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梅雨入りをした関東南部は、この日も午後から小雨が降っていた。
蓮谷は路地の外で傘を差し、もう六時間も三菅の帰りを待っていた。
特注品の傘であった。山羊革の柄に、コインが二枚埋め込まれている。
天使のコインと、悪魔のコイン。
コインフリッピングギャンブルのルールと、そのためのイカサマを三菅から聞いた蓮谷が自分で調達したコイン。
組織の先代ボスの次兄である三菅政人は、出来の悪い人間ではある。が、蓮谷にとってはあんな人間でも後見人として補佐してやらなければならない。
厳しくしたり、優しくしたり、一緒に策謀を考えたり。息子のように接してやったりもした。
長兄は政人より更に愚息だった。
馬鹿で粗暴で肥満体の長兄は、存在そのものが組織の為にはならなかった。
組織の金を使い込み、構成員に威張り散らし、とかくうざったらしいだけのクズ。
だから、長兄は殺した。
「てめぇいつまで黙りこくってやがんだよコラァ!」
勝負開始から六時間。
依然として表裏の選択をしないイツキに対し、三菅の苛立ちは頂点に達していた。
イツキにはもともと、蓮谷との約束を守るつもりは無い。
室内には通信機器を持ち込めないのだから、ゲームが終わるまで勝敗は外へ漏れない。“観客席”の存在も知らないだろうから蓮谷は客席にもいないだろう。
約束を守っているかどうかなど、分かりはしない。
「遅延行為だ! トスの妨害って事になるだろ!」
と三菅は言うが、モデレーターは首を横に振る。
イツキが表裏を言わずとも、トスしたければ出来る。ただ、勝敗は決しない。
イツキはコインの表裏などには興味がなかった。
ペレストロイカ同志規約2-⑤
・ゲームは24時間以内に終了し、ペレストロイカ内での実施が可能なものでなければならない。
試したい。そう思った。
24時間以内に終了しなかった場合はどうなるのか。
一手毎の時間が制限されていない場合には起こり得る。
(権力者の規約違反になる、のだろう……)
“24時間以内に終了するもの”という規約に反している。
それでもゲームは行えはするから、運営部はその点を修正しない。
(“均等に勝利の可能性がある”と判断されない場合、が、例外なのかもしれない……誰もゲームを挑まなくなる。だからその時だけ手直しする)
ペレストロイカ同志規約は2-③にのみ、
・ゲーム内容は、双方に均等に勝利の可能性があると運営部が判断するものでなければならない。
同志規約2-③と2-⑤は、文章の表現が若干異なっている。
2-③はゲーム内容の必要条件においては唯一、運営部の判断が示唆されている。
そして。
ペレストロイカ同志規約7-①
・規約違反が発覚した場合、違反者はその場で速やかに粛清される。
(“粛清”……)
という言葉。
イツキが最も気になっている部分。
常識的に考えるのなら同志資格の停止。
だがギャンブルルーム“ペレストロイカ”には退会基準は無い。一度登録した同志を逃がすつもりがないのだろう。規約違反が同志資格の停止なら、それを利用される。
(殺されるのかもしれないな……)
イツキは、冷めた感覚でいた。
“24時間でゲームは終了となる”、のではない。
24時間超過した時点で権力者の“規約”違反となる。“不正”ではない。
ペレストロイカ同志規約4-②
・ゲーム中の死亡は、死亡した同志の敗北とする。
このゲームは、“双方に均等に勝利の可能性がある”。
ゲームのルールは時間的な制約を厳密にしなければならないのだろう。若葉とルールを話し合った時にも彼女はそんな事を言っていた。
規約とルールに反しなければ全てが許されるこの地下での、致命的な不備。
本来ならリッターやマエストロがその辺りを指摘してくれる役割を担っているのだろうが、三菅はそれを怠った。ただ、それだけだった。
ただそれだけのミスで、命を――
(寝るかな……)
24時間までには、まだ18時間ある。
水沢との勝負を考えながらイツキは眼を閉じ、三菅に近く訪れる未来を思案の外に置いた。
(もしいつか俺と同じような境遇の相手とゲームをやるとしたら……その時も、俺は容赦なく金を奪えるだろうか……相手が、死ぬとしても……)
手段を選ばず金を得る覚悟は出来ている筈――少なくとも、イツキ自身はそう思い込んでいる。
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