第二十五話
「つまりあれ以来ずっと。あなたはここで夫の喪に服し、毎日毎日みーみーべそべそ泣き暮らすだけの日々を過ごしていた、と」
「……そうよ」
「恥というものを知らないの?」
「……うう」
今の母は飼い主に叱られることを恐れている子犬のようであった。わたしは怒ってもいるが、どちらかというとむしろ呆れている。
「そこまで愛していたのなら、どうして父さんのところに帰ろうとしなかったの」
「そうしたかったわ。そうしようとした。何度も。十五年間ずっと。でも」
「でも?」
「ガイウスは私を許してくれなかった。最後まで」
「……そう」
わたしも知らなかった事実だった。
「これを」
母はわたしに二枚の紙を手渡した。両方とも辞表だった。片方は局長職を辞するためのもので、もう片方は局員の地位を辞するためのもの。これらが法的効力を得るためには皇帝の印璽が必要だが、裁可はわたしの権限でできる。
「それでそのあとどうするつもりなの?」
「まだ決めてないけど……旅にでも出ようかしら」
「いい加減になさい!」
わたしが声を荒げると、母はビクっと肩を震わせた。
「片方だけ受理します。局長の地位はこのままわたしが引き継ぐ。ですが史局を辞することは許しません。休暇も今日限りで終わりです」
わたしは少し悩みはしたが、意を決してこう続ける。
「局長特命を発する。今からわたしが話す内容は言うまでもなく他言無用である」
この女はそれでもなお有能な人材だった。まだ利用価値がある。キトルスの毒蛇は手段を選んではいられない。
「……陛下が? その女に?」
自分のことが話題になったので、ルービィがようやく口を挟んだ。
「あ、はい。これからよろしくお願いしますね、局長閣下」
「……私はもう局長ではありません」
ルービィの前に膝をつき、頭を垂れて言う。
「ユリア・グランディフロラ・キトルス。本日ただいまよりを以て、ルービィ様の懐剣となることをここにお誓い申し上げます」
その目には既に光が戻っていた。
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