第十五日目~第十九日目
■第十五日目の日記
この帝都での俺の店、『FROM EARTH』が開店した。店は初日から大繁盛だった。正直なところ、レティのことを考えている余裕はなくなった。非常に忙しく、こうして日記を書いている時間さえも惜しいくらいだ。
■第十六日目の日記
『FROM EARTH』開店二日目。客足は衰えない。今日も店のソファで寝る。ルービィから、この社会において貴族の女性のファーストネームを呼ぶことの意味について説明される。既に知っていた内容ではあるのだが、初めて聞いた、ということにしておいた。
■第十七日目の日記
ルービィが言っていたが、レティが部屋から出てきて食事を摂ったそうだ。一安心ではある。だが俺は店が忙しいこともあり、今日もソファで寝ることにする。さすがにそろそろ背中が痛くなってはきたが、それでも一人暮らしの解放感が捨てがたかった。
■第十八日目の日記
店は相変わらず繁盛しているが、客足がさすがに落ち着き始めたことと、ルービィが店の手伝いに入ったことでようやく何とか小康状態が得られつつある。しかし、俺は今日もソファで寝る。ルービィに、そろそろ戻ってくるか或いはきっぱりあの家を出て行くかどちらかにしてはどうか、と言われたので、明日には戻るが。一人暮らしも今日で終わりである。せいぜい堪能しよう。そして背中は痛い。
■第十九日目の日記
昨日決めた通り、ようやく俺はレティの家に戻った。そうしたら、言われた。
「玄野……さん。わたしを……もう一度、イリスと呼んでくれませんか」
俺は目を逸らし、レティの横を通り抜けながら言った。
「すまない。それはできない」
レティは自分の部屋に行って泣き始め、ルービィはそれを慰めていたようだった。
こんな態度を取った理由は二つある。一つには、そうでもしなければレティは俺への想いを振り切れないだろう、という考えがあったからだ。そしてもう一つは、俺自身の問題だ。レティは魅力的だった。言うまでもなく、ルービィとレティとどちらに性的魅力を感じているか、と言われればそれはレティの方だった。レティが俺への想いを振り切ってくれないと、俺もレティへの想いを振り切ることができない。だからだった。だから、あえて突き放すようなことを言わざるを得なかったのだ。レティに対して向ける俺の感情がまったくないから冷たくしたのではなかった。それがあるから、冷たくしないわけにはいかなかったのだ。
そもそも。何故、レティに対して、自分に妻子がいることをあの日まで隠していたのかという問題もあった。あれは俺の切り札だったのだ。レティにせよ、ルービィにせよ、俺に直接的な誘惑をぶつけてこられたら、この世界では根無し草であるに過ぎない俺には抗するすべがないのだ。だから、いざというとききっぱりとそれを拒絶する口実にするために、その話は伏せていたのである。
……正直言って、この先もしも、俺に妻がいても構わないから関係を持って欲しいというような話の持っていき方でルービィやレティにまた誘惑されたら今度はどうしたものかと、俺は心の底では思っている。もちろん、こんな考えは絶対に、誰にも教えはしないが。
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