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  第六章



 目が覚める。おれは椅子に座らされていた。

 手も足も縄で縛られて身動きがとれない。もがいて縄を解こうとしたが、頭の痛みで力が出ない。後頭部の痛みは引いておらず、血の脈動にあわせて強い痛みを感じる。

「子供ってさ、どうしてオモチャを独り占めしようとすると思う?」

 顔を上げる。先ほど見た光景は幻ではなかった。加鳥が目の前にいる。

「加鳥どうして……?」

「ごめんね、手荒なことしちゃって。こうでもしないと逃げられるかなーって」

「逃げるって……どういうことだ? それに、どうしてファイルが燃えていたんだ?」

「一気に質問するな」

 加鳥はソファに足を組んで座った。

「ファイルは私が燃やしました。……もう、私にとって必要ないものだったから」

 なにも燃やすことはないだろう、と言おうとしたが止めた。それよりも、話すべきことがある。

「ここ最近、学園の最寄り駅で痴漢が多発している」

「知ってる」

「被害者はいつも加鳥だったそうだ」

「もしかして、風紀委員が調べたの? 暇だよねぇー、あの人たちも」

「事実なのか?」

「あってるよ」

「……意図的に被害に遭っているということでいいのか?」

「初めは遊びのつもりでやってたんだけど、ハマっちゃって」加鳥は揚々と話し始めた。

「男って誘えばすぐにノッてくるか試しただけ。こうやって――」加鳥は目の前で触る手つきを見せる。

「相手の股間を撫でてあげると、大抵の男はすぐ興奮しちゃってさ! 私に触ってくるの! 周りにいる男は見て見ぬふりしてる人もいれば、無関係を気どって、楽しむ奴もいたけどね。……衛は止めてくれたけど」

 加鳥は足を組み直し、おれをじっと見つめる。

「嗜好部っぽいでしょ?」

「それはただの犯罪だ」

「でも、私は捕まってない」

 加鳥の自分勝手さに怒りがこみ上げてくる。感情が表情に表れたのか、加鳥は反応する。

「ごめんね。もう、こんな遊びはやらないから」

「……おれを拘束した理由は?」

「このままだと、天見さんに盗られそうだから」

「なんだと?」

「今のうちに唾つけとこうかなと」

「盗られるって、人を物みたいに……」

「衛は私の物だよ」

 加鳥は席を立った。そのまま近づき、おれに跨がるようにして座る。向かい合い、視線が交わる。

「天見さんのどこが良かったわけ? 何がいいの? もうヤッちゃったわけ?」

 おれの太腿を擦る。膝から腿のつけ根を這うようにして何度も。官能を刺激されたが、耐え忍んだ。

「加鳥が想像しているようなことはしていない」

「天見さんとホテルに行ったのに?」

「あれは都倉を誘きだすためにやったんだ」

「じゃあ、三人でしたの?」

「違う!」

 嗜好部のこれまでの活動は加鳥に伝えてある。端からみれば、いかがわしいことばかりやっている、そう印象を持っていてもおかしくない。説明すればするほど、誤解を招いていてしまう。

 まぁいいや、と加鳥は立ち上がり、スカートのホックを外した。スカートが足下に落ちる。ストライプ模様の下着が露わになるが、加鳥は平然としている。

「なぜ脱ぐ?」

「これから一つになるのに服なんて邪魔じゃん」

 貞操のピンチだ。縛っている縄を解こうと力を入れてみる。ダメだ。きつく縛られて、自分の力では解くのは不可能だ。

「このときのために観客も用意してるから」

「なに?」

 生徒会室にあるロッカーが開いた。

 掃除用具が入っているはずのロッカー。なかから下着姿の都倉が出てきた。手足を縛られ、その場に倒れ込んだ。

「初体験は誰かに見られながらしたかったんだよね」

「んー! んー!」都倉は叫んだ。が、猿ぐつわをしているので、何を言っているのか聞き取れない。体の自由はきかず、必死に身をよじらせている。

 加鳥はおれの服に手をかけた。ブレザー、カッターシャツ順に脱がしていき、肌着はハサミで切り落とされた。

「聞こえる……衛の鼓動が……」

 加鳥はおれの胸に耳をあてる。眠りにつくように目を閉じ、至福のひとときに浸っているようだった。

「今すぐ離れるんだ……!」

「楽しみはこれからじゃん。一緒に楽しもうよ」

「そこまでだよっ!」

 生徒会室のドアが開く。

 天見が現れた。いつになく真剣な表情で佇んでいる。

「天見……! どうしてここに……!」おれはいった。

「襟白さんから連絡があってね。後上君の様子を見てきて欲しいって頼まれちゃってさ。……どうやら、嗜好部の活動を勘違いしているようだね」天見は活き活きとしている。

「性的な強要をすることが嗜好部じゃないの?」

「違うね。嗜好部は誰かを不幸にしたりしない」

 話しながら距離を詰めようとする天見。入口から一歩一歩とゆっくり歩を進める。

 察した加鳥は、

「近寄るな!」

 加鳥は床に落ちていたスカートからサバイバルナイフを取り出した。刃渡りは長くないが、危険な代物に変わりはない。鋭利なナイフを天見に向ける。

「そんな危ないものを持ってちゃダメでしょ」

「うるさい!」加鳥は興奮している。

「言うことを聞け。痛い思いをしたくなかったら」

「私はどうすればいいのかな?」

「……そのまま、手をあげて跪いて。そうすれば面白いものを見せてあげるから」

 天見は手をあげて、ゆっくりと跪く。

 と、

「後上君! 加鳥さんのスカートにしゃぶりついて!」天見は大声でいった。

「は?」

「早く!」

「……わっかんねぇけどおおっ!」

 おれは椅子ごと地面に倒れ込み、床に落ちていた加鳥のスカートに顔をうずめた。

 気を取られた加鳥は天見の体当たりを避けれなかった。手からこぼれたナイフを掴んだ天見はそのまま転がるようにして都倉に近寄った。

「残念ながら喧嘩は弱いんでね。強い人に任せます。……ゆけっ! 都倉さんっ!」

 縄を解かれた都倉はあっという間に加鳥との距離を詰めた。丸腰の加鳥は為す術もなく、押さえ込まれる。

「なんとか後上君の純潔を守ることができたね」

「……早くおれの縄も解いてくれ」

 おれは咥えていたスカートを吐き出す。

 特に味はなかった。

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