第二百七十日目~第二百八十日目
■第二百七十日目の日記
三人で暮らしていた家からの、レティの引っ越しが終わった。この家は俺のものとなった。レティはタダで引き取ってくれて構わないと言ったのだが、そんなわけにはいかないので、フェリクスから借金をして、ローンで購入した。三十年の年賦である。俺のパティシエとしての労働寿命ぎりぎりまでかかるということだ。もはやこの世界に骨を埋める決意はできているとはいえ、それにしても高い買い物ではあった。ルービィの寝室は念のため残してあるが、しかし基本的には俺の家になったわけである。さっそく、晩酌をするための酒を買い込んできて寝室に置いた。自分の城だ。悪くはない。
■第二百七十一日目の日記
今日は仕事は休み。朝から家で飲む。この世界の蒸留酒を、リンゴジュースで割る。厳密にはちょっと違うが、ウオッカベースのカクテル『ビッグ・アップル』のレシピである。夕方、ウエンズリーデイルチーズの模倣品の試作に成功したという連絡が届いた。試作品が添えられている。少し口にしてみたが、ほぼ本物と遜色がなかった。これで本物のヨークシャー・アップルパイを作ることができる。
■第二百七十二日目の日記
店にヨークシャー・アップルパイを出した。大いに売れた。それはいいのだがその夜、レティがルービィを連れて俺の家にやってきた。ルービィが茶を淹れる。
「実は……」
と言ってレティが切り出した話はかなり困った内容であった。ルービィを妊娠させたのは表向き俺だということになったからそれで口裏を合わせてくれ、というのである。まあ、ここまで乗りかかった船だから、もちろん協力はするが。
そして深夜。レティはルービィと一緒にルービィの部屋に泊まっていたのだが、俺の寝室にやってきた。俺はビッグ・アップルを飲んでいた。リンゴジュースだけをコップに入れ、渡してやる。レティはそれを飲みながら、長い長い話をした。彼女と、彼女の妹に関する、とても悲しく辛い内容の話だった。
半年以上も家族をやっていた俺にはよく分かった。その問題に関しては、ルービィと言えどもレティの力になることはできない。いま、レティを支えてやれるのはこの俺だけだ。それが分かった。そして恐らくは。そうすることこそが、俺の、この世界での運命なのだろうと。その役割を担うために、俺はこの世界に送り込まれることになったのだろうと。そう思った。だから。
俺はイリスを抱いた。
■第二百七十三日目の日記
正直なことを言えば、これまで拘束され雁字搦めになっていた何かから解き放たれたような気分ではある。しかしもう半面では。俺の心を鋭く刺す後悔と絶望とが、俺の心の中にあった。
もうこの手帳のページは残り少ない。毎日日記を書き続ける決意に変わりはないが、これから先の日記はどうしても短いものになっていくだろうと思う。
■第二百七十四日目の日記
客入りは上々。ほか特筆すべきことなし。イリスは忙しいので、毎日やってくるわけではない。
■第二百七十五日目の日記
客入りは上々。ほか特筆すべきことなし。
■第二百七十六日目の日記
客入りは上々。ほか特筆すべきことなし。
■第二百七十七日目の日記
特筆すべきことなし。
■第二百七十八日目の日記
特筆すべきことなし。
■第二百七十九日目の日記
特筆すべきことなし。
■第二百八十日目の日記
店は休み。イリスと街でデートをした。泊まっていった。
■第二百八十一日目の日記
特筆すべきことなし。
■第二百八十二日目の日記
記すことなし。
■第二百八十三日目の日記
記すことなし。
■第二百八十四日目の日記
記すことなし。
■第二百八十五日目の日記
記すことなし。
■第二百八十六日目の日記
記すことなし。
■第二百八十七日目の日記
イリスとデート。泊まっていった。
■第二百八十八日目の日記
記すことなし。
■第二百八十九日目の日記
記すことなし。
■第二百九十日目の日記
記すことなし。
■第二百九十一日目の日記
記すことなし。
■第二百九十二日目の日記
今日は宮殿で大変な騒ぎがあった。本当に色々なことがあったのだが、簡単にまとめると、イリスの姓がキトルスからシルヴェストリスになり、ルービィもシルヴェストリス家の一員となった。二人は義理の姉妹になったのである。とてもめでたい慶事であった。
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