第40話 ある意味、潔い

 ある日のER。他院からアルコール性肝障害、アルコール依存、肝硬変の病名で70代の男性が紹介受診となった。ER・紹介当番に当たっていたので私が診察に向かった。紹介状を見ると、紹介先が書いてなく、前医から

 「どこなりと、好きなところに行ってください」

 という意思表示だとわかった。アルコールの問題だけでなく、患者さんの気性の問題もあり、いくつものクリニックを転々としておられるようで、紹介元のクリニックにも数回受診した程度、とのことだった。


 結膜に貧血はないが、軽度の黄疸あり。体はやせておられ、心音に問題はないが、肺胞呼吸音はdistant、腹部は平坦、軟だが右季肋部に1横指ほど、辺縁がdullな肝臓を触れた。深吸気では肝は右季肋下3横指まで触れた。血液検査では血小板減少、アルブミンの減少、コリンエステラーゼ低値、肝逸脱酵素は2桁程度だが、γ―GTPは300台、総ビリルビンは3.5程度とそれなりにひどい肝障害を認めた。ご本人も

 「体がしんどい」

 と言われており、入院適応と考えたが、問題は入院治療が継続できるかどうかだった。なので、ご本人とお話しした。体もだるくて、肝臓の機能も悪く、入院が必要な状態だが、入院すると、いろいろ制限が出てくること、大部屋での入院になるので、いろいろと気に障ることも出てくるが、それに我慢できるかどうか尋ねた。ご本人は、

 「何とか頑張る」

とのこと。なので、

 「病棟で何らかのトラブルを起こした場合は退院としますよ」

とお伝えし、

 「それでもかまわない」

とおっしゃられたので、ベッドを用意し入院とした。肝障害も強く、アルブミン低値でるい痩も強いため、1日にアミノレバンの点滴 500mlを行ない、あとは食事を出して、アルコールから肝臓を休める方向で管理を行った。


 患者さんはよく頑張り、2日間は特に問題なく過ごされた。入院のストレスについても回診時に確認していたが、

 「今のところ大丈夫」

とのことであった。


 3日目の朝回診の時、患者さんから

 「先生、ありがとう。もうストレスで限界やから、トラブルを起こす前に帰ろうと思うわ」

との申し出があった。入院時に、

 「トラブルを起こしたら退院」

という話をしており、ご本人よりその旨申し出があったので、

 「わかりました。よく我慢されたのですね。点滴の薬は飲み薬として処方しておきますね。一応紹介状を書いておきますので、私の外来に来てもらっても構いませんし、他に信頼できる先生がおられれば、そちらに紹介状をお見せください」

と伝え、すぐに退院の段取りを開始し、その日の午前中に退院となった。


 いくつものクリニックでトラブルを起こしておられた患者さんとのことだったが、入院時の私との約束を守り、頑張って我慢をし、

 「もう無理」

と私に伝えてくれ、その後退院までの数時間もトラブルを起こさずに退院されたのは、ある種、潔いと思った。残念ながら、その後は九田記念病院には来られず、どうなったのかは不明である。


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