第215話 生徒会長と(2)
生きてるます。
よろしくお願いいたします。
―――
バ先の女子中学生にホンキで落とすと宣言をするクソ女子高生それが私。
ほんとどうしようもないろくでなしで、それでも通すと決めた以上はこのワガママをぶつける所存。
けれど、私が向き合おうという彼女たちは必ずしもワガママを振るえる相手ばかりではない。
「運命のような奇遇ですね、ユミカ」
―――シトギ先輩が、そこにいた。
バイト先からの帰り道、ほんの数百メートルの間に。
まるで街灯の死角を知り尽くすように闇に紛れて。
学校帰りみたいに制服を着て。
彼女は、いた。
「せん、ぱ」
それが運命でも奇遇でもないことなど明らかだった。
呆然とする私に彼女は背を向けて、
「少し歩きましょう」
と、夜に誘う。
その方向は自宅から逸れる方向で、首の後ろの産毛が逆立つのが分かった。
それでも私は、わずかのためらいもなくその背についていった。
ちらりと振り向いた彼女の顔は、暗闇に遮られてよく見えない。
街灯が照らすころにはもう彼女は前を向いていて。
だから思い切って、私は彼女の隣に並んだ。
しゅる、と、当たり前に絡む腕。
恋人がするように自然な動作に、弾む心臓がどうしようもなく幼稚に思える。
「……シトギ先輩」
「シズル、と。そう呼んでください。貴女は
向けられる表情は、彼女のいつも通りに涼やかで。
だからこそ、あまりにもいびつに思えて舌が怖気る。
「じゃあ。シズルさん」
「ええ。なんでしょうか、ユミカ」
なんでしょうか。
……なんだろう。
具体的に言いたいことがあったわけじゃなかった。
聞きたいことはいくらでもあって、それを探しながら、名前を呼んだ。
多分どこかで―――私の言葉が聞き入れられることを期待していなかった。
彼女はまた私のあらゆることを抑えつけるのだと、そんな風に思っていた。
少なくとも今の『恋人』呼びはその一環だとそう思える。
「そう警戒なさらないで」
と。
まるで私の思考を読んだように、ほんのわずかに目を伏せながら彼女は言う。
「もうあのように取り乱したりはしませんから」
そう言って向けられる視線は穏やかで、無条件に信頼できる気がした。
……こんな夜道で待ち伏せる相手を、だ。
「えっと。シズルさん。私は、その」
どっちにしても、あのときの続きを―――恋人の関係を求めるのが彼女だけでないのだと、そう伝えることはやっぱり怖い。
彼女でなくたって激昂してしかるべきだ。
サクラちゃんがそうしたように……先輩が、そうなったように。
少なくとも今は、彼女が納得してくれる未来は見えない。
「―――恋人が、できたそうですね」
私が意を決するまえに彼女の先制攻撃が飛んできた。
驚いて立ち止まる私を振り向くその表情は……やっぱり、どこまでも穏やかに見える。
「
「……はい」
こくりと頷く私を、彼女のまっすぐな瞳が見定める。
そっと持ち上がった手が頬に触れる。
「貴女らしい結論なのでしょうね、それは」
するりと撫で下ろす指先が、首元をさする。
いまだに残る彼女の爪痕に重なるように、彼女の爪が触れる。
ドキリと心臓が弾むけど、彼女の手は私の命を締め付けることなく、安らかに肩に置かれた。
そして―――
「っ」
降りてきた唇が、私のそれと重なる。
彼女との二度目。
あの時の暴力はどこにもない。
私は自由意志でそれを受け入れた。
「―――こうすれば、貴女は容易く受け入れるのですね」
顔を離したシズルさんは、納得を噛み締めるようにゆるりと頷いている。
まるでここまでの穏やかな振る舞いが化けの皮であるかのような言葉。
意外性は……なかった。
それでも彼女は、変わらず穏やかな様子でいた。
「
彼女の問いかけに、私は少し考える。
そりゃあ、あっさり受け入れられるわけはないだろうと思っていた。
特に彼女は……そう、熱烈なタイプだから。
「それでも貴女は望むのですか。
「……ええ」
私はうなずく。
どれだけ考えたって、それ以上はないのだ。
「先輩にも……キサラ先輩にも言ったことですが。私はそうなんです。そういう私以外にはもうなれないんです」
「その恋多きところが貴女なのだと仰るのですね」
「はい」
ひどく自己中心的である、ということに変わりはない。
シトギ先輩にこんなことを言って、いったいどんな目に合うことか……それを思えば、正直不安だってある。
けれど受け入れてもらうためには、まずなにより、ぶつけないといけない。
まっすぐに見つめる私に、彼女はしばらく沈黙して。
それからふっと空を見上げる。
月光が眩そうに目を細めながら、そしてぽつりと。
「今日……あの人も仰っていました。―――もう自重はしなくてよくなった、と」
こういうことだったんですね、と独り言ちるシトギ先輩。
不穏すぎて聞き返すことさえできない。
あの人―――口ぶりからして、先輩っぽい。
今日というのはつまり、私が先輩に正式にフられた後ということなんだろう。
自重……?
どの口が……?
「ええ。いいでしょう。貴女の口から改めて聞いて、
困惑を置き去りに彼女は笑う。
私の知らないところで、なにかとても取り返しのつかない事象が起きているような感覚があった。
そして視線が下りてきて、私を射抜く。
「望むところです」
突き刺さる決意が心臓を弾ませる。
耳まで熱く滾るのが分かった。
「貴女が
頬に手が触れる。
撫で下ろした指先は首を伝って、彼女の爪痕にまた凶器を重ねる。
だけどそれはほんの一瞬で、するりと肩に着地した。
「他の人間のことなど思考できないほど……貴女が貴女を変えざるを得ないほど、
ゆらりと笑った彼女の唇が降りてくる。
当たり前のように重なった彼女の中から、熱くうごめく触手が私を犯す。
耳を塞がれて脳に水音が反響する。
舐られるたびに時間の感覚が溶けて、溶けて。
口を離したその時に夜が明けていなかったことが、むしろ不思議だった。
「ええ。ええ。貴女の決意は固いのでしょう。暴威でなどくじけぬほどに」
酸欠と快楽でぼやけた思考に彼女の賞賛が届く。
私のわがままに対して、彼女が今までとはかけ離れた手を取ろうとしているとわかる。
「―――懇願する貴女なら、この手で舌で、愛しましょう」
ちゅ、と、頬に唇が触れる。
そして彼女は身をひるがえした。
呆然とそれを見送って。
そんなことにさえ遅れて気が付いて、慌てて見渡せばそこは家の前だった。
彼女の姿は、影さえない。
それでも身体に寄生した熱が彼女のことを忘れさせてくれない。
私はみんなに、こんな私を受け入れてもらおうとしている。
彼女はその逆―――こんな私を許容できない彼女を、それでなお私に受け入れさせようとしている。
私が信念を自分の手で捻じ曲げたくなるほどに、私を徹底的にオトすのだと……彼女はそう言ったのだ。
明日からの彼女の振る舞いを思うと……ああどうしよう、頬の熱が引かない。
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