第三話

「これはこれは、チユキ様。本日はどのような」


 ひとりの奴隷商人が揉み手で近寄ってきた。自分で自分の奴隷を買うのは初めてだとは言うものの、もちろん家族に連れられてここに来る機会は何度もあったので、この老人とは顔見知りである。何でも、むかし母がルービィ叔母さんを奴隷として買ったとき、その売り手だったのはこの商人だったのだとか。


「自分の奴隷を持つことになったんだ。貴人付ウェイティングにしようかと思うんだけど」

「それはそれは」


 ウェイティング、というのは貴族などの側近くに侍って仕えるための奴隷。ふつうは家事はしない。具体的に何をやらせるかは主人の価値観によってさまざまだが、僕には存念があった。


「護衛も兼ねられる、腕っぷしの強い女奴隷がいい。在庫ある?」

「そうですな。それでしたら、まずはこちらをご覧ください」


 犬の獣人が大勢集められている檻の前に案内された。確かに見た感じ強そうではある。


「駄目ですね。どいつもこいつも見掛け倒しです。わっちが請け合います」


 どの奴隷を選ぶかの相談には乗ってくれないらしいのに、ダメ出しはしてくるらしい。そのほかにも三種類くらいの種族の檻を見せてもらったが、アンフィスの眼鏡に適う戦闘能力の持ち主はいなかった。で、市場の中央近くに戻ってくる。オーガの兵士たちが大勢いる。ここの奴隷市場に配属されているエリートたちである。


「そうだ。オーガの檻はないの?」

「オーガの、それも女の、となりますと、店頭には出してございませんが。一人、在庫がございます。こちらにおいでください」


 路地を入った先に案内される。奴隷の檻がここにもあるが、値札が付けられている者はいない。


「こちらが‟ほむらのリョウカ”。18歳になるオーガ族の娘です」

「おっ。これは強いですよ。もちろんアンフィスには及びませんが、それにしても強いです」

「そうでしょうそうでしょう」


 商人はうんうんと頷いた。リョウカという女は、身長が180㎝くらい。オーガなので、赤髪に赤い瞳である。顔は綺麗な方だと思う。女なので胸もちゃんとあるが、身長を考えればそんなに大きい方ではない。え、そういう僕はどうかって? 母ほど立派なものではなく、まあ人並みです。


「これは店頭には出さず、競売に出す予定でいたものですが。お買い上げになるのでしたら、これくらいで如何でしょうか?」


 商人に金額を示される。高い。べらぼうに高い。まあ、オーガはみんな腕利きで引っ張りだこなので、高いのは当然ではある。いっぱい金貨を持ってきたが、それでも現金で買うのは無理そうだ。しかし、わがシルヴェストリス家はぶっちゃけお金持ちなのである。


「妊娠している可能性はない?」

「こちらはまだ生娘でございます」


 なるほど。僕と同じか。


「使える言葉は?」

「エルフ語、オーガ種の固有言語、そして古代竜人語を使えます」


 古代竜人語! 道理で高いわけだ。なので、僕はリョウカという女に古代竜人語で話しかけてみた。


『僕に仕える気はあるかい?』

『喜んで』

『いい返事だ。気に入った。これから僕のことはチユキ様と呼ぶように』


 というわけで、話はまとまった。


「連れて帰るけど、請求書はうちの金庫番に回して。それでいいよね?」

「もちろんでございます。お買い上げ、誠にありがとうございます。それでは手続きに入らせていただきます」


 ものすごくたくさんの書類を書いたりなんだりしないといけないのだが、それはアンフィスに任せた。僕はリョウカを連れて武器屋に行く。買ったばかりの奴隷が武器を持っているわけはない。そんなおまけはついてこない。


「リョウカ。君が使うのだから君が決めて欲しいんだが、どういう武器がいい?」

「一通りなんでも使いこなすことはできますが。大振りで、なおかつ片手を空けられる武器があれば、それをお願いしたくはあります」


 店の主人は当然この会話を聞いているわけで、金ぴかのハリボテっぽい剣とかを勧められた。だがリョウカがその中から選んだのは、片手持ちの長い十字剣だった。バスタードソード、と呼ばれるタイプのものだ。付属の鞘はいい拵えになっている。貴人の護衛が持つのにも相応しい。


「支払いは現金で」


 結局、母から受け取ってきた現金の大半は奴隷ではなく、この剣の代金となって消えた。


「帰る前に。二人の出会いの記念に、どこかで御馳走でも食べて行こうか」

「ぜひ」


 リョウカは目を輝かせた。レストランに入り、子猪こじしの丸焼きを注文する。


「これ、あたしも食べていいんですか?」

「そのつもりで頼んだんだよ。一人じゃ食べきれない」

「ありがとうございます!」


 がつがつがつがつ! と言った感じで、リョウカは丸焼きと格闘を始めた。高い商品だったのだから別に食費をケチられたりしていたわけではないだろうと思うのだが。食いしん坊な女だな。


 さて、丸焼きは骨だけになり、僕らは食後のお茶をすする。デザートも二人前注文した。アップルパイがメニューにあった。アップルパイというものをこの世界に持ち込んだのは僕の父であったらしいのだが、今は普及していていろんなところで見かける。父様の奴が一番おいしいけど。


「買われた早々にこんなにまでしていただけるなんて。リョウカ、感激です」


 この世界では砂糖やそれを使った菓子というのは高価なものなのである。うちは砂糖も卸しのルートで手に入れてるから、台所にいっぱいあるけどね。


「とりあえず、いったんうちに帰るよ。で、もういっぺん宮殿に行く」

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