第十一話

 家に帰りついた。もちろんいきなり後宮に押しかけていったりはしない。いろいろ対策を練る。まずは父様にお願いして、皇后を相手に持っていくにふさわしい手土産の菓子を作ってもらう。僕はカーセウス・プロイノ・イェンタークルム様に会いに行く。父の古い知り合いで、宮内庁長官である。現在の後宮の支配者はクリスタータ殿下だが、その次に重要な役割を担っているのはこの人物だ。


「御用向きはなんですかな、シルヴェストリスの御令嬢。渡来者の方々の件ですか?」


 彼の屋敷の執務室で対面させてもらった。もちろん手土産持参。


「いえ、それとも関係あるといえばかなり関係はあるのですが、しかしこれは後宮に関することでして」

「と言いますと」

「クリスタータ殿下にお目通りを願いたいのです」

「成程。それなら当職の領分ですな」


 結局、協力してもらえることになった。次はミハイルである。母とクリスタータ殿下は血を分けた姉妹でありながら絶交中であるが、クリスタータ殿下の娘の三姉妹とミカとはそうではない。世代をまたがって確執が続いているというわけではないので、ミハイルは彼女らを普通に自分の妹として遇している。上の双子の二人、ドルチェ・シナノとスイート・メロディはそれほどではないが、末の子のゴールド・ジョナは割とミカに懐いていた。そこをてこにしてクリスタータ殿下と僕との対面の機会を作ってもらうことになった。


「アル。手土産ができたよ。これを持っていくといい」

「これは? 僕でも初めて見る菓子ですね」

「メイズ・オブ・オナー。かつてヘンリー8世という王がその正妃となるアン・ブーリンという女を見初めたとき、その女が食べていたという菓子だ。見ての通り小ぶりのチーズパイで、カードを使っているから健康にもいい。俺の秘蔵のレシピの一つだよ」

「ありがとうございます、父様」

「いや。クリスタータ殿下に対しては、俺からも色々と思うところがあるからな。よろしく頼むよ。シルヴェストリス家の代表として」


 というわけで、僕とミカとミネオラとリョウカつまりいつもの四人と祖母との五人で、宮内庁長官に案内されて後宮のクリスタータ殿下の私室を訪れることになった。


「あっ、にいにだ! どうしたの、にいに?」

「ゴールド。兄者はお前と遊びに来たんだよ。だから遊ぼう。何がいい?」

「じゃあ、おはなしをしてほしいの! ゴールドのだいすきなまきものがあるの、とってくるの」


 とててて、とゴールド・ジョナは走り出す。双子姉妹の姿もあった。


「王妃殿下。こちらはつまらないものですが」


 僕がそう言い、宮内庁長官がメイズ・オブ・オナーを差し出す。箱に入れてここに持ってきたわけじゃあなくて、既に皿の上に盛られている。


「要らないわ」

「あら、どうしてですか母上」

「雅な菓子ではありませんか」


 ちなみに他人が困らないように髪型を別にしているのでどっちがどっちかは分かる。スイート・メロディ、つまり双子の妹の方がメイズ・オブ・オナーをひょいとつまんで一つ口にした。


「まあ、とても美味しいわ。たれか、お茶を淹れて頂戴」

「はっ」


 誰だか知らないがこの部屋の使用人だろうと思われる女が茶を淹れに行った。クリスタータ殿下だけは殺気立ったままだが、全体としては平和な空気が流れつつある。こちらの形勢だ。僕は用件を切り出した。


「キトルスのご領地の中にあります、あの神木についての件なのですが――」


 クリスタータ殿下はずっと険しい表情のままではあるが、少なくとも話を聞いてはくれた。


「別に構わないといえば構わないけど。一つ条件を出します」

「はい。何でしょうか」

「グランディフロラ。あなたがわたくしの前で、膝をついてそれを願いなさい。それが条件よ」


 このときクリスタータの目が初めて、僕の後ろに控えていた祖母の方に向いた。


「……分かりました」


 祖母はそう言って、その場に平伏して両膝をつき、さらには頭を床につけた。


「ユリア・グランディフロラより。殿下に請うてお願いを申し上げます。どうぞ、我が孫娘よりの依頼の儀、ご承諾を賜れますよう」

「……もういいわ」


 祖母は殿下の言葉を受けて立ち上がった。双子姉妹は不思議そうな顔をしている。末っ子は向こうでミカと遊んでいるからこちらの状況には気付いていない。


「あなたを許しはしないし、和解などするつもりもないけれど。それはそれとして、神木の伐採は許しましょう。当然費用はそちら持ち、売却代金はこちら持ちですけれど」

「はい、僕としてはもちろんそれで構いません! 殿下、ありがとうございます」

「……ふん。せめて、三番目に生まれてきたのが男の子だったらね。わたくしにもまだ野心というものが残っていたかもしれないけれど」


 クリスタータ殿下は小さく呟いたが、それに対しては返事はしなかった。許可を得て、退出する。といってもミカは子供と遊んでいる最中なので置いてきた。その護衛であるミネオラも。


「おお、和解とは言わないまでも、親族同士の絆が再び芽を吹く時が来るとは……なんたる……何たる場に居合わせることができたのでしょうか、リョウカは……!」

「廊下で大声を出すのはおやめ、リョウカ」


 僕まで宮内庁長官に睨まれた。奴隷を持つのも大変である。

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