第3話
俺に抱きついたまま泣き止む気配が全く無い彼女。
この状況は物凄くヤバいのではないか?
端から見たら " 女の子を泣かしているクソ男 " に見えるよな。 ど、どうしよう……。
と、とりあえず
「こ、このままじゃ何だから、部屋に入りませんか? さ、流石に体裁が……」
彼女も流石にこの状況は駄目だと気付いてくれたのか、泣きながら頷いてくれた。
俺は急いでバッグから鍵を取り出し(彼女が抱き付いたままだった為、バッグから鍵を取り出すのに苦労した)部屋のドアを開けて彼女と一緒に部屋の中に入った。
彼女をリビング(と言えるかどうか怪しい広さ)に通して椅子に座らせ、彼女が落ち着くまで様子を伺った。
ちゃんと彼女にハンカチを渡したよ。当然。
……さっきまでほろ酔いで気分良かったのに、酔いが醒めてしまったよ。
それから数分後。 やっと彼女は落ち着きを取り戻してくれた。
「んじゃ、改めて自己紹介ね。俺の名前は丹羽圭介だ。君の名前は?」
「……由井刹那です」
ん? はて? 何処かで聞いた事のある名前だなぁ?
でも、俺の知っているあの刹那ちゃんは確か髪色は黒だったよな? 多分同姓同名の娘だろうな。
「で、刹那ちゃんは何故俺の部屋の前に居たんだい?」
「はい。貴方にどうしても会いたくて、住所を調べて来ちゃいました。御迷惑なのは重々承知しています。でも私、気持ちが押さえられなくて……」
正直俺は盛大にテンパっている。 俺の記憶のデータベースにはこんな可愛い娘のデータは無い。寧ろ、女の子のデータすら1つも無いのだ。 だって、彼女居ない歴×年齢の男だぞ?
何処でこんな可愛い娘と接点を持ったかなんて、覚えている筈も無く
「あ、あのさ、俺達何処かで会った事有ったっけ?」
「……一度だけあります」
「何処で?」
「海で会いました」
……海? 全く覚えが無い。 こんな可愛い娘なら絶対覚えている筈なのだが……。
「失礼を承知で聞くけど、俺その時何してた?」
「私の聞いた話だと、圭介さんはその時釣りをしていたと聞いています」
「釣りをしていた?」
「はい」
「何時の話?」
「数週間前の日曜日です」
「で、君はその時何していたの?」
「………ました」
「え? なんて?」
「………いました」
「ごめん。聞こえない。もう一度お願い」
俺が刹那ちゃんに聞き直すと、刹那ちゃんは物凄く恥ずかしそうに
「海で溺れてました」
と俯きながら答えた。
……え? 海で溺れてた? またまた。大人をからかっちゃいけないよ?
「……本当は?」
「事実です」
……。
「……マジで?」
「大真面目です」
刹那ちゃんのその言葉を聞いて、俺の記憶のデータベースから1つの記憶が甦ってきた。
確かに数週間前に海で女性が溺れてたのを偶然助けた。 その時俺は防波堤で海釣りを楽しんでいた。
……もしかして。あの時の娘?
「……思い出した」
そう言うと、刹那ちゃんは物凄く嬉しそうな顔で
「思い出して戴けましたか! そうです!あの時命を助けて戴いた者です! その節は本っ当にありがとうございました。圭介さんのお陰で私は今こうして生きています。良かった~♪思い出してくれて」
「あの後大丈夫だった? 君が救急車で運ばれてからの事は知らないから」
「私も詳しくは覚えていないんですが、気付いた時には病院のベッドの上でした。圭介さんの事は一緒にいた友人から聞いたんです」
そうだったんだね。とりあえず無事で良かった。安心したよ。
……あれ? おかしな点が1つあるぞ。 確かあの時、俺は名前を名乗っていなかった筈だが?(クーラーとロッドを防波堤に置き忘れて慌てていた為)
疑問に思ったので、俺は刹那ちゃんに聞いてみた。
「確かあの時俺、名前を言わなかったと思うんだけど。 どうやって俺の名前を知ったんだい?」
俺の質問に対して刹那ちゃんはニコニコ顔で
「あの時私の友人の1人が圭介さんの乗っている車のナンバーを覚えていたんです。それを頼りに興信所にお願いして調べて貰ったんですよ。お名前と住所とその他諸々。結構時間が掛かっちゃいましたけど」
……うわぁ。そこまでしたんたこの娘。俺にお礼を言うだけの為に。
ちょっとだけ引いてしまったのは内緒にしておこう。
ちょっとだけ気になった事があったので聞いてみた。
「刹那ちゃんは何故あの時友達達から離れて沖にいたんだい?」
「友達達と離れて沖にいた理由ですか? それは」
「それは?」
「一緒に来ていた男の子の視線が気持ち悪かったからです。私の身体と顔を舐め回す様に見てきて……。身の危険を感じたんです。だから、友達には少し泳いで来るねって伝えてESCAPEした結果、あの場所で足が攣ってしまい溺れたという訳なんです」
……よし!その男殺そう! こんな可愛い娘が身の危険を感じるまで見てくるなんてモラルの欠片も無い奴はこの世から抹殺するべきだと思う。
「……嬉しいです♡ 圭介さんが私の事を心配してくれて。しかも……可愛いだなんて♡」
……どうやら心の声が本当の声として漏れていたらしい。
「そ、それはそうと、わざわざありがとうね。お礼を言いに来てくれたんでしょ? そんな良かったのにお礼なんて。俺は当然の事をしただけなんだから」
……本当だよ? 溺れてたのが男性でも女性でも助けていたから。
「いえ、私は絶対に圭介さんに会いに来ます。だって……お礼を言うだけじゃ無くて、私の本心を圭介さんに聞いて欲しかったから……」
はて? 刹那ちゃんの本心?
刹那ちゃんはモジモジして顔を真っ赤にしながら躊躇いを見せていたけど、意を決したみたいに大声で
「け、圭介さん!」
「は、はい!」
つられて俺もつい大声で答えてしまった。
「き、聞いて欲しい事があります!」
「な、なんでしょうか!」
「私は貴方が大好きです! 愛しています! 突然ですが、私と結婚して下さい!!」
………は? 今なんと仰いましたか?
刹那ちゃんは大声でそう叫んだ後、自分のバッグから1枚の用紙を取り出して、俺にまるで賞状を渡す様な感じで差し出してきた。
その用紙とは……刹那ちゃんの名前が記入済みの婚姻届だった。
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