第4話

二足歩行の白豚ちゃんが目の前で転んだ。

最初はそう思ったが、どうやら白い制服を着た少年が転んだようだった。

どんくさそうな少年が、ふぇぇと言いながら起き上がる。

両手に持っていたアイスは地面に落ち、白い制服は汚れてしまっていた。


「大丈夫?怪我は?」


なかなか立ち上がらないので声を掛けると、少年が「お膝が痛いでしゅぅ」と言った。

ゆっくり立たせ膝を見ると、半ズボンだったがために両膝擦りむいてた。

それでも少年は泣かなかった。


「よしよし、泣かなくて偉いな。ここに座りな。絆創膏貼ってやるから」


俺は少年の手を引いてベンチに座らせた。

涙がたまった、くりっとしたお目目が俺を見上げる。


「…偉い、でしゅか?」


「偉い偉い。痛いの我慢して、っっっ!」


俺はあやすように頭を撫で、ワンショルダーバッグを漁った。

確か、持ってきてるはずだ。

目的の物を取り出そうとした俺に、何か振り下ろされた。

俺はとっさに飛びのいた。


「貴様っ何をしているっ!」


「か、神崎っ」


スーツを着た男が、白制服の少年の前に立っていた。

警棒を手にしている。

なんて物騒なんだ。


「何って絆創膏と傷薬をだな」


俺はバッグからその証拠を取り出した。

色々あって手当用品が手放せない主義なのだ。

どうだ、えらいだろ。

胸を張る俺に、カンザキと呼ばれた男が訝しみ睨んでくる。

警戒されている。

一ミリも信用されていない。


「か、神崎っ本当でしゅっこのお兄さんは、本当に僕のこと心配してくれたのでしゅっ」


「ですが、白浜様」


「大丈夫でしゅ。僕を信じて下さいでしゅ」


カンザキが俺をぎりっと睨みつつも、警棒は仕舞ってくれた。

でも何か変なことしたら…という警戒は解かれてない。


「…じゃ、ひとまず傷を洗って薬を塗って絆創膏…おい、カンザキ」


「呼び捨てるな」


「水買ってこいよ」


「貴様が命令するな。貴様が買ってこい」


「ケチ」


「黙れ」


護衛対象をひとりに出来ないから全うな判断だけどなんて偉そうな。

切り捨てられた俺は、しぶしぶ近くの自販機で水を買った。

ついでにお茶とジュースも買った。


「おいカンザキ」


「なっっ!物を投げるなっ」


「持ってて、あと痛ましそうに見つめても傷は塞がらない」


「分かってるっ」


「分かってんならどけって、デカい図体」


「貴様っ」


「白坊ちゃんは怖くねぇの、このデカデカさん」


「神崎は優しいでしゅ」


「あらー良かったですねぇデカデカさーん」


「……早く手当をしろ」


「こわっ」


痛いの痛いの飛んでゆけーと呪文唱えながら、俺は白坊ちゃんの手当を済ませた。

白坊ちゃんは泣くのを我慢して、大人しく絆創膏を張らせてくれた。

偉いねって言ってカンザキからジュースを受け取り渡した。


「ありがとうございましゅ」


白坊ちゃんは涙をぽろっと溢し、それでも笑顔でお礼を言ってくれた。


「今時めったにいないくらい良い子だな」


「当然だ」


「お前……えぇ…犯罪…」


「貴様の脳は半分溶けているようだな…可哀想に…」


「半分サイボーグなカンザキには言われたくない」


「呼び捨てるな」


「うふふふ」


白坊ちゃんが急に噴き出した。


「どうしたの?」


「カンザキが、そんなに楽しそうなのは初めて見ました」


「だって」


「白浜様、これは楽しいのではなく、ただの売り言葉に買い言葉というものです」


「おう、売ったろ売ったろ」


「いらん買わん。五月蠅い」


「うふふふっ」


白坊ちゃんが楽しそうに笑ってくれたので、俺とカンザキはホっとした。

やっぱり子供は笑っているのが一番だ。

俺とカンザキは顔を見合わせた。


「…目付きで獲物殺せるって言われない?」


「なんて間抜けな顔なのか…哀れだ」


俺はカンザキの顔にお茶をぶつけようとして装備してないことに気付き、はんっと馬鹿にしたように笑われた。

戦いのゴングが鳴った。

白坊ちゃんの笑いが青空に吸い込まれてった。

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