The another side of apples and oranges

後日談

「達樹さん。大切なお話があります」


 と、イリスに切り出された。イリス。イリス・レティクラタ・シルヴェストリス。この国のやんごとない身分の家柄のそれも当主の女で、そして俺の、現在のこの世界における恋人である。


「どうしたんだ?」

「どうしたんですか、レティ様? というか、あたしも聞いてていいんですか?」


 と、言うのはルービィという名の少女。少女であるが、乳飲み子を抱えている。この赤ん坊というのが実に皇帝の子というとんでもない立場の子供であって、だから当然乳母などもいるのだが、基本的にはルービィは自分で育児をしていた。母乳育児である。この娘もいろいろと説明すると長い立場にあるのだが、いまここで一つだけ言っておくとレティにとって義理の妹にあたる。


「うん、ルービィにも聞いてほしいの。実は」

「実は?」


 俺は黙って続きを待った。


「子供ができました。いま三か月です」

「……そうか」

「わあ! おめでとうございますレティ様! えーとそれだと、うちのミカと一歳違いくらいになるのかな? それくらいですよね? 男の子かな女の子かな? わー、楽しみ! すっごく楽しみ!」

「気が早いわよ、ルービィ」


 まあ、こんな日が来ることは予測してはいた。だから俺は、事前に用意してあった指輪を棚から取り出し、イリスに渡して言った。


「イリス。俺と結婚してくれ」

「……はい、達樹さん。……嬉しい」

「わー! やったあ! ついにこの日が! ついにこの日が来ましたね! 今夜はお祝いしなくっちゃ!」

「もう。ルービィったら」


 その夜は三人で御馳走を食べた。そして夜遅く。俺は、びっしりと書き込みのある手帳を取り出して、最後のページにわずかに残った最後の余白に、こう書いた。


「俺はイリスと結婚することになった。もう地球に帰る日は来ない。永遠に」


 別に誰かに見せるために書いたわけではない。これは俺なりのけじめであった。もうこの手帳には書き込みのできる余白はまったく残っていない。そして、俺はその手帳を、暖炉にくべて燃やした。メラメラと炎が上がり、書かれた文字という文字が消えていく。


「……運命、か。これが、俺の運命だったんだろうな」


 やがて、手帳はすべて燃え尽きた。俺はすぐそこで寝ているイリスの髪を撫ぜ、小さくため息をついた。

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