第20話 必ずしも新しい技術が有効とは限らない
ある日、ERからひどい下血、ショック状態の患者さんの入院依頼があった。70代前半の男性で、既往はないとのことだが、入院時の血液検査では軽度の糖尿病を認めていた。急ぎERに向かい、お話を聞くと、特に腹痛もなく、急に便意を催してトイレに行くと、バーっと液体を排便、それと同時に血の気が引いて、冷や汗をかき、便器を覗くと便器が血まみれになっているので救急車を呼んだ、とのこと。血液の色は鮮やかな赤だったとのことであった。ERで細胞外液の輸液を行ない、血圧は100台を維持しているがやや頻拍の状態、ER到着時の血液検査ではHb 11台、おそらく輸液の量を考えるとさらに貧血は進んでいるだろうと考えた。輸血の用意が必要と考え、輸血検査用の採血と同時にもう一度CBCを取り直した。再度の採血ではHb 7台に低下していた。
上部消化管出血であれば速やかに上部消化管内視鏡を行なうのであるが、下部消化管内視鏡を行なうには、大腸内の糞便を出してあげる必要がある。なので、活動性の出血があるかどうか、造影剤を用いた造影CTで評価することとした。このような状況では、出血源の同定に最も有用なのは造影CTとされていて、検査の感度、特異度とも高いと考えられていた。至急で造影CTを行なったが、明らかなextravasation(造影剤が血管から漏出している所見)は見られず、現時点では活動性の出血は止まっていると判断。輸血を行なうと、バイタルサインも安定したので、絶食の上入院とした。
下部消化管内視鏡のための準備のための下剤を投与し、翌日に下部消化管内視鏡を行なった。入院当日のCTで、大腸に憩室がたくさん存在することがわかっており、下部消化管内視鏡でも多数の憩室を認めたが、その他の病変はなく、出血部位のはっきりしない憩室出血と診断した。出血源となった憩室が同定できず、しばらく鉄剤を投与し、状態が落ち着いていれば食事を再開し、退院を、と考え、ご家族の方にもその旨、病状説明をしていた。
数日は再出血もなく、状態も落ち着いており、食事も再開していたが、入院第6病日、再度同様の多量の下血とプレショックとなった。再度造影CTを緊急で行なったが、やはりextravasationは認めず、出血点の同定はできなかった。ご本人、ご家族とも出血点の同定ができないことにストレスを感じておられた。
そこで、文献上は造影CTより感度、特異度とも悪いとされている、少し古い検査である出血シンチグラフィーを行なうこととした。出血シンチグラフィーは、放射性同位元素でラベルしたアルブミン、または赤血球を患者さんに投与して、時間をおいて撮影し、放射性同位元素の集簇を見て、出血点の推測をする検査である。今回はラベルしたアルブミンを用意してもらい、患者さんに点滴。その翌日にガンマカメラで写真を撮った。
ラッキーなことに、写真では肝弯曲部以降の大腸が染まっており、出血源はおそらく肝弯曲部にある憩室と推測された。そこで、再度下剤を飲んでもらい、下部消化管内視鏡を施行。肝弯曲部付近にある憩室で、出血源と思われそうな憩室をいくつか止血用クリップで止め、その後経過を見ることとした。
その後は無事に出血が止まり、食事も再開。糖尿病については継続加療が必要なので退院後は私の外来で経過を見ることにした。その後、私が九田記念病院を退職するまで、外来で糖尿病の治療を継続したが、下部消化管出血は一度も起こすことがなかった。
文献では造影CTに感度、特異度とも劣るとされている出血シンチグラフィーだが、この患者さんでは、出血シンチグラフィーをしたことで出血源のあたりが付き、治療に結びつくことができたと思われる。少し古い検査でも、その意義はすたれていない、ということがよくわかる1例だった。
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