アポカリプス

「こんなとこに、なんか残ってんのかよ」

「此処では、ヤツラの研究をしてたんだってよ。その資料だけでも見つけないとな。そうでなくても、病院なんだ。薬くらい残ってるかもしれないだろ」

「ちっ……まぁ、薬は必要だけどな」


 廃墟のように荒らされた病院を、武装した男達が探索していた。


 APC9を持つ、小柄でがっしりとした男はジョー・ラッチ。

 気さくな中年だが、痛んだジャガイモのような顔と口の悪さから、気難しい乱暴者だと誤解される事が多かった。

 元は米兵だったが、今では軍もなくなり、護衛や探索に力を貸している。


注) APC9

 スイスのブリュッガー&トーメ社が開発したサブマシンガン。

 強化ポリマーで軽量と堅牢を実現し、軽量ながら連射の振動も最小限に抑え、精度も高く、米軍でもセキュリティースタッフ用に採用されました。


 SIG MPXを持つ、長身の男はイヨン・ボイド。

 厳めしい顔だが、普段は穏やかで大人しい性格をしている。

 殺人を躊躇しない性格で、元傭兵をしていた。大人しく優しいが、他人の生死は気にならない、人としての何かが欠けている青年だった。

 現在はジョー・ラッチの相棒として、主に探索を任されている。


注) SIG MPX

 アメリカのSIG社が開発した、室内制圧用の至近距離用自動小銃。

 威力よりも発射速度と装弾数で圧倒して、制圧する為のサブマシンガンで、独自のショートストロークプッシュロッドガスシステムで反動を抑えています。

 クローズドボルト式で泥水に浸かっても使えて、耐久性、消音性も高くなります。


 ひと部屋ひと部屋、二人で慎重に確認していくが、生存者も死者も、そして奴らも発見できなかった。病院内部は想像通り荒らされていて、医薬品の類は残されていなかった。そこには、それほど期待していなかった二人は、奥へ奥へと進んでいった。


「ちっ、埃っぽいだけで、なんもねぇな」

 ブツブツとグチをこぼしながら、前を行くジョー。

 その後ろで、廊下の崩れた壁を調べるイヨン。

 穴の向こうの部屋が気になったイヨンは、銃を構えて穴に入って行った。


 この階は病室ではなく検査室などが並んでいたようだ。廊下は少しひらけた場所に出た。倒れたソファが並んでいるので、待合スペースだったのだろうか。

 突き当りの部屋は、何かの検査をする部屋だったようだ。


 その部屋から、小さな物音が聞こえた。

 ほんの僅かな、壁を引っ掻くような音に反応して、ジョーが立ち止まる。

 後ろのイヨンに手のひらを向けて突き出した。


 その直後、右手廊下先のドアが開いて、イヨンが顔を出した。

 何かを悟ったジョーが、ゆっくりと後ろを振り向くと、白衣を着た長身の男が、ジョーの差し出した手に、深々と歯をたて、噛り付いていた。


 異変に気付いたイヨンが、銃口を長身の医師へ向けるが、その背後からナースが抱き着き、イヨンの首筋に噛みついた。

 抵抗する間もなくイヨンは首の肉を、大きく齧り取られ、高い天井まで血を噴き上げながら倒れていった。


「くそっ……」

 せめて目の前の奴だけでもと、ジョーのSMGがパララ……っと弾を吐き出し、手に噛り付いていた男の頭を削り飛ばした。


 その音に、ぞろぞろと集まって来る成れの果て。

 動く死体たちが足を引き摺りながら、ゆっくりと集まって来た。

 その新鮮な肉を貪り、仲間に引き込むために……。


 そんな銃声や悲鳴が聞こえたわけでもなかったが、少女は白いベッドの上で独り、静かに目を覚ました。

 見た事の無い白い部屋。


 大きな窓から外が見えたが、向かいにも、同じような部屋が並んでいるだけだった。コの字の建物、窓の下は中庭のようだった。

 そこは外も内も、やたらと白い建物だった。

 ゆっくりと身体を起こした少女は、記憶を辿り、状況を整理しようとした。


 村からひとり脱出した少女は、この都市に辿り着き、治療と検査の為、この病院に連れ込まれた。記憶を辿ると、まるで夢の中のように、はっきりとしない意識の中、病院の医師やスタッフの会話が聞こえていて、途切れ途切れに思い出せた。


「何故、この少女だけが生き残ったのでしょうね」

「何か、抗体のようなものでも、持っていたのかもしれないな」

「それを見つければ、やつらを出し抜けますね」

「この少女の身体は、宝の山かもしれないな」


「おいっ! 何をしているんだ。検査の時は防護服着用だと言ったろ!」

「え~面倒くさいんですよ。ちょっと血液を調べるだけですから大丈夫ですって」

「ばかなっ……発症していないだけで、感染はしているんだぞ」


「……ここも、もうおしまいだな」

「まさか空気感染で、こんなに広がるなんて……凄いものですね」

「そうだな。この少女は感染したまま発症はしなかったが、ウィルスは体内で増えていたのだな。歩く培養液だ。発症しない方が厄介だな」


「私……キャリアーになったの? 生きてるだけで感染を広げてしまう」

 だからといって、死んだところで変わりはしない。


 ある研究所のウィルスが蔓延してしまった、山間やまあいの小さな村から逃げ出した少女、ただひとり生き残ったブリジットは、まっしろな部屋から出てみた。

 元はまっしろな廊下だったのだろう。どこもかしこも白い建物。


 そこが今では赤黒い血にまみれていた。

 壁も天井にまで飛び散った血と、床にばら撒かれた肉片。

 生きた者がいない施設内を、ブリジット一人が歩いていた。


「これなら、外にも出られるかな」

 医師の部屋だろうか、女性の着替えをみつけた。

 ジーンズにTシャツ、スニーカーもあったで、着替えて靴も借りる事にした。

 どうせもう、持ち主もいないのだろうから。


 建物内に居た人々は、既に外に出た後のようであった。

 生者も死者も居ない病院内を、下へ下へと降りて、血塗れの正面ロビーに辿り着いた。そこも動かない肉片ばかりであった。


 病院前の大通りへ出てみた。

 人気ひとけのない病院内から一転、町は喧騒に満ちていた。

 呻き声と悲鳴、怒声と慟哭。方々から煙と火の手が上がり、車のクラクションが鳴り響いていた。燃えるビルに、飛んで来た大型旅客機が突き刺さった。


 噛まれる事が感染原因ではなかった。

 感染した者の体内でウィルスは増殖し、周囲へ拡散していく空気感染。どうしようもなく、感染は広がっていた。


 ブリジットの瞳に映るのは、まさに終末、黙示禄アポカリプスであった。

 そこには絶望しかない。それでも少女は、力強く足を踏み出した。

 ビルの壁に突っ込んだパトカーから、ショットガンを持ち出したブリジットは、当てもなく、混乱の町へ歩き出していった。


 自分と同じく、発症しないに人間がいるかもしれない。

 僅かな希望だけを胸に、少女は一人、生き抜く事を選んだ。


注) ごあいさつ

 ゾンビシリーズ完結でございます。

 他の短編、ショート&ショートなホラーも、気が向いた時にでも覗いてみて下さいませ。コレクションからどうぞ。

https://kakuyomu.jp/users/koog/collections/16816700426015498790

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学校帰りは動く死体を とぶくろ @koog

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