第95話 狙ってる姉と

私でシたことないOLさんがもしかしたらしているかもしれない夜。

まさか実際どうなのかを確認してみるだなんてできる訳もなく、我に返ってみるともしかして私めちゃくちゃヤバいことを言ったんじゃないかと思うととても眠れなかった。

やりすぎだって嫌われたらどうしようとか、それはそれとして今まさに私の名前が呼ばれていて、、、とか考えるともう目が冴えて冴えて仕方がない。


なので私は、やむを得ずおとなりの姉さんの部屋を訪れたのだった。


扉の前に立つと、なにやら話し声が聞こえてくる。どうやらユキノ義姉さんと話していやがるらしい。構わずとんとん、とノックをすると、すぐに返事があって入室を許してくれた。

扉を開くと画面の向こうに忌々しい他所の女が笑っていて、私はんべっと舌を出してやってから姉さんに抱きつく。


「姉さん、こんなのより私とお話して?」

「もちろんよ」

『こんなのとは


抗議の声はここまでは届かず、あっさりと通話を切った姉さんが私をぎゅっと抱きしめてくれる。

姉妹愛の前に恋愛なんてささいなものよ。ふっふっふ。


満面に優越感を満たしつつ、差し出したリルカで姉さんを独り占めする。

もちろんスマホなんてポイだ。あの人との繋がりを、この30分間だけ一切なくしてしまうのだ。


しばし姉さんとベッドでぬくぬく。

ホットミルクより甘くて暖かくて、それだけで簡単に眠気がふわふわと脳を包んでくる。

だけどせっかくの姉さんとの時間だから、そんなに早く寝落ちしたくはない。

ぼんやりとかすみがかった思考がなにか話題をとうごめいて、自分でなにを言おうとしているのかさえ曖昧なまま口が動く。


「―――ねえさんってわたしでしたことある?」

「あるわねえ」

「そなんだぁ……」


…………

………


んぇ?


「え、あ、ごめんなんか寝ぼけてた。いまめちゃくちゃとんでもない質問にとんでもない答え返ってきた気がしたけど気のせいだよね?」

「そうねぇ。普通のことだと思うわぁ」

「あー、はい、うん、そっか。……そっかぁ…………」


うーん。

まあ、述語もなかったし。

私はお姉さんOLさんとのやり取りがあるからそういうこと・・・・・みたいな認識があるけど姉さんはそうじゃない訳で、だから姉さんがなにを・・・したことがあると答えたのかは定かじゃない。


つまりセーフ。うん。早急にこの話題はやめよう。また目が覚めちゃう。


「―――ふふ。ドキドキしちゃっているのね」

「するよそりゃあ……姉さんってひどい」

「そうかしら」


くすくすと笑った姉さんが、そっと鼻先に口づける。

あたたかいものが柔らかな感触を伝って頬を染めるのが分かる。

欲しがりな唇を向ければ当たり前に姉さんは受け入れて、胸いっぱいの幸福にくらくらする。

あの人に悪いなあという気持ちと、私から姉さんを取っていってしまおうというんだからこれくらいは許してもらわなきゃという開き直り。そんな思いの真ん中で、私は姉さんの胸にうずもれた。


「ユキノさん、は?」

「うふふ。そうねえ。……ないわ。一度も」

「そっか。そうだよね」


単純な話、ひとりでする必要なんてないんだろう。

姉さんだって大学生、もうじき社会人になってしまう―――もう、大人なんだから、そういうことをしているに決まってる。


「姉さんって、ユキノさんとどんなふうにするの?」

「なあにゆみ。そういうことに興味が出てきたのかしら」

「そりゃあ、まあ……ほら、思春期だし」


なでなでと身体に優しく触れる姉さんの手つきは心地よくて、もしも姉さんとそれができたら幸せだろうなと思う。だけどこうして包まれているだけで眠たくなってしまう私では、きっとそれはできないんだ。


ぼんやりと考えていると、ふいに姉さんの手が止まる。


見上げれば、にこにことほほ笑んでいるのに、どこかうすら寒い気配を放つ姉さん。


「―――それとも、だれか特定の人でもいるのかしら……?」

「え」

「うふふ。てっきりゆみはまだそういう人を作らないんだと思っていたのだけれど―――ダレカシラ」

「ひぇっ」


姉さんから感じる禍々しい気配。

わずかな身じろぎで落ちた髪が顔を切り取って、口の端に引っかかる。

先輩といい、大人になるにつれて人間はホラー演出を身に着けるんだろうか。どこで習えるんだろうほんと。


「ねえゆみ。正直に話してちょうだい。私の会ったことがある子かしら。ゆみ?」

「ち、違うからね? だれととかじゃなくて」

「誰とでもなんてダメよ」

「そういう意味でもないよ???」


今まさにリルカを使ってる私が言えたことじゃないけど、でも一応使う相手は選んでいるつもりだ。……お姉さんとか行き当たりばったりだったけど。


なんて思ってると、姉さんは瞳が触れ合うくらいに顔を近づけてくる。


こわい……


「いっそ私がハジメテをもらってあげたほうがいいのかしら……?」

「よくないんじゃないかしら……?」


なにを言い出すんだと困惑する私を放って、姉さんはじぃと私を見つめながら考え込む。

本気で私のハジメテについて検討しているらしい。


『本気で私のハジメテについて検討しているらしい』……?


なんだその文言。狂ってるのか世界は。


「おかしな人に奪われたりしたらゆみも悲しいものね」

「もう結論出そうとしてない? だ、大丈夫だからね?」

「それに、ゆみが―――他の女に抱かれるなんて、許せないわ」

「そのくだりまたユキノさんが泣くよ……?」


あの人の名前を出したのが功を奏したらしい。

姉さんはぱちくりと瞬いて、不穏な気配が霧散する。

うっかり度を越えた嫉妬をしてしまった姉さんはちょっとだけバツが悪そうに微笑んで。


「そうね。ちゃんと家族でしてあげないといけないことよね」

「家族でしちゃいけないことトップワンだよ」


っていうかそのくだりも最近あったし。あっちもめちゃくちゃノリノリだったし。や、おかしなのは状況だけで行為はそうでもなかったけど。


どうしてこう、人妻(予定)っていうのは『家族ぐるみの付き合い』に積極的なんだ。


「うふふ。さっそく明日にでもユキノに相談しないとね」


るんるんと声を弾ませた姉さんが私をぎゅっと抱きしめる。


……まあ、姉さんのことは恋人さんに任せるとしよう。


そんな風に考えるのをやめて、私は姉さんをぎゅぎゅっと抱き返した。

いろんな感情は姉さんとともにいるという絶対的な安心感に溶けて、緩やかなまどろみに落ち着いていく。姉さんに抱きしめられていると、なにもかももうどうでもよくなってしまうのだ。

これを幸福と呼ぶのだろうとそう思いながら、私は静かに目を閉じた―――




…………でも私のハジメテ狙ってるのか。


うわぁ。

寝れない。

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