第5話

 カロサリーもピーターを追うように執務室を出て、食堂より奥にある厨房へと迷い無く足を動かす。

 厨房への出入りは屋敷に着た当初に禁止令を出されていたので、仕方なく入口から声をかける。

 中では料理長と乳母のマーサが料理の仕込み中だったのか、さっとカロサリーに気付きマーサの方がよってきた。

 料理長は剥きかけのじゃがいもを手に石像のように固まっている。

 お嬢様どうかされましたか、と前掛けで手を拭いながらマーサが聞いてきてくれて助かった。

 カクンと頷き返しカロサリーは料理長に目を向ける。

「執事長に朝の挨拶をしに行ったら、軽食と紅茶を執務室にって、厨房への伝言をたのまれたの」

 ピーターから頼まれてはいないが執務室に挨拶に行ったのは事実。嘘はついていない。

「そうだったのですね」

 するとマーサは勢い良く振り返る。背後にいた料理長に目線でかにか語ったのか、じゃがいもを水の浸ったボールに投げると料理長は慌てたように椅子から立ち上がって支度をし始める。

 出来上がった軽食をカロサリーは運ぶつもりでいたのだが、それはマーサに全力で止められたので二人にお願いをして厨房から離れた。

 カロサリーは自室に戻ると宝物箱を棚から引き出して箱をベットの上にひっくり返しす。

 熊のぬいぐるみや耳が少し欠けた兎の文鎮、小瓶に入った貝殻、一塊に纏められたメッセージカードの束に手紙の束、等々が散らばった。

 床に座り込むと箱の中に手を突っ込んで中敷きの上に張られた布の中央を引っ張ると、パサッと音をたてながら落書き帳が膝の上に落ちる。

 表紙からパラパラと中身を確認して、手に持っていたハンカチを箱の中に落とすと落書きを脇に挟んで派手に散らばった宝物達をポンポンと放り込み、また棚に戻し部屋の扉を閉めた。

 落書き帳を抱えて執務室へ入るとピーターがサンドイッチを片手に書類を整理している最中だった。

 どうやらお説教は終わったらしい。

「休憩らしく食事をしたら? 紅茶を淹れるわ、こちらへ座って」

 カロサリーがカートの上にポットを見つけて手をかけようとするとサッと仕事を奪われた。

 紅茶をカロサリーの前に一組置くと対面にも同じように淹れる。

 ピーターも報告書纏めを諦めたのかサンドイッチを盛った皿を片手にソファーに腰をおろした。

「では、勝手に解説を始めます」

 そのタイミングでカロサリーも口火を切った。

「食べながらで結構。ただ耳を傾けていてくれればそれでいいわ」

 子供の寝物語と罵られても構わない。

 今更何を言われても聞き流す癖がついている。

 でも、実際に起きようとしているのになにもしないではいられない。

 カロサリーにはユア(仮)の中途半端な知識と中途半端な記憶がある。

 そして、カロサリー・バーネルとして偶然が故意か生きている。

 心の平穏のために、もう濁流にのまれていく人や家の光景なんて見たくもない。

 二度も自然災害のせいで死にたくはない。

 欲を云えば、次は寿命か転生ラノベもの悪役みたいに人の手によって終焉を求む。

 理想の死にざまの為のエゴだ。

 そのためにいま何が必要か。

 答えは簡単、水害そのものを防げばいい。

 溺れて死亡なんてバットエンドはお呼びではない。

 時間がない、と内心では冷や汗をかきながら一枚一枚丁寧に下手くそな絵に解説を入れ、走り書きしたメモを読みあげる。

 川の流れの変化のし方、氾濫の危険性、逆流の危険性、昼夜の避難難易度の違い、平行避難と垂直避難。理想の避難場所と避難所などなど、落書き悵の描き貯めはまるっと一冊分ある。

 欲はかかない、全部が伝わるとは思わない。

 なにせ、語っているのは中途半端にある知識とこれまた中途半端な記憶だ。

 少しでいい、民家が取引先の店や工房が屋根まで水に浸る想像をしてほしい。否定できない可能性を見いだして貰えたら、それだけでいい。

 ユア(仮)のような最期の人間(主にカロサリー)を出さないために。

 手を動かし、地獄を語れ。

 自然の恐ろしさを植え付けろ。

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