幕間 鎌鼬



 遠方。雪砦より南東、展開するカゼフキの隊から南西に位置する場所。木々のない崖の上に、笠を被る双眼鏡を手にした一人の男と、薄い緑色の髪を持つ、イタチのお面をつけた一人の青年が立っていた。


「ふむ、やはり彼が白牙しろきばですか。あの少年がここまで......」


 何か感慨深いものを見るような、そんな感情を込めて、笠を被り腰に刀を差した男が言う。それを、緑髪の青年は黙って聞いていた。


「気になりますか」


 緑髪の青年が何かを確かめるように、宙より突如現れた大鎌を手にする。


「......ああ。ついこの前、一度刃を交えましたから。しかし、あそこまで強くはなかった」



 遠く遠く。彼らが見るのは、道を切り開き駆け抜ける黒の制式装備を纏った二人の防人。連携し敵を打ち破る彼らには、止まる気配がない。むしろ、敵を倒せば倒すほど、勢いを増しているようにすら見えた。


 笠を被る男が思考を漏らすように、小声で呟く。


「戦いの理念が似ている.....? いや、彼の剣技と彼女の剣技は似て非なるものだが......」


 ふふふと何故か嬉しそうに、ニコニコと笑う笠被りの男が緑髪の青年に返答しようと、思い出すように言う。


「それだけ成長しているということですよ。しかし、白銀しろがねも恐ろしかったが、白牙はそれ以上です。第よん血盟がいなければ危うかった」


 三年前、貴方は帝都にいたから知らないでしょうがね、と彼が言う。タマガキを第ろく血盟犬神らと共に襲撃した際、白牙と呼ばれる玄一と初めて戦った大鎌の青年は、何のことだかさっぱりわからなかった。


 彼ら二人の正体は、反政府組織、血脈同盟幹部。血盟。


 第はち血盟。辻斬つじぎり


 第じゅう血盟。鎌鼬かまいたち


 西の情勢を把握するため派遣されてきた彼らは、魔物とタマガキ、双方の動きを探っていた。


 血脈同盟は現在、四立名家しりゅうめいか白露しらつゆ家の徹底的なまでの攻撃を受けており、各幹部はそれの対応に忙殺されている。しかしそれでも西を捨て置くわけにはいかないと、彼ら二人が選んで派遣されたのだ。


「しかしまあ......西は化け物揃いですね。交戦許可は得ているので、仕掛けても良かったのですが......」


 距離を取り様子を伺う彼らにすら、届いてしまいそうな月光がキラリと輝いて、敵を切り裂いた。


「大太刀姫。あれはモノが違う。全く。アレを見て挑もうと思うのはよいものの......」


 彼が西部兵の陣容を俯瞰する。彼は瞳に霊力を灯し、視力を強化していた。


「それに、防人達だけじゃない。他の兵員達だって、帝都の平和ボケした連中とは格が違う」


 高い声色で楽しそうに話す第捌血盟に、鎌鼬は怪訝そうな表情を浮かべている。西部兵、そしてそれを率いる防人たちについて話す彼の語り口は、どんどん早くなっていった。


「辻斬。お......貴方は、戦いを楽しんでいるのですか」


 思わず、鎌鼬が辻斬に問う。本来なら忌避すべき強敵の登場を、彼は喜んでいるように見えたからだ。


「ええ。私は、元剣空会です。剣の果てに至るためには、出来る限り強者を喰わねば」


 辻斬が元々所属していたという組織の名を聞いた鎌鼬が、お面の下で瞠目する。


「剣空会......あの、壊滅したっていう」


 彼が驚くのも無理はないだろう。


 剣空会。血脈同盟と並び、名の通った反政府組織。


 六年前、ある事件のために壊滅してしまったが、その目的のため踏破群群長を殺めたこともある、不穏分子として知らぬ者はいないほどの凶悪な集団だった。


「剣の果てを目指すため、ただひたすら強者に挑まんとしました。私も、昔はそこにいた」


「今では散り散りとなってしまいましたが......皆何処かしらで果てを目指しているでしょう」


 彼が目に合わせていた双眼鏡を外し、鎌鼬の方を向く。


「しかし、こうして考えてみれば私も貴方も、元々は血脈同盟の人間ではない。第なな血盟の献策で我々が担当になりましたが、何か意図があるやもしれませんね」


「どうですか。血脈同盟は。貴方が加入したのは、三年前でしょう」


 お面の下で、鎌鼬が考え込む。彼の危惧を見透かすように、辻斬が続けた。


「私は、思想に感化されてこの組織にいるわけではないですよ。鎌鼬。安心なさい」


「......」


 答えを返さぬ鎌鼬を見て、辻斬がふむ、と空の方を見る。



「貴方は確か、かの有名な山下孤児院事件の、院長の右腕と呼ばれていた人間でしょう。あのような精神を掲げた男の右腕であるというのならば、血脈同盟が掲げる思想というのは、相容れぬものであると思いますが」



 瞬間。大鎌を手にした彼の、新緑の霊力が辻斬に突き刺さる。


「何故知っている」


 一触即発。新緑の霊力を立ち昇らせる鎌鼬に対して、至極当然と言わんばかりに辻斬が答えた。


「血脈同盟の幹部になれるような強者を、知らぬわけがないでしょう。私は剣空会にいたと、言ったはずです」


 殺意をも孕んでいそうな新緑の霊力に、辻斬は一切の恐れを抱いていない。やはり至って普通の様子で、彼が続ける。


「確か、第玖血盟もそれがキッカケでしたか。どうりで懐いているわけです」


 今回貴方一人で出立となった時、泣きながら大騒ぎでしたから、と辻斬が微笑む。


 彼の言う通り、鎌鼬とて、血脈同盟の幹部になれるほどの強者である。いくら格上であるとはいえ、己の霊力の気迫に一切の反応を見せない辻斬に、彼は強く困惑していた。


(こいつ......八番目だからと無視していたが、恐ろしく強いかもしれねえ)


 最近戦った最も強い敵魁の山名と似ているような、そんな掴み所のない感覚すらも彼が覚える。


 彼がはぁと大きくため息をついて、手元から大鎌を消す。観念したのか、彼が正直に、口を開いた。


「正直言って、不信感を抱いている。辻斬。あなたの言った通り、俺はそれがきっかけで入ったし、帝都を牛耳り......搾取するあの豚どもを殺せればいいとこの組織に参加した」


「それで三年前は血盟の名を借りて実際に殺して回れたし、感謝している。それで、俺はもっぱら単独任務が多かったからあまり知らなかったが......」


「この組織の正義は、歪だ」


 ふむ、と納得したような様子の辻斬が、顎に手をやり考え込む。その不信感の原因を、辻斬が言い当てた。


「第拾壱血盟、青頭巾ですか」


「ああ。最初は良く働く、便利なやつだと思ってたんだが......野郎、ふざけた真似をしていやがった」


 ギリ、と歯軋りの音を鳴らす。彼が怒りを抱いているのは、いったい何だったのか。彼の背景から辻斬には簡単に予測がついたが、口にはしなかった。


 ククククと、乾いた笑いを漏らした辻斬が、嘲笑うように言う。


「我々の盟主は、合理的かつ発展性のある目標と、非合理的かつ不可能な復讐心、その二つを抱いているんですよ。故にそのような過激な者も、現れる」


「貴方は強いし便利ですから、そういった側面をできるだけ見せないよう、第弍血盟辺りが色々画策していたのでしょう。まあ、隠し通すなんて不可能ですし、実際バレましたが......」


 その時、突如として辻斬が剣を引き抜く。その剣は骨で出来ており、波打つような形をしていた。それを見た鎌鼬も、遅れて大鎌を具現化させる。


「......何奴」


 辻斬がカゼフキと魔物の戦いから背を向け、会話を突如として中断し、後方、森の方へ剣を構える。同じく、大鎌の切先を森の方に向けた鎌鼬は、混乱していた。


(一体辻斬は何に警戒している!? 全く敵の存在が掴めない!)


 骨の剣を手にした辻斬が、鉄紺てっこんの霊力を立ち昇らせる。ただただ威圧するのではない、凝縮し研ぎ澄まされたその霊力は、一本の剣に似ていた。


「......まさか」


 辻斬が剣を抜くほどの敵は先ほどまで霊力の気配を消し、にじり寄っていたというのに。



 正面から堂々と、森の中からやってくる。



 最初は小さな小さなものでしかなかった、その気配。それが起動し、ゆっくりと、抑えきれぬ霊力の奔流が、彼らを圧倒した。



 真昼間。太陽よりも明るい、霊力の光。



「クククク、ハッハハハハ!! なんという僥倖! 下がれイタチッ! これは私の獲物だッ!!」


 骨剣を中段に構え、鎌鼬を置き去りにし、彼が敵の方へ突撃する。


 工場の機械が駆動するような、そんな音を奏でる誰かが、辻斬を迎え撃った。その敵も不思議な見た目の剣を手にしていて、剣と剣が打ち合う音が波動となり霊力となり、世界に響き渡る。


 突如として始まった、人類最高峰の実力を持つ剣豪と、全く知らない誰かの戦い。それに圧倒される鎌鼬が、脱力し大鎌の切先を下ろす。


 (......早すぎる。入り込む隙もないし、入り込める技量もない)


 (いったい誰だ? あれ)


 一桁、それも特異な経歴を持つ血盟と、全く予想だにしていなかった誰かの、死闘を彼が見届けた。








 荒廃する森。崩れ落ちる崖。敵は去り、介抱する無傷の鎌鼬と、傷だらけの辻斬。


「辻斬! 気を確かに! 今手当てをする!」


「ぇ......ええ。有難うございます」


 喀血する辻斬。胸を切り裂かれ、殴打を貰い、爆発に巻き込まれた彼には今、先ほどまで見せていたような、強き霊力の気配がない。


「ククク......これをやる代わりに、西から今は手を引けと言いたいのか」


 倒れ込んでいた辻斬が、起き上がって、鎌鼬の方を見る。剣を杖がわりにした彼は、かろうじて立ち上がった。


「西の動向を探る必要はもうありません。あのイカれた忍者の防人に気づかれる前に退きますよ。鎌鼬」


「あ......ああ。わかった」


 片足を引きずらせながら、辻斬がよろよろと歩いていく。


「しかし......話の途中でしたが、鎌鼬」


「今の貴方にその気はないでしょうが、もしが来れば、私も混ぜなさい」


 何かを見据えた辻斬は個人の目的のために、鎌鼬にそんな一言を残した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る