第94話 したことないOLと

とっても教育的な先生のおかげで模範的生徒としての振る舞いを身に着けた私は、その翌日からとても健やかな生活を送っていた。

唇ひとつ触れずにあそこまで熱烈な教育的指導ができるとは、なるほど大人というやつは私みたいなお子様なんかとは格が違うらしい。


ちょっぴり寂しくて、そしてもどかしいような気持ちをどうにかしようと、私は関係をもっているもうひとりの大人であるお姉さんOLさんのおうちにお邪魔していた。

休日だっていうのに嫌な顔ひとつせずに受け入れてくれた彼女はすでにジャージで、もうなんかそれだけでほっとする。


ああ、大人もだらしなくしてるんだなぁ。


「なんやおかしなこと考えてへん?」

「そんなことないですよぉ」


にこにこ笑いながらお姉さんの部屋に連れ込まれる。

てきぱきと用意してくれた紅茶からティーパックをお皿に移しながら、私は手っ取り早くリルカを差し出した。


「なんよ。今日はずいぶんせっかちなんやね」


なにかを心配しているのか、リルカのふちをなぞりながらもスマホを差し出さないお姉さん。私は笑って、いったんリルカなしでその隣に寄り添った。


「大人の人のだらしないところ見てみたい気分なんです」

「しゃれた趣味やん」


半目で見られるけど、とりあえずその目で鏡でも見ておいてほしい。

そう思いながら、特に意味はなくベッドの下収納を引き出す。

そこには衣装ケースみたいなのが収まっていて、季節外れの衣類なんかが入っているようだった。


「……大人のおもちゃとかって持ってるんですか?」

「そないなもんに興味持つんはまだ早いよ」


あっさりとたしなめてくるお姉さん。

なるほど口先だけは大人っぽいことを言っている。


だけど、それが返答であっても回答ではない時点でなんとなく察するところはあった。


「あるにはあるんですね」

「ゆみちゃん????」


私は立ち上がって部屋を見回す。

とりあえず一番ありがちっぽいのはベッド収納だ。

全部引き出して、ケースの脇とか後ろ側にもないかと確認してみる。


「ちょっ、あかんて! あらへんから! そないさがしてもおかしなもんなんてあらへん!」

ないのなら・・・・・あわてる必要もない・・・・・・・・・・―――そうですよね」

「なぁ……ッ!っていや探偵が証拠探すときっ!」


わめくお姉さんを無視して家探しをする。

だけどお姉さんはなかなか恥ずかしがりやらしく、家を荒らさない程度に探し回ってみてもなかなか見つからない。


「な? な? そら急におかしなこと言いだすんやから驚くって。そんだけやよ」


家探しがひと段落すると、あからさまにほっとした様子でお姉さんは言った。

驚いただけとは思えないあの慌てぶりは絶対に何かを隠している。

……いやでも、慌ててたのは最初だけでそのあとは比較的落ち着いていたような……?


「……確かに、お姉さんが慌ててたのって最初だけでしたね」

「そ、そうやろ」

「それはお姉さんが単にびっくりしたから?」

「そう言っとるやん」

「―――それとも、私がベッドを・・・・・・探していたから・・・・・・・ですか?」

「ッ!?」


やはり、図星だ。

飛び出そうなくらいに目を見開くこの反応はほぼ自白みたいなものじゃないか。

法的には証拠として扱えないらしいけど、私には十分すぎる。


「それにお姉さん、さっきからずっと同じ場所から動いてませんよね。いかがわしいものじゃなくとも、大切なものに触れたりされないか心配じゃないんですか? 止めるにしても監視するにしても、近くに来たりしないのはなぜですか」

「そ、れはだって、ゆ、ゆみちゃんを信頼しとるからよ」

「信頼している相手なのに、あんなにずっと監視していたんですか?ちょっと見えにくい位置に移動したら、わざわざ身を乗り出したりまでしたのに」

「ぐぅっ」


言葉に詰まるお姉さんを置いて、私はマットレスを軽く持ち上げる。


ベッド下収納のあるベッドというやつは、基本的に右サイドか左サイドに収納引き出しを設置する。引き出しはだいたいベッドの半分くらいを占めていて、これはベッドの置き方に合わせて付け替えられるようになっている。そうすると必然的に残り半分、壁際の空間は余ってしまうわけだ。


そして中には、この空間を収納スペースとして使っている人もいるのだという。


換気用に空いた天板の隙間からのぞくと、そこには確かに箱のようなものがある。


「あかんで!?」


ぴぴ、という悲鳴に振り向く。

置き去りのリルカにたたきつけられたスマホが敗北の証だ。

そこまでされたら仕方がないので、私はマットレスを戻して意気揚々とお姉さんの隣に戻った。


露骨にほっとするお姉さんに寄りかかって、私は笑う。


―――諦める要素、ないよね。


「それでぇ、どんなの持ってるんですかぁ……♡」

「え」

「自分の口から教えてくれるつもりになったんですよねぇ♪」

「い、や、それは」

「お姉さんけっこうどぎついの持ってそうですよねぇ……」

「んなわけないやろッ!?」

「じゃあどんなのですかぁ?」


にやにやと追い詰めていく。

大変なのを持っていると思われるか赤裸々に明かすかという最低の二択。

先生ならスマートにかわすどころかこうなる前にひねりつぶされていること間違いなしのこの状況。お姉さんならたぶん十中八九敗北してくれるだろうと思っていると、果たして彼女はうつ向きがちに耳元に顔を寄せた。


「―――ほんとに、持ってへんのよ」

「この期に及んでそんなこというんですかぁ?」

「や、あれは別口のやつやってん。大切なものにふれさせたくないっちゅうんは、やからあっとんのよ」

「あー……そうですか」


なんとなく。

前の恋人とかに関係していそうな気がして、言葉を濁す。

私が察したことを当然に察したお姉さんはそれ以上言及はせずに、持っていないということについて説明してくれる。


「ウチ、おもちゃとか嫌いやから……その、あんな。手、でな」


手。

なるほどスタンダードな玩具あいぼうだ。

別におかしなことでもないはずなのに、なぜか妙にお姉さんの手に視線が魅かれる。


―――あ、これまずいかもしれない。


「たまにしかせえへんのよ? やけどほら、なんちゅうの……普通に生きとったら溜まるもんもあるわけやし。いま恋人とかもおらへんから、な? うん……そんで、普通はその、が、がぞう? とか動画、とか、音声とかなんやけど……たまに、たまにやで? たまにその……めっちゃ悪いことしとる気ぃなってな……ゆみちゃんに」

「ッ」


この文脈で私の名前が出てくるという衝撃。

どの程度かはさておき、そういった最中に私を意識するということ。


ああ。

やっぱり大人にはちょっかいをかけるべきじゃない……。


「べ、別にゆみちゃんでとか、したことないよ? それは安心してほしいんやけど……たまぁにこう、な? そらだってこうして……仲ようしてくれとるわけやし、なんか裏切っとるように思えんねん……げ、幻滅するやろ? なんやこう、キモいやん? ウチめっちゃキモいやん?」


そう不器用に笑ってゆっくりと距離を取ろうとするお姉さんを、肩に手を回して止める。

どきどきと弾む心音を聞こえないふりして、私はからかうように笑って見せた。


「ほんとにぃ、私ではシてないんですかぁ?」

「せぇへん! できへんよそないな……」

「じゃあ……してみてくださいよ。今晩」

「え゙っ」

「隠し事した罰ですよぉ。お姉さんのむらむらも、癒してあげますね……♡」

「なっ、ばっ、はっ、お゙っ、せ、せえへんからね!? せえへんから!」

「へぇーえ。……そうですかぁ♡」

「せぇへんからね!?」


せぇへんから―――ッ!!!!!


お姉さんの絶叫が響き渡る。

はたしてそれが実際どうなのか……またしばらく時間を空けて遊びに来よっと。

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