第三十話

 いい加減のぼせそうになったので風呂から上がった。浴場の中にある売店で冷たい飲み物を買う。他の三人もそうしている。わたしは林檎ジュースにした。寝椅子で涼んでいると、隣にラクテアが座った。そして言う。


「姉上様を帝国史局局長と見込んで、一つお尋ねしたき儀があるのですが」


 来た。姉妹の親交を深めたいというだけの理由でわたしを誘ったわけじゃないだろうとは思っていたが、これが本題だ。


「エキドナと呼ばれる人物のことをご存知でいらっしゃいますか?」


 わたしは素知らぬ顔で次の言葉を促した。


「それは?」

「宮中深くの噂話なのですが。陛下が……どこかの素性怪しき女にお手を付けられて……」


 わたしは必死で表情を消した。しかしうまく隠し切れているか自信がない。


「エキドナという人物がそれを匿っている、と」


 わたし自身にはもちろんそれが誰のことか分かるが、史局でも把握していないレベルの情報だった。この女は既に宮中に深く根を張っている。


「いまのわたくしではこれ以上のことは掴めなくて。でも、姉上様ならもしかしたら、と思いまして。如何でしょうか」


 如何もなにも、それは間違いなくわたしのことだ。何故ならエキドナというのは古いエルフの言葉で……


 毒蛇、という意味だからである。

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