれたままのと、うい、が……
「な、なななん、え、」
「え―――きゃああああああああ!?」
甲高い悲鳴を上げて身体を抱くトウイ。
ベッドから転げ落ちて身体を丸めるけど、うん、背骨きれいだなぁ……
それにしてもトウイは悲鳴も可愛いんだね。
なんて現実逃避してる場合じゃない!
「と、とりあえずこれ!」
「わ、あ、ありがとうございます……」
投げ込んだ毛布にくるまるトウイ。
とりあえずこれで彼女の裸体がさらされることはなくなったわけだ。
……べつに私だけだしいいんじゃないかな、とか、そういうよこしまな気持ちは隠しておく。
トウイは灰色の山からひょっこりと顔を出して私を見上げた。
「す、すみません、お見苦しいものを……」
「いやすごくきれいだったよ。素敵だった」
「ひぃ」
「にしても服は転送してくれないとかなんて不親切なカードなんだこいつは……」
どうやら遠隔使用した場合は問答無用で相手を自分の場所に引っ張ってくるらしいけど、それにしたってもっと必要なものがあるだろうに。
なんで衣服は対象外なんだよ。
カード相手に半目を向けてみる。
んだけど、なにやらトウイはひどくうろたえていた。
「…………えっと?」
「ち、違うんです!」
「なにがかな……?」
えー、その過剰反応は……えっと。
え。いやいやそんなまさか……ねぇ。
まさかその全裸がカードのせいじゃないとか。
まさかそんなはず……ない、よね?
「―――ねぇ、トウイ」
「ぴぇ」
顔を真っ赤にして涙目になるトウイに、しとしととすり寄る。
身体を背けて必死に逃げようとするのを毛布ごと後ろから抱き留めて、そっと耳元に触れた。
「もしかして……私とお話してるとき、ずっとそうなのかな」
「ぅ、」
「ねぇ。どうなの? 教えてよ」
ささやきながら、緩やかに毛布をはいでいく。
やんやんと抵抗する彼女の耳を噛んでやれば、びくっと震えた拘束が緩んで、そのすきに素早く彼女をむいた。
「やぁ……!」
「イヤなの? 私に、見られたくない?」
「あぅ、う、」
じたばたと這い出して逃げようとする彼女。
たどり着いた扉は、だけどどうやったって開かない。
ここはもう、閉ざされた空間なのだ。
「逃げないでよ。……追いかけたくなっちゃう」
「ひぅう……」
彼女の裸体に覆いかぶさる。
両腕を抑え込んで捕まえて、いやいやともがく耳元にまたささやいた。
「ねえ。もしかして、私とお話してるとき……ひとりでしてたり、する?」
「しっ、してませんッ!」
悲鳴じみた絶叫。
まあそれはそうだろう。さすがにそれは気づく。
だけど今の彼女に、そんなことを冷静に理解する余裕などない。
「た、ただこれはっ、これはその……す、すこしでも、ちかく、こえが、ほし、くて……」
「へえ。服がないと、そうなの?」
「……ユミカさんの声が、肌を、震わせるんです。心臓が、どきどきして、身体が、熱くて、」
「……そう、なんだ」
……こっちのほうがどきどきしてしまう。
っていうかもしかして私いま、すごいひどい体勢……?
う、わ。
「ま、まあそういうことなら―――」
日和って身体を離そうとする私を、彼女が反対に掴み止める。
陶酔したまなざしに肌がひりつくのを実感した。
「……いっしょに、しましょうよ」
「な、にを……?」
問いかける私に彼女はゆらりと笑った。
ぎゅっと身体に抱き着いて、彼女の柔らかなふくらみが、細やかな肢体が、熱が、熱が、私分だけの布地の向こうに、触れて。
「と、うい」
「んっ……」
「っ」
たった一声が、彼女ののどを震わせる。
もはや呼吸さえ禁忌に感じて口を閉ざす私に、彼女は言った。
「ユミカさんも、いっしょに、感じましょう……? わたしの声を、肌で、感じてほしいんです……」
「はだ、で」
ごくりと唾をのむ。
見下ろす彼女は、期待にきらきらと瞳を輝かせていて。
「……ま、ってね」
彼女と一度離れる。
そして私は。
彼女に見つめられながら。
一枚ずつ。
彼女との距離を。
なくしていく。
「うふふ」
「あ、あんまりじろじろ……見ない、で」
おかしな身体をしていただろうか。
どぎまぎする私を、彼女はゆるりと引き寄せる。
身体が重なる。
汗ばんだ皮膚が、張り付くように。
ただそうしていると、やがて体温が均されて、まるでふたりの間に境界がなくなったみたいで。
「どうですか?」
「ぅ」
そんな問いかけの声で―――理解する。
彼女の声が、肌を震わせるという感覚。
彼女の口から放たれる空気の振動が、のどの震えが、肺の動きが、お腹の動きが、私に伝わる。
それらすべてが、『声』という情報になって私を浸す。
「ねえ。どう、ですか?」
「す、ごい……きもち、いい」
「ええ。わたしも……いつもより、ずっと」
「そう、なんだ。……もっと、よくなって?」
彼女の耳元で、私の耳元で、言葉を交わす。
この幸福のひとときは、互いがやがて、声をさえ億劫と思うまでに―――
「ぬぇ」
『きゃ!』
どこかから聞こえる小さな悲鳴。
ベッドの上でひとり放りだされた私は茫然として。
それからハッとしてスマホをとった。
あ。
30分経ってる……!
いつの間に……っていうかなんか終盤けっこう危なかった気が……いやそんなことより!
「と、トウイ?」
『………………ころしてください』
「いやいやいや。ちょっと落ち着こう? ね?」
『わたしは……わたしは……度し難いヘンタイなのかもしれません……』
「そっ、んなことないから! そんなこと言ったら私のほうがずっと度し難いから!」
『ふふふ……ユミカさんはお優しいんですね……』
あダメだこれ対話拒否モードだ。
通話してるのに声が届いてない。
こんな電話越しじゃなくて直接―――いや待て今やったらまたひどいことになる可能性がある。
せめて服を、服を着ないと……
『ごめんなさい……わたしはもう、ダメみたいです……』
「諦めないで! 待って! まだ救いはあるよ!」
くっ、服ってやつはなんてもどかしいんだ!
誰だこんなもの考えたやつ!
『さようならユミカさん……わたしは、しばらく出家でもすることにしますね……』
「そんなことしたらさらに声に張りが出ちゃうよ!」
すごい気持ちは分かる。
なんかね、こう、暴走した後ってめちゃくちゃ落ち込むんだ。私が頻繁にそうなってるからすごいよく分かる。
すごいよく分かるけどトウイを尼さんにするわけにはいかない。
「いいトウイ! 今からもう一回あなたを呼ぶけど取り込まれちゃいけない……! 心を強く持って……!」
『やめてください! わたしは、わたしはもう……!』
「私はっ! ぜったいあなたをひとりになんかしない!」
『ユミカさん……!』
スマホ越しに無リルカを叩きつける。
そして再び訪れた灰色の世界で、トウイのメンタルを持ち直すための戦いが始まるのだった―――
やっぱリルカってクソだわ。
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