第二十九話

「たまに行商船団が島にやってくるよ。前に来たのは三月も前じゃから、そうじゃのう、そろそろ次が来る頃じゃと思うのじゃが。まあ、ここで待ってもらえるなら、どんなに長くても一週間はかからんと思うぞい」


 まあ、ピルカとソラナムがこちらにいるのだからまったく知らなかったわけではないのだが、ユーメリカ諸島というのは海洋交易民の住まう地であり、割と島同士の交流は盛んに行われているのであった。もっとも、僕らの大陸と違って、統一国家という観念はない。従って皇帝も王もいない。もっとずっと緩やかな社会体制を持っている。


「そういう事情なら、不案内な海域を、わざわざ不案内なまま航行する必要はない。行商船団というのがやってくるのを、この島で待つことにしよう」


 となると、どうやって謝礼をするかが問題となる。歓迎されている雰囲気からして別にタダで一週間この村に泊まって飲み食いをしていても文句を言われはしなさそうではあるが、こちらにも文明人としてのけじめというものがある。ちなみに、これも既知の事実だが、このユーメリカには金・銀・銅はいずれも存在しない。従って、それぞれの貨幣も(少なくとも現在時点では)価値を認識してもらえない。代わりにミスリル・オリハルコン・アダマンチウムと呼ばれる三種類の貴金属が存在するらしいのだが、まあそれはいいとして、話を申し出た結果として、弓が使える三人は例の猟師に協力して狩りに出、他の面々は村で内職を手伝うことになった。草を編んでロープにする作業であった。僕もやる。そんなに難しくはなかったが、もちろん島民がやるような速度は出せない。ありていに言えば真似事に過ぎないが、まあ、宴の晩から二日の後に行商船団は無事やってきたので、僕のロープ編みの技術が上達することもなかった。


『あんたたち、まさか、あの行方不明になった船団の生き残りなのかい? こいつは驚いたな』


 行商船団のリーダー、ピルカが商団長と訳した人物はピルカたちの乗っていた船が遭難した事件のことを知っていた。ピルカやソラナム個人のことまでを知っていたわけではないが。


『そういう事情なら予定を変更してユーメリカ本島に向かうが、あんたら乗っていくかい? それとも、あんたらの船で我々の船と併走するか?』


 ルドバルサンサ島にラウラ号を置き去りにしていくのは嫌なので、後者の申し出に従うことになった。行商船なるものは我々の船とはまったく違う種類の造船技術による船だが、まあ、浮力を利用して浮き、何がしか推力を得て進むものであるということに変わりはなかった。ラウラ号の方が速度は出るが、向こうの速さに合わせて航行する。食糧はルドバルサンサ島で分けてもらったものと、行商船から分けてもらったものとをあわせて、十分な量が積み込まれている。航海すること一週間と少し、我々はユーメリカ本島の大きな港に到着した。ここが、港市ペレグリヌス。ピルカが知る限りユーメリカで最も大きい街で、そしてピルカの故郷である。


『ピルカ。ピルカなのかい。本当に、ピルカなのかい。ああ、信じられない。愛しい、わたしのピルカ』


 ピルカの恋人のテオ・ブロマ氏という人はそんなに若くはなく、そして街の有力者であるらしかった。ピルカとソラナムはここで船を降りることになる。そして……メリッサも。そんな着いたばっかりですぐ出航するわけではないからメリオラとの別れの日はまだ先であるが、その前に、Dr.オトギリからこの問題について一つ重大なコメントがあった。


「メリッサ。君は妊娠している。一応まあ医者の立場というものがあるので念のため確認だけはするが、相手はメリオラということで間違いないな?」

「はい。間違いございません」

「ふむ。まあ、事実はそれだけだ。医者の領分として言えることはここまでで、後は君たちの問題だから、そういうことで」


 もちろんこの話はすぐにメリオラにも知らされた。


「ミハイル様。俺たちを、正式に結婚させていただけませんか?」


 わが帝国には航海法というものがあり、そしてミハイルは法的に船長の地位にあるので、法律上婚姻届を受理することができる。ミハイルが受理すれば、二人の間の結婚は成立する。これはミハイルが皇太子だからという話ではなく、船長だから、である。


「それは、我は構わないが。本当にいいのか? 二人とも、それで」

「わたくしからもお願いいたします」


 で、メリッサは正式に『ヴァレリアナ・メリッサ・フェリクス』になった。名前は三つだが、厳密に言えば平民である。貴族が平民に嫁いだり婿養子になったりすることは非常に稀なのでこういう例は滅多にないのだが、法律上はそういう扱いになる。さて。単に法律上の結婚が成立するだけではなく、テオ・ブロマ氏の館に招かれて、結婚披露宴のようなものまでが開かれることになった。といっても、ユーメリカとわが帝国との間でお互いの結婚に関する風習が違いすぎるため単に御馳走が出て宴が開かれたというだけの話ではあるのだが、ただ一つだけ面白い一幕があった。ピルカが訳して呼ぶ言葉では『黒き神』とこの地で呼ばれている、なんやらすごく珍重されている真っ黒な飲み物が、新郎新婦にだけ与えられたのである。どんだけうまいのだろうかと思ったが、二人ともそれを飲んでひどい顔をしていた。あとで話を聞いたら、めちゃくちゃ苦いらしい。何なんだ。異国の文化というのは難しいな。


 さて、それからしばらくして、出航の日がやってくる。僕は第一航海士に昇格した。それで何が変わるというわけではないが、帰路の乗組員は七人である。食糧と水は満載。それからいちおうユーメリカ諸島の珍しい産品を、我々が積んできた交易品(そんなものも一応あったのである)と交換して船倉に積み込んだりはしたが、それより我々の最大の目標は、航路を開拓することそれ自体にあった。つまり、大陸に生還することが第一義なのであり、アリエル・プロジェクトはまだ、現時点で半分しか終わっていないのであった。

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