第四話

「あれ、母様は?」

「宮殿から使者の方がお見えになられまして、参内なされました」

「そうか」


 とりあえず真っ先にリョウカを紹介しないといけないと思っていたのだが、母に仕えている貴人付の奴隷の一人がそう言った。今日と明日は非番を取っていたはずなのだが。相変わらず忙しい女である。まあ、史局局長なんてそんなものだと言ってしまえばそれまでだが。しかし、今このタイミングで急用ということは、例の渡来者に関する用件だろうか。


「あ、ミカ。それにミネオラ。これ、新しく僕の奴隷になったリョウカ。リョウカ、御挨拶を」

「あたしがリョウカです。チユキ様にお仕えしております。今後、よろしくご指導ご鞭撻のほどを」


 自分の奴隷を持つと、とりあえずその初めにはそれを知り合いという知り合いに紹介して回らなければならない。知識として知ってはいたが実際やるのはなかなか大変だった。


「ルービィ叔母様も。これ、リョウカです。リョウカ、御挨拶を」

「リョウカです。チユキ様にお仕えしております。今後、よろしくご指導ご鞭撻のほどをお願いいたします」

「はーい。あたしにはそんなに改まらなくてもいいですよ。よろしくお願いするわね、リョウカさん」


 馬の獣人であるルービィ叔母様の耳が、くたっと寝ている。くつろいでいるとき、または親愛の情を示すときの状態だ。相変わらず、立場の割に屈託のない人物である。なお、当然のことではあるが彼女の子であるミカにも馬の耳と尻尾がある。


「じゃ、ミカ。もっかい宮殿に行こう」

「うむ」

「今度は俺も最初からついていきますからね」


 というわけで、ミネオラも連れて、四人で宮殿に向かう。またつまみ出されては嫌なので、とりあえずミカの部屋に向かうルートを取る。ミカは何しろ皇太子なので、日頃宮殿で暮らしているわけではないとはいえ既に本人の私室くらい用意されているのである。


「さて、ここからどうするか、だが」

「陛下の執務室の方に行ってみようか」

「それはいいですけど、そこに渡来者たちが来ているとも限らないのでは?」

「そうだなあ」


 ミカの私室付きの執事に話を聞いたりもしてみたが、『いま渡来者たちがどこにいるか』なんてことまでは知らなかった。まあ、そりゃそうだ。


「ここでこうして茶を飲んでいても仕方があるまい。我は闇雲でいいから探しに行くぞ」

「じゃあ僕もついていく」


 結局、また四人で宮殿の中をうろつき回ることになった。廊下を進んでいく。すると、曲がり角に一人の女がいた。ターバンを外しているが、間違いない、さきほど見かけた三人組のうちの一人だった。


「あっ! 渡来人のひと!」


 女がこっちを見た。少女ではない。二十歳は過ぎていると思う。


『あなた方は? この宮殿の方ですか?』


 女が喋った言葉が何語であるか理解するのに数秒を要した。えーと、トルドー語だ。大陸西方の交易民が使っている言語。ただ、かなり古い語形での話し方だった。歴史の文献と対話しているような感じ。母ならもうちょっと詳しいのだが。


『僕の名はアリエル・チユキ・シルヴェストリス! 貴女は!?』

『ジャガルタ・ピルカと申しますわ』


 そこまで話したときだった。ピルカの後ろから、僕の母と、そして皇帝陛下が姿を現した。


「やばい。逃げるぞ」


 こちらの面は完全に割れているわけで、別に親衛隊に追いかけ回されたりはしなかった。どうせあとでお説教だろうけど。ケチも付いたことなので、うちに帰ることにする。


「それにしても。美しいおなごであったな」

「……む」


 耳がピンと立っている。いい女と出会ったときの反応の仕方。ミカが言ってるのはピルカのことだと思う。別にその事実を否定はしないが。また悪い癖を出しおってからに。

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