第44話 『はしか』と気付かなかった麻疹の非典型症例

 日曜日のER当直、夕方ごろだったか、20代前半の男性が発熱と皮疹を主訴に来院された。病歴を確認すると、一昨日から身体に皮疹が出現、前日から39度台の発熱が出現したとのことだった。咳や鼻汁があり、眼脂(目ヤニ)も出ているとのこと。身体がだるくてしんどいとの主訴で受診されたそうだ。身体診察を行ない、咽頭には発赤軽度、扁桃腫大はなし。心音、呼吸音に異常を認めず、全身には隆起しない点状の皮疹が散在していた。血液検査はあまり白血球、CRPの上昇は目立たなかった。


 患者さんは

 「これって、もしかして『はしか』ではないですか?」

 と聞いてこられた。私の記憶では、はしかといえば二峰性の発熱で、当初は高熱、カタル症状(咳や鼻水など)が2日ほど続き、その後一旦37度後半くらいに解熱、半日ほど経って、再度40度近くまで発熱が上昇し、その頃に皮疹が出現、口腔内にはKoplik斑が出ると記憶していた。


 この患者さんは発疹から症状が始まっており、教科書的な麻疹の経過とは異なるようだった。皮疹を見ても、

 「これは麻疹を疑う皮疹だ」

 と判断できるほど麻疹の皮疹を見たことがない。何せ、直近で麻疹の人を見たのは、医学部4年生→5年生になるときに病院見学させてもらった久留米の病院である。数年前にちらっと見ただけの人なので、良く覚えていない。


 患者さんには、典型的な麻疹は一度高い熱が出て、少し熱が下がった後もう一度高熱が出て、その時に皮疹が出るので、今回は皮疹から症状が始まっていることを考えると、麻疹とは違うように思います、と説明し、採血結果からはウイルス感染症を疑ったので、解熱剤を処方し帰宅とした。


 その翌日の午後、鳥端先生から

 「若い人の麻疹の患者さんが入院したから、みんな一度は見ておいて」

 と声がかかり、私も患者さんを診察に行った。鳥端先生と診察室に入ると、前日私が診察して、

 「麻疹じゃないと思う」

 と説明した患者さんだった。熱が続くので、鳥端先生の外来に受診、診察時にKoplik斑が出ていたので麻疹と診断された、とのことだった。患者さんには

 「診断が間違っていてすみません」

 と謝罪し、口腔内のKoplik斑を見せてもらった。幸いなことに患者さんは1週間ほどで症状が改善し、解熱後3日間、再発熱がないことを確認し、退院となった。


 私が患者さんを診察したときにKoplik斑があったのかどうか、はっきり見ていなかった。もしかしたらなかったのかもしれないし、気づかなかったのかもしれない。このような疾患の診断は、高齢の先生方のほうが診断能力が高いと思う。

 私はいま50代だが、私が幼稚園の頃、ワクチンは開発されて間がなく、高価なものだったのでワクチン接種はmajorなものではなく、周りも普通にかかっていた(もちろん私も)。その頃に現役バリバリで臨床をしていた先生方は、過たず診察されたのだろうと思う。


 診療所に移った後の10年間、たくさんの小児も診てきたが、麻疹の子供さんに当たることはなかった。しかし、発熱と皮疹を主訴に来られた方は、必ずKopliK斑を確認するように心がけていた。超ベテランの看護師さんは、

 「麻疹は、目ヤニと鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっているから、見たらすぐわかるよ」

 とのこと。ただ、今はワクチンを接種されており、「修飾麻疹」という非典型的な発症をするので、今もやはりわからないかもしれない。



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